ペンネームって必要ですか? その必要性を考えてみる

大学の文芸サークルにいた頃、後輩に「ペンネームって必要ですか?」と聞かれたことがある。その後輩は、在籍期間こそ長いものの部誌に作品を載せたことがなく、載せるときには本名で載せますよと言っていた。

そう言われたときに、僕ははじめてペンネームの意味を考えた。

ペンネームは、小説を書く人であれば当たり前に持っているものだと思っていた。国語の教科書に載っている文豪たちもほとんどがペンネームだったし、それ以降に出会う作家たちもほとんど本名ではなかった。

また、僕が最初に作品を発表しはじめたのがインターネットであったからという理由も大きい。インターネットではなるべく個人を特定されないようにする必要があるから、必然的に本名から離れた名前を作り出すしかない。

その後輩の言葉を聞いてから、僕は何度か本名で部誌に発表したり公募に出してみたりしたことがある。しかし、やはりペンネームが必要だと思い至り、今は「篠原 歩」という名前で文芸創作を行なっている。

いったい、なぜペンネームが必要なのか。ここでは、僕なりの答えを書いてみたいと思う。

ペンネームには匿名性がある

僕らアマチュア作家にとって、ペンネームを使う最も大きな理由は匿名性にあるのではないかと思う。

特にネット上で投稿サイトやブログなどに小説を投稿する人にはペンネームが必要だろう。もちろん、本名で書くことも可能だが、ほとんどの人は匿名性に守られた中で執筆活動を続けている。

それはなぜか。一つは、小説を書いているのが知り合いにあまり知られたくないということが理由に挙げられるだろう。

たとえば、本名で書いていて小くても賞を取ったり、インターネット上で話題になったりすると、名前で検索したときに小説に関連したページが上位の方に掲載されてしまう。職場や学校の知人があなたん名前で検索してみたときに、その作品を容易に発見されることになってしまうだろう。

知っている人に小説を読まれることは、時に自分の脳みその中を覗き見されているような気分になるものだ。それを避けるために、本名とは違う名前を使うことは有効である。

ペンネームで人格の分離を行う

匿名性を得ることは、現実世界を生きる自分とは違う存在を獲得するということだ。そこでは、小説家としての違ったモードを発動することができる。

小説を書くとき、私たちは日常使っている言語を切り替える必要がある。普段話している言葉から、ビジネスメールで使っている言葉から、Twitterなどライトに投稿できる場所から、言語の種類を切り替えなければならない。

そのモードになるためには、違う名前があった方が便利だ。その名前を意識したときに、僕たちは違う人物になることができる。

また、評価されるときにも人格が分離していると便利だ。本名を背負って書いていると、本名での行動や経歴が作品に反映してしまうかもしれない。しかし、ペンネームを使っていれば、そこにぶらさがっている経歴と作品だけで評価されることができる。

ペンネームで演出をする

そして、人格を分離させることによって、その人格を「演出」することも可能になる。

これは、クリエイターというよりもプロデューサー的な感覚に拠るところが大きい。たとえば僕は「篠原 歩」というペンネームを持っているけれど、その名前を背負うとき、僕はどうしたら篠原 歩の作品が多くの人に読まれるだろうかということを考えている。そのためには、SNS上ではどのような振る舞いをし、作品ではどのような色を出せばいいのかということを考える。

「演出」というのは、主に演劇や映画の世界で使われる言葉だ。脚本に沿って、役者や照明、音楽、小道具と、様々なものを使って物語の世界観を作り上げていく。そして小説を書くものは、ペンネームとして作り上げた一つの人格を演出する必要がある。

ロラン・バルトは「作者の死」を宣言し、作者とテキストは分けて読まれるべきだと主張していた。しかし、現実問題として読者にそのような読み方を期待してはいけない。小説一つひとつが物語であることは当然のこと、その作家自身も一つの物語として読者に消費・評価されていく。

特にそれは、SNSの登場以降に顕著となったような気がする。好きな小説家のTwitterをフォローして、その発言の一つひとつを追い、新刊が発売されると飛びついて購入する。

作品や発言の評価は、必ず作家自身に還元される。そして、その受け皿として必要なのがペンネームなのだ。

また、小説のタイトルと同じように、ペンネーム一つでその作家のセンスが問われることがあるだろうし、世界観を表現することもあるだろう。たとえば、「江戸川乱歩」という名前には「エドガー・アラン・ポー」をもじっているし、「乱歩」という名前にどこか不気味で奇怪な感じを与える。

このように、自分をしっかりと演出するような名前をつけるのはライトノベル作家やホラー・ミステリー作家に多いように思う。自分の書くジャンルにあった名前をつけるといいだろう。

まとめ

以上、ペンネームを使うメリットについて述べてきた。

あまりデメリットはないのだけど、唯一挙げるならば「ペンネームで呼ばれるのが恥ずかしい」というものがある。もちろん、それはちょっと嬉しい瞬間でもあるので、気にすることは全くないのだけど。

この記事を読んで、ペンネームを使わないという決断をすることも良いと思う。ただ、一度書き始めてしまうとなかなか名前というものは変えづらい。認知度を得てくると、それがどんどん困難になっていく。

最後の方に書いたことだけど、ペンネームというのはその作家の評価を溜めておく器みたいなものだ。名前を変えるとき、その評価を少なからず捨てることになってしまうだろう。

そのことを考えて、ペンネームをつけるかつけないかの選択をしてほしい。

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