最強のモンスターを探し出せ!!ファンタジー設定作りに役立つモンスター辞典レビュー

ファンタジー創作を志す者なら、誰しもが一度はこんなことを考えるのではなかろうか。

「誰も知らないようなマニアックなモンスターを……! でもちゃんと現実世界の歴史に刻まれているような、そんなモンスターを登場させたいなァ!!」

そう思うだろう。俺は思うぞ。いつも思う。常に思う。トイレでネタを考えてる時なんかは特に。

だがいざAmazonで「モンスター辞典」とか「幻獣事典」なんかを検索すると、ずらずらずらずら~~~~~~~っと膨大な書籍が出てくる。どれを買ったらいいか分からない……なんと窮屈な世の中か!インターネットなんかアテにならねえ!

そう思うだろう。俺は思うぞ。いつも思う。お腹を壊してトイレに篭っている時は特に。

だがそんな貴様のために、今日は俺が最強のモンスター辞典五人衆を教えてくれよう。

最強――すなわちオススメ。これを読め。迷ったらこれを読め。迷わなくてもこれを読め。いいからこれを読むんだ。ファンタジー小説書きにも、TRPG野郎にも、ゲームデザイナーにもオススメだ。積極的にゴリ押していくのでそのつもりで着いてこい。

それでは早速ご覧いただこう、俺チョイスによる珠玉のモンスター辞典たちだ。
独断と偏見により、各モンスター辞典の戦闘力を可視化。おまけに創作のヒントとしてそれぞれの辞典から特徴的なモンスターをピックアップしていくぞ。

『地獄の辞典』

凶悪な悪魔を探している? 血みどろの魔女を叩きのめしたい?
オーケー、そんな貴様にはこいつが相応しい。ぶっちゃけキリスト教が元ネタならばこの一冊でカタが着く。

一冊目にしてクライマックス、最強の座はこいつで決まりだ。
19世紀のカトリック教徒がガチで書いた悪魔的一冊、コラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』だ!!

悪魔祓いに必要なものは、十字架とニンニク、それにこの本だ

間違いなく、この本は悪魔を殺すために出来ている。著者コラン・ド・プランシーは文筆家として知られているが、俺の見立てではこの男、裏の顔は悪魔祓いか吸血鬼ハンター、もしくはその両方だろう。

なにせ『地獄の辞典』はまさにキリスト教的世界観から見たキリスト教の敵について書かれた本だ。19世紀出版当時のパリ大司教アーフル氏のお墨付きもある、字義通りカトリック公認の書物なのだから恐れ入る。

ソロモンの悪魔72柱から、ノームのような妖精、さらにはアジアのボンズ(坊主、Bonzes)まで。とにかくキリスト教的にみれば悪魔や異端に該当する、あるいは「悪魔に関わった可能性のある」人物やクリーチャーがこれでもかと収録されている。当時のキリスト教的世界観を知る資料としても有用であることは疑いない。

キリスト教的視点が強い分、「マニアックさ」は十二分、4点をつけた。詳細かつ、いかにも時代がかった偏見混じりの味わい深い記述がこの本の持ち味だ。リアリティあるファンタジー創作のヒントには事欠かない。

例えばこのイラスト「地獄の西王バイェモン」の項には、教皇ホノリウスの作とされる魔法書について著者プランシー自身が「嘘に決まっている」とコメントしているし、エクソシズムは「おぞましく馬鹿げた儀式」と記載されている。こんな調子で悪魔「アザゼル」から「アスタロト」、魔女やら首吊り人やらが記述されるのだ。モーツァルトのような有名人や、ジェームズ一世のような歴史上の人物すら、「悪魔に関わった可能性のある」人物として記載されているのが面白い。19世紀カトリックのリアリティを存分に味わうことができるだろう。

モノクロの挿絵も多数収録されている上に、収録項目数は374。他の辞典から見れば中の上といったところで、「収録モンスター数」には4点をつけた。だがこいつのすごいところは、これほどの収録数にも関わらず、日本語版は「抄訳版」に過ぎないという点――すなわちこいつは未だ本気を出していないのだ。
今回は日本語版を紹介したので「分厚さ」は3点としたが、原著のフランス語版であれば項目数は実に十倍超の3799項目、「分厚さ」は5点を遥かに超えていったことだろう。あぶないところだった。

