『ようこそ地球さん』 星新一初期作品の「ぬるさ」と、人工知能による作品生成

星新一という作家をご存じでしょうか? という質問が馬鹿馬鹿しいほどに、星新一は有名な作家です。僕と同年代の人たち、具体的には10代後半から20代前半の人たちは中学生のときに星新一作品を読んだことがある、という人が非常に多いように思います。

僕が星新一作品に初めて出会ったのも、中学生のときだったと思います。中学校の図書館に理論社から出ているショートショートセレクションがたくさん並んでました。こんなイラストのやつ。

このイラストを描いている和田誠氏が、料理研究家である平野レミ氏の夫ということを知って「世の中は狭い……」と感じているところです。

星新一のことを改めて調べてみると、凄いことが色々と見つかりますね。星新一の父親である星一は星薬科大学を創立し、星製薬を創業しているのは有名な話。しかも星製薬は上場企業で、星新一も社長を経験しています。実業家であり、化学博士であり、SF御三家の一人でもある星新一。すごい……。

そんなすごい経歴を持つ星新一ですが、なんと祖母は森鴎外の妹。医学と文学の両方の博士であった森鴎外の血を引いているとすれば、その超人ぶりに説明がつくような気もします。

ようこそ地球さん

そんな星新一の作品集を読みました。近所の古本屋は100円の本を10冊買うと500円になり、せっかくだからと10冊買ったうちの1冊。『ようこそ地球さん』です。

上の画像と、僕が手に入れたものとは版が違うようです。記事冒頭の画像を見ていただければ分かると思いますが表紙のデザインが若干違いますね(タイトルの色とか)。
星新一が示した生の意味と無意味 中編|Cakesによると、1987年に修正が加えられているようです。特に「セキストラ」という作品については「改作と言えるほど大きく修正が加えられ」ているようなので、新しい版を買って読み比べてみるのも面白そうですね。

さて、このショートショート集を読んで僕が最初に抱いた感想は「ぬるいな……」でした。子どもの頃は星新一作品の面白さにぐいぐいと引き込まれていったはずなのに、この作品はなんかぬるいなと感じてしまったのです。それは、僕が大人になってしまったからその感動が薄れてしまったのかもしれない(森絵都作品を再読すると、よくこの現象が起こります)と思ったのですが、少し前に再読した『午後の恐竜』では決して「ぬるい」という感想は抱かなかったんですよね。

新潮文庫版の『ようこそ地球さん』は1972年に発行されています。その前年である1971年には自選短編集『ボッコちゃん』を発刊しており、そこでは1961年の『人造美人』、1961年の『ようこそ地球さん』の中から19編を選び、その他の作品もあわせて50編を掲載した作品集となっています。

1972年に発行された方の『ようこそ地球さん』は、『ボッコちゃん』を発行する際に収録されなかった42編を収録していて、悪い言い方をすれば、『ボッコちゃん』の残りカスがこの『ようこそ地球さん』なのだということになります。それが、結果として「ぬるい」という感想につながったのかもしれません。

しかし、ぬるくない作品も多く収められています。最初に収録されている「デラックス拳銃」を初め、星新一に特有の強烈なオチを有する素晴らしい作品もたくさんあるのです。

オチのない作品があるというのは、もしかすると初期の特徴なのかもしれない。たとえば「小さな十字架」などはオチが弱い作品の一例と言えます(それでもオチを言うとつまらなくなってしまうので、ここでは明かしません)。

あとは、そもそもオチなんてどうでもいいという作品も多く見受けられるように思います。これは、やや長い作品に特徴的ですね。もちろん、SF的で社会風刺的な側面は持ち合わせているけれど、エンタメとして読んだときにオチが弱い、という作品です。これは、ショートショートと短編の形式の違いということができるかもしれません。『ようこそ地球さん』の中で具体例を挙げるとすれば、「処刑」や「殉教」などです。

星新一と人工知能

さて、現在、松原仁教授が主導が主導する「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」というプロジェクトが進行しています。

星新一のショートショート全編を分析し、エッセイなどに書かれたアイデア発想法を参考にして、人工知能におもしろいショートショートを創作させることを目指すプロジェクトです。
公立はこだて未来大学の松原仁教授を中心にしたプロジェクトチームで、2012年9月にスタート。2017年頃の「新作発表」が目標です。
気まぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ

2012年にスタートして早3年とちょっと。果たして本当に来年までに新作を発表することができるのでしょうか。第3回星新一賞に人工知能で作成した作品を応募したということですので、期待が高まります。

