庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』に見る青少年の葛藤

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「これから先、どう生きていけば良いんだろう?」

大人になる一歩手前、誰もがこうした不安感を覚えるものですよね。

庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』は、そんな人生の岐路で迷い、苦悩し、やがて答えを見つけていく男の子を主人公とした青春小説です。
第61回芥川賞を受賞し、その斬新な文体から賛否両論を巻き起こしたことでも有名ですね。
その小説は、『白鳥の歌なんか聞こえない』『さよなら怪傑黒頭巾』『ぼくの大好きな青髭』と続いていく4部作の始まりなので、気に入った人はぜひ続きを手に取ってみると良いでしょう。

 

文体の特徴

『赤頭巾ちゃん気をつけて』の主人公は、日比谷高校3年生の男の子、薫くん。
彼は東大受験を控えていたものの、学生運動の影響でその年の入試が取り止めになってしまうのでした。
さて、これからどうするか――。
この作品は、そんな薫くんが読み手に語りかける形で展開していきます。

芥川賞を受賞した当時は、その軽妙な文体に注目が集まりました。
まずは書き出しを見てみましょう。

ぼくは時々、世界中の電話という電話は、みんな母親という女性たちのお膝の上かなんかにのってるんじゃないかと思うことがある。特に女友達にかける時なんかがそうで、どういうわけか、必ず「ママ」が出てくるのだ。
『赤頭巾ちゃん気をつけて』

今でこそ、話し言葉(それも若者言葉を大いに含んだ)で書かれている小説を読む機会も多くなりましたが、当時としてはとても斬新な文体であり、さらにそういった小説があの芥川賞を取った、ということで多くの反響を呼びました。

更に言及されたのが、『ライ麦畑でつかまえて』野崎訳との類似性です。
私はかねてより「ライ麦」を気に入っていて、野崎孝・村上春樹の翻訳版を両方とも読んだことがあるのですが、軽い文体や若者言葉の多用という点では確かに似ているな、という印象です。

しかし、読み比べた方は分かると思うのですが、全体としては全く別のものであり、確固たるオリジナリティを持った作品であると断言できるでしょう。

青春時代の葛藤

私は今22歳で、もう既に自分の生き方というか、様々な場面でのポジションというものが確立つしつつあります。
しかし、『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読んで、ふと思い出したのです。
そういえば、周りと自分とを注意深く見比べて、己のスタイルを模索していた時期があったなぁ、と。

薫くんの胸の中は、熱くてどろどろしていて、つつけば弾けそうなほど張りつめた思いで満たされています。
そんな彼は、世の中には、以下で挙げている3通りのエリートがいると考えていました。

・「ゴマスリ型」……自分のダメな部分を押し出して愛されキャラになろうとする。
・「居直り型」……ああ、自分はエリートだ、だから何だと開き直ってしまう。
・「亡命型」……必要最低限のことだけをこなして、後は趣味の方に走る。

しかし、薫くんはそのどれもが気に入らないのです。こんな道を選んだらおしまいだ、と思う心が彼の中にあるのです。でも、それと同時に彼は自覚しています。実際の生活ではこの3タイプの間を行ったり来たりしていて、第4の道を探すことは、非常に困難であるということを。

『赤頭巾ちゃん気をつけて』の中で、薫くんは自らの望む生き方を見つけます。
はたして、自分は何かを見つけられただろうか。
この作品を読み終わった後、私はしばらく自分の人生を振り返ってみました。

私は昔からずっと「いい人」になりたいと思っていて、それは今でも変わっていません。
しかし、22年間生きていくうちに「いい人」になるためには多くのものを切り捨てなくてはならないことが分かってきました。
それは悪意だったり幼稚さだったりするわけですが、いざ手放そうとすると、少し不安になるのです。
これは本当に捨てていいものなのか。
これを捨てて、「いい人」になったつもりになって、それで満足なのか。

大人になった今、私はようやく自分なりの答えを出せるようになったかな、と思います。
成長する主人公に触発されるというのは正に青春小説の醍醐味ですね。

ユーモアと機知に富んだ語り

薫くんの語りはとてもユーモアに富んでいて、私は読み進めながら何度もくすくすと笑ってしまいました。
中でも一番気に入っているシーンが以下のところです。

「あら、薫さん元気?」と、彼女はやや感動的な柔らかい声で言い、ぼくは人類以前の爪なしの身でありながら、ややあきらめきって「はい。」と答えた(ぼくはどうもすぐこういう「いいお返事」をする癖があって、この調子では瀕死の床にいても、お元気? ときかれたら、はい、なんて言うのじゃないかと思う)。
『赤頭巾ちゃん気をつけて』

『人類以前の爪なしの身』という表現にもクスッときてしまうのですが、後半の例えも絶妙です。
私自身、「最近どう?」や「How are you?」に対して、反射的に「うん、元気だよ」だとか「I`m fine. And you?」といった具合に当たり障りのない返事をしてしまうタイプなので、「分かるわー!」と声に出してうんうん頷きました。

この箇所以外にも、庄司薫氏の文章には至る所にユーモアが散りばめられています。
世代間のギャップはありますが、軽い文体とも相まって、まるで親しい友達と話をしているかのようです。

おわりに

純文学としては賛否両論あるものの、『赤頭巾ちゃん気をつけて』は庄司薫氏の筆力によって爽やかな青春文学に仕上がっています。
読み終えた後は、若者から発せられる熱気に包まれ、固まっていた心もゆらゆらと動き出すはず。

今、青春の真っ只中にいる人。
青春時代を遠い昔と振り返るようになった人。
全ての人におすすめしたい、不朽の名作です。