余談だがこの『地獄の辞典』、副題が超長いのもチャーミングだ。フランス語による副題は

répertoire universel des êtres, des personnages, des livres, des faits et des choses qui tiennent aux esprits, aux démons, aux sorciers, au commerce de l’enfer, aux divinations, aux maléfices, à la cabale et aux autres sciences occultes, aux prodiges, aux impostures, aux superstitions diverses et aux pronostics, aux faits actuels du spiritisme, et généralement à toutes les fausses croyances merveilleuses, surprenantes, mystérieuses et surnaturelles

日本語にすると
『精霊、魔神、魔法使い、地獄との交渉、占い、呪い、カバラその他の神秘学、奇蹟、イカサマ、種々の迷信、予兆、降霊術の事蹟、および概括すればあらゆる奇蹟的・驚異的・神秘的・超自然的な誤った信仰に関する存在・人物・書物・事象・事物の普遍的総覧』
になる。

誤った信仰に関する」という部分がなかなかエモい。それにしてもSAN値が削れそうな書名だ。この本自体が創作に登場しても不思議ではない強烈な存在感を放っている。やはり著者プランシーは只者ではない。

ピックアップモンスター:Jamabuxes

Jamabuxesってなんだよ……

そう思うだろう。俺もそう思った。

しかし何を隠そうこのJamabuxes、日本で言うところの「山伏」なのである。

先述の「ボンズ(Bonzes)」だけでなく、「マ(ma)」すなわち「魔」や、「ジゴク(Dsigofk)」すなわち「地獄」など、いかにも19世紀のカトリックによるオリエンタリズム剥き出しの日本文化記述はこの本の真骨頂だ。

「山伏(Jamabuxes)」の項目を紹介しよう。プランシーによると、Jamabuxesは日本の狂信者の一種であり、悪魔と親しみ死者を蘇らせる存在なのだという。Jamabuxesたちは互いに杖で戦い合い、一艘の小船にみっしりと乗り込んだ挙句、己の信ずる神々の名を讃えながら船を自沈させて自ら死ぬのだ。まさに狂信者である。実に悪魔的で、邪悪な儀式を敢行する異端者たちに見えるだろう。素晴らしくクールな記述である

このように『地獄の辞典』を使えば、山伏だってモンスターに早変わりだ。
キリスト教をモチーフにした世界観を構築する際に、大きなヒントを得られる本となっている。聖書や宗教を元ネタにしたいならば、あるいは歴史的な異端と怪物を探したいならば、『地獄の辞典』は間違いなくオススメだ。もちろん、貴様自身が悪魔祓いを始める際にもこの本は武器になる。敵を知り己を知れば、というやつだ。健闘を祈る。

まとめ

『地獄の辞典』はココが強い!!

  • 19世紀カトリックの世界観で語られる異端たち
  • キリスト教モチーフのモンスター探しには最適
  • めくるめくオリエンタリズムの生々しさ
  • これから悪魔祓いを始める人の入門書としてもオススメ

『名作絵画で見る幻想怪物』

先に言っておこう。この本は重厚な本棚よりも、コンビニの一角に配列されている方が似合っている。作りも印刷も安っぽい、所謂ところの「コンビニ本」というやつだ。

当然、定価は600円を下回る。ついでにいえば、手頃なB6サイズはトイレに持ち込むのにピッタリだ。

だが安心して欲しい。こいつは間違いなく最強の一角に位置づけられる。紹介しよう、ビジュアル資料掲載率は驚きの100%超、鉄人社の『名作絵画で見る幻想怪物』だ!

