ファンタジー小説執筆に役立つ、意外と知らない中世農村生活のポイント3点

異世界ファンタジー、流行ってますね。私も大好きです。“ここ”ではない“どこ”か、別世界の人々の生活を想像するだけでわくわくしてしまいます!

異世界ファンタジーの中でも、特に舞台として採用されることが多いのが、いわゆる「中世ヨーロッパ風」の世界観。ゲームでいえば『ドラゴンクエスト』シリーズや『The Elder Scrolls』シリーズ、小説であれば『指輪物語』や『炎と氷の歌』シリーズが有名ですね。
銃や火薬は普及しておらず、王と教会が土地を支配し、獣や侵略者の影に人々は怯えて暮らしている……そんな中世風の世界に魔法や魔物などのファンタジー要素が組み込まれる、というようにして独特の世界観が作られていきます。

しかし、意外と知られていないのが中世ヨーロッパ世界における農民の生活です。
いわゆる村人、モブ、一般人。主人公を取り巻く、名も無き人々がどのように生きているかというのは、いざ自分でファンタジー世界を想像してみるとなかなかイメージし難い部分ではないでしょうか。

せっかくファンタジー小説を書くならば、そこに息づく無名の人々の生活が分かっていた方がきっと描写にも厚みが出ますよね。そこで、ファンタジー小説を書きたい人のために、中世ヨーロッパ世界の農民生活を理解する助けとなる豆知識を用意してみました。

日本でも、『精霊の守り人』シリーズの上橋菜穂子先生は緻密なフィールドワークや資料収集で有名ですし、『狼と香辛料』シリーズの支倉凍砂先生も執筆にあたって複数の文献や資料に当たっています。
ファンタジーといえども、実際の中世ヨーロッパの農民生活を知っておけば、きっと小説の執筆に役立つはずです。物語の舞台として、農村や辺境の地域を描くこともあるでしょう。リアリティの補強はもちろんのこと、登場人物たちの思考をシミュレートする上でも、きっとヒントになると思います。

 

農村の支配者「領主」……その意外な苦労

中世お城の理想と現実

中世ファンタジー! といえば城! 城といえばやっぱりこれですね。

 

立派な城壁! 城壁についているギザギザ!(※ツィンネといいます)

 

 

そうそう、こういう聳え立つ見張り塔は外せませんよね、やっぱり!

しかし実際は……

 
 

 
 

 
 

あれ、なんかしょぼくない……?

残念ながら、これが11世紀ヨーロッパのお城の姿です。農村、特に開梱集落の領主の城は、盛り土に囲いをつけた「モット・アンド・ベイリー型」と呼ばれる、(しょぼい)城が多かったそうです。

王様や大領主の収める地域ならばともかく、多くの農民にとっての城といえばこのようなものだったということですね。

今回の農民豆知識は11~13世頃、中世盛期と呼ばれる時代のお話になります。
農業経済と農業技術が進歩し、土地も開墾され始めた時代です。

それまでの農民は、穀物や畜産品の貢租、週に3日程度の領主直営地での労働など、重い負担の下で暮らしていました。しかし11世紀以降、水車利用の拡大や鉄器具の普及により、農業生産が向上。場合によっては10倍以上ともされるほどにも収穫率が上昇しました。農業生産の向上により、農民に課されるものは労働から貢租へ変化しました。体力的にも時間的にも拘束される賦役労働より、租税を納めることの方が負担が軽いということでしょう。少し生活が楽になり、農民もやる気を出し始めた時代、という訳です。

領主も楽じゃない

中世封建時代の農民といえば、領主の支配の下、土地に縛り付けられるイメージがありますね。農民には移動の自由がなく、また領主には「初夜権」に代表されるような強権的な印象がつきまといます。
しかし実際には、領主は好き勝手に権力を振りかざすだけの存在ではありませんでした。「初夜権」が実際にあったか、ということについても、現在は疑問視されています。

土地の統治を任される者として、領主にはそれなりの責任と苦労もあったんです。

例えば水車の管理責任。パンの材料である小麦粉製粉の労力を大幅に削減できる水車は便利ですが、おおがかりな装置であり、とても個人で所有できるようなものではありませんでした。村に一つでもあれば村人皆で水車を使えますが、維持費や修理費も大変なものになります。そういう訳で、村の水車は領主が責任をもって設営し、運営するのが普通でした。

有用な水車ですが、皆で使うことになるのでトラブルも起こります。領主は村人たちの調停役としてトラブルに対応しなければいけません。また、雨や嵐などで水車が破損すれば、領主がお金を出して修理しなければなりません。回転部分は摩耗しやすく、定期的に補修しなければならないし、川によっては水路や堰を作る必要もありました。領主の出費はたいへんです。