第3回星新一賞に応募しました。|きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ

今年(2015年)始めの段階で、人工知能による超ショートショート作品が公開されています。以下の朝日新聞DIGITALで、作品も読むことがでいます。

AIがつくった星新一の「新作」 できはいかほど?|朝日新聞DIGITAL

ショートショートの基本的な構造はできていますし、最初に悪魔が登場するのも星新一作品らしいのですが、クオリティはまだまだですね。しかも、人工知能が担っている部分がまだ2割程度ということですので、今後は人工知能がどこまで出来るのかに期待したいです。

 

ところで、何故人工知能での作品執筆をするにあたって、星新一のショートショートを参考にしたり、解析したりしようとしたのでしょうか。「コンピュータは星新一を超えられるか」 人工知能でショートショート自動生成、プロジェクトが始動|ITメディアによると、

  • ハイクオリティなショートショートを約1000点遺しており、分析するためのデータベースとして十分な量である
  • 各作品で起承転結や“オチ”があり、プロットが分かりやすい
  • 本人が作品の作り方を語り残しており、プログラムに体系化できそうである
  • 作品の個性が際立っている
  • 多くのファンに愛されているため、評価を求めやすい

ということが理由として挙げられています。特に、約1000点のショートショートは本当に偉大な功績といえるでしょう。

しかし、「作品の個性が際立っている」というのは少し違うのではないかなと思います。もちろん、星新一作品にこめられているアイディアは素晴らしいですし、読めばすぐに星新一作品であることが分かります。しかし、アイディアさえあれば誰でも模倣できるものであるような気もするのです。星新一作品は、いわば個性を削ぎ落とした挙句にたどり着いた究極の無個性ということができます。その無個性があまりにも尖りすぎているゆえに、それは逆説的に個性的であるということもできるかもしれません。

しかし、この無個性であるということが重要で、アイディアがあればあとはある規則に基づいて作品を組み立てればいいわけです。先ほど挙げた『ようこそ地球さん』に挙げたような「ぬるい作品」が星新一作品の中心であったならば、作家ですのよプロジェクトは実行に移されることはなかったでしょう。

 

ところで、星新一作品の特徴の一つに「普遍性」というものがあります。これは、星新一作品が未来的な作品を描くことが多く、現代的な作品を書くときでもなるべく陳腐化しないような描写を心がけたことによって獲得されたものです。「普遍性」というのは、文学における最も大事な要素です。

『ようこそ地球さん』の中では、冷戦の影響が見られるものや、北極に取り残されたタロとジロの生還を皮肉った作品もあります。これは100年後には意味の分からないものになってしまう可能性がありますが、あとがきの中で、星新一はそのような作品について次のように書いています。

時事風俗に密着した題材は、かくのごとくはかない。いかなる大事件も、たちまち忘れ去られてゆく。私は、ニュース的なものから、ますます離れたくなるのである。
『ようこそ地球さん』

作品を書くときに、もしかすると星新一は具体的な事象を思い描いて、それを風刺するつもりで作品を書いたこともあったかもしれません。しかしそれを抽象化し、普遍化することが星新一の無個性を際立たせることになります。そうしてそれが、現在の人工知能による星新一的な作品生成の助けになっているのは言わずもがなです。

人工知能による小説創作は可能かという問題については、たとえば原稿用紙数百枚に及ぶような長編小説は、作成するのが難しいかもしれません。けれど、文字数が決まっている短文の分野、たとえば俳句や短歌などはすでに自動生成するスクリプトが存在します。その中で、ショートショートくらいの文字数ならばなんとかなりそうな気がしますし、しかもはっきりとした起承転結構造を持ち、強力な無個性を誇る星新一風の作品であれば、なおさらと思うのです。

まとめ

星新一が亡くなって20年近く経ちます。僕が星新一作品を知ったとき、彼はもうこの世にはいませんでした。僕はまだ星新一作品を読み尽くしておらず、彼の作品を楽しむ余地は十分に残されています。しかし、すべての作品を読み尽くしてしまったとき、私はもう星新一の新しい作品に出会うことはできません。

しかし、もしも人工知能によって星新一風の作品を生成することが可能になれば、私は今後ずっと、星新一風の作品を読み続けることができます。もちろん、オリジナルにこそ意味があるという方もいることでしょう。しかし、SFが好きだった星新一であれば、このような試みを歓迎はしないかもしれないけれど、受け入れてくれるのではないかなと思っています。

作家ですのよプロジェクトが今後どのように進んでくのかは分かりません。やはり、星新一風のショートショートを星新一ばりのクオリティで生成するのは無理だという結論に至るかもしれません。いずれにせよ、プロジェクトに新たな進展があることを待ちたいと思います。

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