もう誰にも止められないゴージャスはイケメンの魅惑

こいつの戦闘力レーダーチャートを見て欲しい。この凶悪な三角形を!!
分厚さとマニアックさはともに1点で最低値、一方でビジュアル資料と値段はともに5点と最高値だ。こいつを他のコンビニ本と一緒にしないで頂きたい。チープな安物本と思ってかかると痛い目を見ることになるだろう。この本はいわばゴリアテを前にしたダビデ、鬼に立ち向かう一寸法師なのだ。

この本の魅力を一言で言おう。イケメンである! とにかく顔がいい
このイケメンは600円で買えるのだ。それもコンビニで! なんて素晴らしい時代であろうか。

何がどうイケメンかというと、書名の通りビジュアル資料として名作絵画が引用されている点だ。ミケランジェロとか、ダ・ヴィンチとかルーベンスとかゴヤとか超有名どころの見目麗しい絵画とともにモンスターの解説がなされるのだ! 目に嬉しいこの感じはまさにモンスター辞典界に輝くイケメンであろう。
例えば「吸血鬼」の項目を見てみよう。「吸血鬼」に引用される絵画は――エドヴァルド・ムンクの作! そう、あのムンクだ。「ムンクの叫び」のムンクである! ムンクの描く吸血鬼と聞けば、絵画に特に関心がなくとも興味を惹かれるのではかろうか。

そんな勢いで、とにかくビジュアル資料が豊富なのが『名作絵画で見る幻想怪物』の特徴だ。収録モンスターは100体ほどだが、一体のモンスターに付き一枚以上の絵画が紹介されている。ファフニール、ヨルムンガンド、赤い竜といったヨーロッパ系のモンスターが中心だが、ケツァルコアトルやアイラーヴァタ、九尾の狐など、世界中のモンスターが収録されている。名作絵画なので有名所はばっちりおさえられるのがうれしいところ。

バーバ・ヤーガ、ドモヴォーイ、ズメイ、ガマユンなど、ズラヴ神話系モンスターは特にオススメだ。聞いたことはあるけど詳しく知らない、かゆいところに手が届く怪物たちを、元ネタとなる絵画に触れながら知ることができる。

とはいえ、逆にいえば「収録モンスター数」「マニアックさ」「分厚さ」においては少々物足りなく感じるのも事実だろう。収録モンスター数は先述の通り100体ほど、かつ有名どころが多く、絵画が中心であるため文章の情報量も一体あたり多くとも500文字程度。正直言って活字中毒者には物足りない文章量だ。イケメンは3日で飽きるのである。


しかし、やはりこの「元ネタの絵画」というのが最大の魅力であり、創作意欲を刺激するポイントだろう。元ネタの絵画が実在するということは、歴史上に元ネタが存在するということでもある。

例えば「レオナルド・ダ・ヴィンチの『メドゥーサ』だが、実はダ・ヴィンチは実物を元にこの絵を描いたのだ……!」とか「葛飾北斎の『三国怪狐伝』だが、実は北斎は本当に妖怪に出会っていたのだ……!」といったフェイクを創作に応用することができる。貴様の創るシナリオの厚みは確実に増すことになるだろう。イケメンは奥が深いのである。

ピックアップモンスター:バロメッツ

「スキタイの羊」「ダッタン人の羊」「リコポデウム」とも呼称されるこの怪物、正式には「プランタ・タルタリカ・バロメッツ」という。獣でもあり、植物でもあるこの謎めいたクリーチャーは、悲しくも不思議な生態を持っている。

バロメッツは、茎から生える羊のような身体を持つ。羊は周囲の草を食べて成長するが、身体は茎で固定されているので、やがて周りの草を食べ尽し、飢えて死んでしまう。そのため、バロメッツの生える場所には夥しい数の羊の死体が溢れかえることになるのだ。

一見グロテスクな光景だが、このバロメッツ、全身が金の羊毛で覆われている。バロメッツの遺した金毛をスキタイ人ら商人が回収し、売り捌く……と、当時のヨーロッパ人は信じていた。

そう、信じていたのだ。

……実はこのバロメッツ、ヨーロッパ人の誤解から生まれた空想上の怪物に過ぎない。

バロメッツの羊毛とは木綿のこと。木綿は読んで字のごとく、ワタの種子から取れる植物性の繊維な訳だが、木綿を羊毛の一種だと勘違いしたヨーロッパ人が「羊毛が実る木」を空想の中で生み出してしまい、やがてそれが伝説化してしまったという顛末である。

ちなみにこのバロメッツの絵画は、白黒ではあるが『名作絵画で見る幻想怪物』にも収録されているフリードリッヒ・ヨハン・ユースティン・ベルトゥーフの作品だ。良い感じにグロテスクでキモ可愛いイラストではないだろうか。そう思ってベルトゥーフの他の作品を調べてみると、これまた幻想的な作品世界が広がっているのが分かる。

このように、名作絵画の作者から繋げて資料を漁ることも出来る。その意味でも、この本は他の辞典にはない、独特の魅力を秘めている。繰り返すがやはり最強の一角で、しかも安い。是非買ってみて欲しい。一家に一冊、イケメンである。

まとめ

『名作絵画で見る幻想怪物』はココが強い!!