そんな訳で、領主は水車の運用費を賄うために「バナリテ」と呼ばれる特権を使います。バナリテとは、農民に対する水車の使用強制権のこと。持ち込む穀物の16分の1が一般的な水車の使用料として納められたそうですが、もちろん農民はそんな領主に反発して、自宅に家庭用の挽臼を隠し持つなどして抵抗したのです。
とはいえ、領主はこのバナリテを用いなければ水車の設営が立ち行かなかったともいわれています。領主と農民双方の苦労がうかがい知れる事例です。

もう一つ。先程紹介したモット・アンド・ベイリー型の城ですが、中には小規模な「農民戦士の館」と呼ばれるようなものもありました。周囲の森林を開拓して居住地域を広げていく、いわゆる植民者のような人々は、そのような小規模な砦を中心に村を形成したのですね。

このように10世紀以降、人口増加と農業革命によって、森を切り開いて作られた開墾集落も増えていきます。普通の村と違って大変な生活が予想される開墾集落ですが、実は農民にとっては進んで入植したくなるほど魅力的な移住先でした。

その理由は、開墾集落の入植者に賦与される「特許状」。通常の農民には移動の自由がなく、様々な税を課されていましたが、この「特許状」があれば移動の自由が手に入り、さらに一部の税が免除されるのです。まさに「特許状」は農民が渇望してやまないものでした。
あまりにも開墾集落が魅力的だったがために、周辺地域の領主は農民の流出を防ぐことに腐心したそうです。結果的に農民の立場が強くなり、農民は活発に領主と交渉をするようになりました。支配するだけの領主、縛り付けられるだけの農民ではない、バイタリティ溢れる農村の姿が垣間見られる事例ですね。

国王よりも領主様。古き良き農村を求めて

中世盛期に農民が活発になっていく一方で、十三世紀頃からは別の新たな権力が農民を抑えつけるようになっていきます。それが国家、国王です。

領主が村や町を治める地方支配者だとすれば、そんな領主たちを支配するのが国王です。現代に例えるならば、地方自治体の長が領主で、国の長が国王ですね。国王権力の増大や国家形成の進展に伴い、農民の負担は重くなっていきました。領主に対する貢租の他に、国王や君主による新たな課税が加わるようになります。地方税に加えて、国税を払う必要が出てきたようなものです。それまで領主と農民が培ってきた農村の秩序に、国家権力が介入してきた訳ですね。

当然、農民も黙っていません。一揆です。反乱を起こします。農民反乱の例として世界史の教科書にも登場するワット・タイラーの乱をはじめ、農民が拒否したのは実は「領主による支配」ではなく、むしろ「国家権力による支配」だった訳です。
後の「ドイツ農民戦争」も同様に、領主と農民が共同で定めてきた「古き良き法」、「古き良き農村」を求めて反乱が起きた、という側面があったといわれています。

■創作へのヒント

 

したたかな農民、そして意外に苦労性な領主の造形が思い浮かぶのではないでしょうか。仮に史実とは違う世界を描くとしても、実際のイメージを知っていれば、それを踏まえて敢えて裏切るような描写ができるでしょう。辺境の開拓集落を描くならば、簡素な「盛り土と囲いの城」を、荒れている村を表現するなら「水車が整備されていない」などといった描写が考えられます。

 

たとえ小さな農村であろうと、その中でドラマを描くこともできます。農民と国王権力との間で板挟みになる、中間管理職のような領主の苦悩などは、私は読んでみたいですね。

森は命の源、あるいは魔窟

中世農村!といえば森!森です!

海のように広がる広大な森林の中に、ぽつりぽつりと離れ小島のようにかろうじて農村が存在している……というイメージも強いですね。ヨーロッパには「ヘンゼルとグレーテル」「眠れる森の美女」など、深い森が舞台となる民話が存在しますし、ヨーロッパにおける古い民族であるケルト人やゲルマン民族の文化にも古くは森の木々を崇拝する信仰があったといわれています。それほどまでに、当時の人々のメンタリティの中で森という存在が大きかったということでしょう。そんな森にまつわる、ちょっとした知識をご紹介します。

森に潜まう魑魅魍魎

猟銃が普及する18世紀以前、最も恐れられていた野獣は狼です。そんな狼が棲まう深い森は、中世人にとっては日常世界の外に広がる、最も身近な「異界」であったといわれています。
「異界」――そこは、野獣だけでなく魔女や妖精、悪霊や怪物たちの領域。人ならざる者どもの支配する世界です。中世では夜の帳が下りると「森が玄関先までやってくる」と信じられていたそうです。字義通り森の闇は「異界」であり、人の支配の及ばぬ恐怖の象徴だったのです。