  • 見目麗しい豊富なビジュアル資料
  • 名作絵画と解説がセットなので、元ネタが明確
  • 画家から資料探しを始めるのにも役立つ
  • 安い
  • 安い
  • 実際安い

ボルヘス『幻獣辞典』

お行儀の良い辞典はここまでだ。混沌と対峙する覚悟のない者は、ここから先の領域に手を出すべきではない。

お手洗いは済ませたか? 女神様にお祈りは? SAN値が削れて発狂ロールに入る準備はオーケー?

……よろしい、始めよう。

この本、『幻獣辞典』の著者ホルヘ・ルイス・ボルヘスは「迷宮の作家」「書淫の怪物」「世界文学の巨人」その他いろいろ、とにかくヤベェ異名がズラズラと並ぶヤベェヤツである。著者本人がほぼモンスター扱いという有様だ。当然、ボルヘスの書いた『幻獣辞典』がヤバくねぇ筈がないのだ。

南米が産んだ世紀の奇書

ビジュアル3点分厚さ3点モンスター数3点マニアックさ4点値段4点……オイオイ、脅かす割には随分と優等生じゃねェか。

そう、一見するとボルヘスの『幻獣辞典』は優等生に見える。旧版ならばネットで1円(送料別)で売っていることもあるし、最新版の項目数は120篇、気合の入った銅版画も(版によってまちまちだが)多数収録されている。コストパフォーマンスは十二分、fateでいったらセイバークラス、ガンダムで例えるならばゲルググくらいの優等生ぶりだ。

だが手堅くまとまっているというだけでその席に立てるほど、五人衆の座は甘くはない。手短に結論から行こう。コイツのヤバさは、その収録モンスターにこそある。

「バハムート」「バジリスク」「フェニックス」……このあたりは辞典に頼るまでもない、誰もが聞いたことあるモンスターだろう。
「ア・バオア・クー」「三本足の驢馬」「バルトアンデルス」「ハンババ」……ギリギリ聞いたことあるようなないようなモンスター達だ。マニアックなモンスターを探している者ならば惹かれることは間違いない。
「チェシャ猫」「キルケニー猫」「エロイとモーロック」……違和感を覚え始める頃だろう。チェシャ猫とキルケニー猫はご存知『不思議の国のアリス』の作者として名高いルイス・キャロルが想像したモンスターだ。エロイとイーモックに至っては、「SFの父」と称されるH・G・ウェルズの小説の登場人物である。

さらには「球体の動物たち」「ポオの想像した動物」「カフカの想像した動物」「ファティストカロン」「ブリキの雌豚」「ラウダトレス・テンポリス・アクティ(過去を称える者たち)」……まったく聞いたこともないようなモンスターが多数収録されている。

「チェシャ猫」や「カフカの想像した動物」が収録モンスターに名を連ねている時点で、賢明な諸兄は既にお気づきの事だろう。ボルヘスの『幻獣辞典』は、小説や戯曲に登場するような、人間の空想から生まれたモンスターの辞典なのだ!

著者ホルヘ・ルイス・ボルヘスは、アルゼンチンのブエノスアイレスに生まれた「怪物」と表現される。図書館に棲み着き、ありとあらゆる知識を喰らい、そして忘却という名の排泄は行わないこの獣について、訳者は次のように解説する。

……この怪物はまた、それ自体が迷宮を内にはらみ、全身が謎でできていて、しかもたえまなく謎を分泌するともいわれる。彼の迷宮の「河図」を手に入れた者はいない。アリアドネーの「糸玉」も彼の迷宮においてはいたずらにからまるばかりだ。分泌する謎に一瞬でもふれる者は――幸いにもその数は少ないが――たちどころに毒され、洗われ、熱せられ、冷やされ、宇宙を垣間見、底知れぬ暗闇に置き去りにされる。

(柳瀬尚紀訳,2013:260より)

――要するに、著者ボルヘス自身こそ、目視した瞬間にSAN値が3ケタ単位でもっていかれる名状しがたきモンスターなのである!

「書淫の怪物」とまで称されたボルヘスにとって、文学の登場人物や怪物と、伝承の怪物は等価なのだ。だからこそ、「フェニックス」や「ケンタウロス」といった有名モンスターの隣に、平気で「ルイスの想像した動物」「ポオの想像した動物」といった項目が並ぶ。

このように文学上のモンスターが収録されていることが、ボルヘスの『幻獣辞典』の最大の魅力だろう。他のいかなる辞典とも異なる、寓話的でファンタジックな魅力がここにある。

ピックアップモンスター:形而上学の二生物

ただのおっさんじゃん!!

そう思うだろう。俺もそう思った。

だが落ち着いて聞いて欲しい。そもそも、本来は「形而上学の二生物」に姿はない。よって『幻獣辞典』にも挿絵はない。

このおっさんの名前は、エティエンヌ・ボノ・ドゥ・コンディヤック。18世紀の哲学者にして、「形而上学の二生物」の片割れ、「感覚の立像」の創造主だ。

「感覚の立像」とは何者か? ――端的にいえば、哲学者コンディヤックの思考実験から生まれた、まさしく形而上にしか存在しないクリーチャーだ。

コンディヤックの展開する「感覚論」において、このクリーチャーは最初に嗅覚のみを与えられる。やがて聴覚、味覚、視覚、触覚が与えられる。その過程において、意識の変容や意志の発生といった哲学的課題を論じるものだ。きわめて複雑で、高尚で、抽象的で、はっきりいって何を言っているのか俺にはさっぱりわからない。わからないが、哲学史上に屹立する魅力的なクリーチャーであることは確かだ。

「形而上学の二生物」のもう一方は、ルドルフ・ヘルマン・ロッツェの「仮説動物」だ。
「仮説動物」は、ほとんど一切の感覚を剥奪された孤独な生き物である。この哀れな生き物に唯一残された感覚は、僅かな触角の先端に存在する触覚だけ。「仮説動物」は、この頼りない触角で近辺を触ることによって、どうにか外界を認識するのだ。

「感覚の立像」「仮説動物」は、どちらも哲学的な思考実験の中にしか登場しない怪物である。だがいずれも言いようのない哀しみを、被造物特有の悲運を感じさせてくれる。創作のネタとしてはこの上なく魅力的な存在であろう。

この手の空想上のモンスターが記載されているのが、『幻獣辞典』の特徴だ。
いまだ手垢の付けられていない、個性的なモンスターを探している諸兄は是非この『幻獣辞典』を手にとって欲しい。ただし、SAN値の残量には要注意だ。

まとめ

『幻獣辞典』はココが強い!!

  • 著者ボルヘス自身がヤバイ級のモンスター
  • 辞典としては手堅くまとまっていて使いやすい
  • 文学や小説や哲学に登場する、きわめて独特なモンスターが収録されている
  • (中古だと)安い

『妖怪と精霊の事典』

ここまで読破してくれた諸兄はお気づきだろう。今まで紹介してきたのは、所謂「剣と魔法のファンタジー」創作向けの本だった。それじゃあ物足りないんだろう? よりゴシックでクール、ダークなファンタジーを書きたい欲望があるんだろう?

待たせたな。ここからは大人の時間だ。

イメージするのは19世紀のロンドン、頽廃と爛熟のヴィクトリア時代……黒煙にぼんやりと煌めくランプの灯り。蒸気と排煙渦巻く闇に蠢く、狂気に彩られた幽鬼たち。

五人衆の中でも間違いなく最大級最重量、しかして最強の一冊!
ローズマリ・E・グィリー著『妖怪と精霊の事典』だ!!