もちろん、森に棲んでいたのはそういった怪異ばかりではありません。一般社会からの隔絶を自ら望む「隠修士」らは、自ら森の奥深くに隠れ住み、瞑想に浸ったのだとか。あるいは、人の法の支配を外れた森には盗賊や犯罪者といった実際の脅威も潜んでいました。「森の隠者」や「魔女」といったイメージは、森における神秘と恐怖という人々の心性から生まれたのかもしれませんね。

森の恵み

オーク、ブナ、菩提樹、モミなどの生い茂る豊かな森。そう簡単に立ち入ることのできない森ですが、しかし中世農村の生活は森とは切っても切れない関係でした。樹木は建材や薪になり、果実や木の実をもたらしてくれます。森の蜜蜂が作るハチミツは、砂糖以前は唯一の甘味料として、料理だけでなく治療にも用いられました。加えて蜜蝋は貴重なロウソクの原材料であり、ロウソクを多く必要とする修道院は、盛んに養蜂を行ったそうです。

そして何より、豚です。中世では、森は豚の放牧場として利用されました。秋に森に放し飼いにされた豚はドングリを食べてまるまると太り、クリスマスの食材になったのでした。

当時の豚肉はもっとも一般的な食肉です。だからこそ、「豚200頭の森」だとか「5頭の豚を放牧するに相応しい森」といった形で、豚換算で森の大きさを表していたという記録も残っています。

王の獣と、意外な密猟者

豊かな森は財産でもありました。現在の英語で森を意味する「forest」は、もともと中世において「王の狩場」を意味する言葉だったとされています。12世紀半ば、イングランド王国のおよそ三分の一を国王直轄の森が占めていたともいわれ、そこは「御料林長官」と呼ばれる役人が支配する管理区域でした。

王直轄の森、御料林において厳禁とされていたのは、「王の獣」――鹿の密猟でした。王侯貴族ら領主階級の人々にとって、森での狩猟は特権的娯楽であり、スポーツです。御料林で鹿を密猟した者は、眼球をくり抜かれる等の厳罰に処されました。中世イギリスのシャーウッドの森を根城に、悪政を懲らしめる義賊「ロビン・フッド」の物語は、このような厳しい森の管理が背景となっている訳ですね。

他方、これほど厳しく禁じられていた密猟に手を出していた者たちも存在しました。それは意外にも、敬虔な(はずの)修道士たちでした。
13世紀後半、禁欲で知られたシトー修道会が、定期的に密猟ギャング団と闇取引をしていた記録が残っています。食事も質素なものに限られた修道士たちですが、鹿肉の魅力には勝てなかったということでしょう。
さらには、司教から教区の司祭まで、聖職者が手ずから鹿の密猟を行っていたという裁判記録も残っているのだとか。14世紀の詩人ジェフリー・チョーサーが書いた説話集『カンタベリー物語』には、お祈りそっちのけでウサギ狩りに興じる修道士が登場するそうですが、あながち誇張という訳でもないようですね。

■創作へのヒント

 

森はファンタジーネタの宝庫です。紹介した通り、中世人にとっては森こそが妖精や怪物たちの棲家だったのですから。ファンタジーとしては、実際に「夜の帳」が家の扉まで迫ってくる世界観などを構想するだけでもワクワクしてきます。

 

リアル路線を考えてみても、森はネタに事欠きません。王直轄の御料林に侵入した廉で罪を着せられる。森で密猟する悪党と癒着した修道院の闇を暴く。あるいは、ロビン・フッドのように森を支配する悪徳役人を裁く……などなど、シナリオギミックに役立ちそうな事例が考えられますね。

農村の食事風景

領主に森と、農村を取り巻く環境について簡単に説明してきました。今度は、農村の中において、人々がどのような生活を送っていたのか、特に食生活の面に着目していくつかの事例をご紹介します。

二人組をつくってください

穀類のオートミール、パンにパスタ。豚肉鶏肉、卵に魚。忘れちゃいけないワインとビール。このあたりは一般的にも知られている中世の食事内容でしょう。では、中世の人々はいったいどうのように食卓を囲み、どのような作法で食事をしていたのでしょうか。

まず驚くべきは、お皿の使い方。現代に生きる我々にとって、取り皿といえば「一人に一つの取り分け皿」が当然です。しかし、当時の会食における基本は「二人一組」。一人ひとりに取り皿があるのではなく、二人で一つの皿を共有するのです。テーブルを挟んで向かい合った二人が、一つの皿に盛られた料理を仲良く食べる……というのが、当時の食事の作法であったといわれています。