もはやこれは魔術書である

デカァァァァいッ 説明不要!!
厚さ4センチ!!! 総計716ページ!!! 重量約1.2kg!!!
文句なしの分厚さ5点、従って定価4800円で値段は最低最悪の1点だ!!
昼寝用の枕から、防弾装備に鈍器としても活躍しうるお得な一品。ただしATKやDEFのステータスは専用の武器や防具には劣るので、装備品のチョイスには充分に注意して欲しい。俺は責任を取らないぞ。

さて、諸兄の中には
「コイツが最も高価なのだな? よかろう、この本を寄越し給え。言い値で買おう」
という剛毅な富豪もいることだろう。

だが落ち着いて欲しい。貴君の決断力には敬意を表するが、この本に限っては拙速というものだ。コイツは一般的なファンタジー創作には全くオススメできない狂犬なのだから!

誤解を怖れずに言わせて貰おう。『妖怪と精霊の事典』という書名はタイトル詐欺だ。
コイツの原題は『The Encyclopedia of ghosts and spirits』……ゴーストとスピリット事典、すなわちこの本はオバケ事典なのだ。

そう、オバケだ。コワイ。そういうのが苦手な諸兄は避けた方が良い。俺もこの本だけはトイレに持ち込みたくない。いや俺は怖がってないぞ、ただ重すぎて尻が拭けなくなるだけだ。

確かにこの事典には、「ジミー・スクェアーフッド」という豚頭の怪人や、「ウィンディゴ」というアルゴンキン族に伝わる食人怪物、「ディブク」といった精霊も収録されている。挿絵こそ少ないが、記述は厚く読み応えは充分だ。

だが、こういったモンスターの項目は決して多くない。それがこれほどの分厚さにも関わらず、「収録モンスター数」を2点とした理由だ。

では何が多いのか? ――幽霊や超常現象に関する、個別具体的な記述が非常に多いのだ。その記述の厚さは狂気と言って差し支えない。

「ポルターガイスト」という項目を例に取ろう。
ご存知のように、人の手が触れていないのに台所の食器がガタガタいったり、テレビが勝手に点いたり消えたりする有名な心霊現象だ。

この事典では、「ポルターガイスト」の項目だけで5ページに渡って長大で詳細にして綿密かつ深淵たる解説がなされる。それだけでもお腹いっぱいなのだが、しかしここからがこの本の本分だ。

別立てで、さらなるポルターガイスト項目が用意されている。
「ローゼンハイムのポルターガイスト」、「マイアミのポルターガイスト」、「ボルティモアのポルターガイスト」、「エンフィールドのポルターガイスト」、「マウント・レイニアーのポルターガイスト」、「ソーチーのポルターガイスト」、「スノーフォードのポルターガイスト」、「シュタウスのポルターガイスト」……これでもかこれでもかと各地の具体的なポルターガイスト・エピソードが、それぞれ3~4ページに渡って緻密に紹介される!

俺はコイツのせいでポルターガイスト専門家になりそうなところだった。あとしばらく一人でトイレにいけなくなった。実際コワイ。

このレベルの記述で、他にも各地の幽霊や超常現象エピソード、あるいはそれに関わる人物や団体が収録されている。その方面にかけてのマニアックさはまさに最大点に相応しい。
賢明な諸兄にはもう理解して頂けただろう。コイツは数あるモンスター辞典の中でも、近代ゴースト専門の事典と言って良い代物だ。偏執的なまでに超常現象を記述せんとするこの本は、まるでH・P・ラヴクラフトが描くクトゥルフ神話の魔術書そのもの。軽率に手を出す前に、今一度考え直して欲しい。かのニーチェの金言を思い出すべきだろう――“深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ”。

ピックアップモンスター:死人小屋

幽霊屋敷と何が違うの!?

そう思うだろう。だが俺はそうは思わない。

こいつは、時代が産んだ幽霊屋敷の近代版だ。

死人小屋(しびとごや)は、英国において鉄道所有地内で死んだ人々の遺体を置いておく、仮の死体置き場として用いられた小屋のことを指す。鉄道所有地で死んだ人向けという点から分かるように、この死人小屋は駅に設置されていたものなのだ。

日常的に利用する駅にこんなえげつないものが併設されてたまるか! という気分になるが、しかしこの存在はまた近代化に伴う超常勃興の一端として読み取れる。産業革命と時を同じくして、心霊現象研究協会(SPR)をはじめ世界中にオカルトが流行した歴史を思わずにはいられない。死人小屋は、いわば産業革命バージョンの幽霊屋敷といえるだろう。

もちろん、死人小屋にも具体的な心霊エピソードが付記されている。ヨークシャーのミドルバラ駅において、死んだ筈の信号士が死人小屋から這い出して蠢いていた、という物語がこの本でも語られる。

近代ホラー・ファンタジーや、スチームパンクの創作にインスピレーションを与えてくれることだろう。宇宙的恐怖モノにもピッタリだ。いや俺はやめておくぞ、SAN最大値がゴリゴリ削れてくるからな……。

まとめ

『妖怪と精霊の事典』はココが強い!!

  • デカイ
  • 厚い
  • 重い
  • コワイ
  • 幽霊や超常現象に関する記述の分厚さは最強レベル
  • ほぼ魔術書なのでSAN値が削れる

『世界の妖精・妖怪事典』&『世界の怪物・神獣事典』

最強の辞典五人衆といったな。あれは嘘だ。

五人衆は六人いる

紹介しよう……最強の辞典五人衆の中でも、最強オブ最強の二冊組。そう、二冊だ。『妖精・妖怪事典』と『怪物・神獣事典』に別れるセットなのだ。
1+1は2よりも強いのだから、コイツらが最強なのはもはや誰にも否定できない。

キャロル・ローズ著、『世界の妖精・妖怪事典』『世界の怪物・神獣事典』をご覧あれ!!

オレたちは1+1で200だ

「トゥクルカ」を知っているか? 古代エトルリア人に伝わるデーモンの一種だ。
「ミガマメサス」は? こいつは北米先住民の伝説に登場するエルフだとされている。
「カンナード・ノズ」ならばどうだ。夜の洗濯女を意味する、フランスの妖精だ。
「ザラタン」、ヨーロッパ生まれ中東育ちの怪物だ。巨大な鯨や海亀のような姿で、船を沈めるという。かの有名なミルトンの『失楽園』から、世界一有名なイスラム世界物語『千夜一夜物語』にも登場する、グローバルなところが魅力だな。

これらの怪物を知っていただろうか? ――知らずとも恥じ入る必要はない。俺も知らなかったのだ。幼少期からアニメやゲームで世界中のモンスターと戦ってきたこの俺が、知らなかったんだぞ!?

そう、この二冊の事典には、未だ誰にも知られていないような超マニアックなモンスターが大量に収録されている。

RPGに登場する有名どころのモンスターに飽いてしまった諸君、手垢のついたドラゴンやゴブリンの相手はもう終わりだ。この二冊の中に広がっているのは、まことの魔術と伝承の世界。軟弱なる者は去るが良い、想像力の筋肉を鍛え上げ、言葉の鎧で武装しろ。ここから先は無法地帯、真の数寄者だけに許される快楽だ。

ここに在るのは遍く世界の神話・伝承・伝説・信仰を出典とする妖精・妖怪・怪物・神獣たち、まさしく混沌の軍勢だ。アナトリア、シュメール、カルデア、バビロンなどの古代王国から、ヨーロッパ、ペルシア、ギリシア、北欧、さらには東洋、中東、南米、オセアニア、アフリカに至るまで、常軌を逸した幅広さで蒐集されている。目の肥えた諸兄ですら、必ずや未知のモンスターと出会うことになるだろう。

ことアフリカやインドネシア、西アジアの民間伝承に登場する妖怪・精霊たちの項目は白眉といっていい。軟弱なモンスター辞典には絶対に登場しない、「バジャング」「ムーレイ・アブデルカデル・ジラニ」「レドジャル・エル・マルジャ」「ジャヴェルザハルセス」といった舌を噛みそうなパワーワードが乱舞する。もはやネーミング辞典としても活用できるくらい、国際色豊かで個性的なモンスターたちが揃っているのだ。「ジャヴェルザハルセス」なんて、声に出して読みたい日本語……じゃなくてアルメニア語だろう。ジャヴェルザハルセス! ジャヴェルザハルセス!!