二人組を作るのが苦手だったり、奇数人であぶれがちな人はどうだったのか……と、筆者はどうしても考えてしまいますね。

素手vsパスタ

もう一つ、食事の作法に関わるお話です。フォークが歴史的な資料として中世ヨーロッパで登場するのは14世紀、しかも宮廷料理人による料理書の記述といわれています。切り分け用のナイフは昔からあったものの、食器としてのフォークは中世の人々には普及していなかったのです。

では、中世の人々はどうやってものを食べていたのか?
当然、手づかみ。手食です。
中世では、火傷しそうな熱々のパスタも素手で掴んで食べなければならなかったそうです。

スプーンについても、13世紀からようやく上流階級の財産記録に登場するそうで、当然、スープはお皿から直接啜っていたのだとか。16世紀イタリアの哲学者モンテーニュなどは、手掴みで食べ、汚れた手をナプキンで拭う、という所作の方がスプーンを使うよりも上品だと考えたそうです。現代の我々の知るテーブルマナーとは、だいぶイメージが違いますね。

農民の食とお祭りカレンダー

最後に、農村では季節ごとにどんなものを食べていたのか、ということについて考えてみようと思います。現代と違って食料の保存技術も未発達な時代です。その時々に食べられるものは時期や季節に大きく規定されてしまいます。そんな訳で、農村の一年のサイクルを簡単にまとめてみました。いつ、どんな時期にどんな催しがあり、どんなお祭りがあり、何が食べられていたか。そんな農村の生活リズムの一端が垣間見えると思います。

 

■12月
冬ごもりの準備。豚を屠殺して、塩漬け肉やソーセージを作る。

■1月
クリスマスから新年祝賀、1月6日の主の公現祭まで宴会。(賦役はこの時期免除)

■2月
謝肉祭。「スール」と呼ばれるスポーツの村対抗戦が開催。肉料理も大盤振る舞いされるが、以降は春までは断肉生活となる。

■3月
農作業開始。春麦の種まきや、ブドウの剪定。

■4月
家畜の放牧開始。そろそろ肉の断食も終る。

■5月
五月祭。聖霊降臨祭があることも多く、祝日が多く休める日が多い月。

■6月
農作業本格化。休閑地の犂耕、羊毛刈り。冬の飼料用の干し草刈に忙しい。

■7月~8月
冬麦の収穫や脱穀。

■9月
リンゴやブドウなどの果実の収穫。納税の締日でもあり、収穫に対する貢租を納める月。ブドウ絞りやワイン造りにも忙しい。

■10月~11月
冬麦用の種まき。豚を放牧し、ドングリを食べさせる。日照時間がどんどん短くなっていき、雪が降り始める。

■12月
待降節。クリスマスの準備へ

 

……といった感じです。お祭りといえば一年に一回のイメージもありますが、意外にも小まめにいろいろな祭りが開催されていたことが窺い知れます。春から夏にかけて農作業が忙しくなったり、寒い時期にはお祭りや宴会が増えたり……農村の一年を眺めていると、そこに息づいていた人々の姿が脳裏に浮かぶように感じられるのではないでしょうか。

■創作へのヒント
 

農村でのリアルな食事描写は、「我々の生きる現代とは違う」ことをアピールするのにうってつけです。二人で一枚しかない皿や、手掴みで食べなければならないパスタなど、インパクトのある描写はそのまま時代性を表す説得力になりそうです。

 

農村の一年のカレンダーも、舞台の季節を意識するのに役立つかもしれません。冬の農村ならば、寒さの厳しい時期にも関わらず賑やかな祭りのある活気ある描写になるでしょうし、夏の農村ならば忙しない村人たちの姿が描けるでしょう。

まとめ

以上、「領主」「森」「食事」と、中世農村生活をイメージするのに役立つポイントを3点、紹介させて頂きました。当時の村人たちが、どんな環境で、何を考え、どのように生きていたのか、想像力を膨らませて頂けたでしょうか。ここで紹介させて頂いた知識が、少しでも小説執筆の助けになれば幸いです。

もしも今回の記事で中世農村生活に興味を抱いて頂けたならば、ぜひとも下記の参考文献をご覧になってください!今回の記事では紹介しきれなかった、興味深い知識がぎっしり詰ってます。きっと想像力を刺激してくれるはずです。

 
 

■参考文献

•堀越宏一, 1997,『中世ヨーロッパの農村世界』山川出版社.

•甚野尚志・堀越宏一, 2004,『中世ヨーロッパを生きる』東京大学出版会.

•Werner Rösener, 1993, Die Bauern in der europäischen Geschichte, C. H. Beck.(=藤田幸一郎訳, 1995,『農民のヨーロッパ』平凡社.)