一冊につき3000項目、イラスト100点。それが二冊で6000項目、イラストは200点だ。分厚さ5点、収録モンスター数5点、マニアックさ5点は伊達じゃない。

項目数が多すぎる? 安心して欲しい。これらの事典には、極めてすぐれた複数の索引がついている。カタカナ順索引に加えて、「アメリカ」「ロシア」「インドネシア」といったような地域別索引、そして「天使」「悪魔」「妖精」「精霊」のような種族別索引まである。この種族別索引、同じ精霊の中でも「芸術に関する精霊」や「穀物に関する精霊」といった下位分類が存在し、さらに「善良なもの」「警戒を要するもの」「危害をくわえるもの」といった分け方まである。実に至れり尽くせりなサービスだ。

一冊あたり重量0.6kg、厚さ3センチの大ボリュームは、とてもトイレに持ち込めるサイズではない。しかもそれが二冊だ、両手に持ってはズボンを下ろすことも出来はしないだろう。
まさにモンスター辞典界に聳え立つ、二つの巨塔と言って過言はない。

一冊定価2800円、2つの塔で苦労も2倍が泣き所だ。
どちらか一冊買えばいいって? ばかをいってはいけない。これらはいわば歴史における翔鶴と瑞鶴、鉱物における蒼星石と翠星石、神話におけるイシュタルとエレシュキガルなのだ。断言しよう、一冊買えば必ずやもう一冊も欲しくなる。これはそういう呪いなのだ。貴様らは俺のように物欲に負けてはいけないぞ、課金は家賃までが合言葉だ。

ピックアップモンスター:インドネシアの巨人族

インドネシアの巨人を紹介するぜ!!

レクソソ! 人間を殺して食べるヤツだ!
ゲルガシ! 人殺し専用の槍を持っているぞ!
ウィクラマダッタ! そんな巨人たちの王だ!

……いやちょっと待って欲しい。俺は至って真面目だ。本当にそんな感じに書かれてるんだってば。

そう、インドネシア神話に出てくる巨人族だが、
「人を殺す以外にご趣味は無いんですか……?」
と心配になるくらい、人を殺す以外の情報がない。いわば人間ぜったい殺す族だ。人属性特効、対人宝具、オレサマオマエマルカジリ。インドネシア神話における、悪性の象徴なのかもしれない。

ぶっちゃけて言おう。莫大な項目が収録されている分、一つ一つの怪物に関する情報は少ない。それ故このように、巨人族が人間だけを殺す機械のように見えてしまったりもする。
だがそれも、この本を手に取るような数寄者にとっては問題になるまい。我々は未知なるモンスターに出会うために事典を引く。幸い、この『世界の妖精・妖怪事典』『世界の怪物・神獣事典』はともに参考文献リストは充実している。未知なるモンスターの真の姿は、君自身の目で確かめるのだ!

だがしかし創作者としては、少々マニアック過ぎるのも玉に瑕だ。レクソソとかゲルガシとか、マニアック過ぎてオリジナルの怪物と見分けがつかないだろう。逆に言えば、それをどう料理するかは貴様次第、腕次第というわけだ。有名モンスターに飽きた諸兄には垂涎の書物となることは疑いない。

読め。読んで、貴様だけの推しモン(推しモンスターの意)を見つけ出すのだ。

まとめ

『世界の妖精・妖怪事典』&『世界の怪物・神獣事典』はココが強い!!

  • 3000項目×2の怒濤のモンスター軍団
  • 世界中の神話や伝承から蒐集された超マニアックな怪物たち
  • マニアックすぎて逆に困るレベル
  • その割にサービス精神旺盛な索引でユーザビリティは抜群
  • 値段は高め、二冊で二倍、喜びも二倍

 

おわりに

最強のモンスター辞典五人衆。
悪魔祓いの必携書、『地獄の辞典』。
輝く貌の『名作絵画で見る幻想怪物』。
作者が怪物、ボルヘス『幻獣辞典』。
狂気の魔術書、『妖怪と精霊の事典』。
数寄者専用、『世界の妖精・妖怪事典』&『世界の怪物・神獣事典』。

いずれもアク個性エグみの強い傑物ばかりであることはご理解頂けたことだろう。

あとは貴様次第だ。辞典を選び、最強のモンスターと出会い、貴様だけの物語を紡ぐが良い。想像力の翼が羽ばたくことを願っている。

もうひとつ身勝手が許されるならば、貴様が手にとったモンスター辞典を、そして貴様が選んだモンスターを俺に教えてくれ。俺チョイス五人衆の外でも構わない。熱い「俺の選んだモンスターが最強なんだ論」をぶつけ合おうではないか。

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