ネネネの短歌条例第十五回「未完のままで」
死にたいと思ったことを覚えてる? あの日のきみの声が届いた。 今日がただきのうに変わる。止まらない秒針がふと揺らめいたとき、 思い出が日付の向こうに駆けだして、忘れたはずの夢がぼやけた。 行かないで。置いてかないで、ここ…
死にたいと思ったことを覚えてる? あの日のきみの声が届いた。 今日がただきのうに変わる。止まらない秒針がふと揺らめいたとき、 思い出が日付の向こうに駆けだして、忘れたはずの夢がぼやけた。 行かないで。置いてかないで、ここ…
ほんとうは気がついていた。少しずつ彼らが壊れてしまったことも、 やさしさを盾にしながら祈るとき、夢がねじれて苦しいことも。 ずるかった。あなたはいつでもずるかった。眉毛を下げてゆるく笑って、 なんだって許してあげるとそう…
噴水がゆっくりゆっくり落ちていく。どうか忘れてくれますように。 あの人の赤いまつ毛が抜けるたび終わりの予感を淡くおぼえた。 叶わない夢なら濁ってほしかった。希望のかけらを全部つかって 叫んでも絶望ばかりあでやかに残る。神…
欠点を愛してほしいと泣く人の涙をきれいと思えなかった。 ぼくたちは適度な他人だったのに、どうしてあのとき手を伸ばしたの。 慰めの言葉もやさしい眼差しも、持ってるふりをしていただけで 本当は大事なことがわからない。かなしい…
天井の低い世界に寝転んで隣の人の匂いを嗅いだ。 ずたずたに傷つきたくてここにきた。いまさら言い訳なんてしないよ。 それなのに、底の底まで落ちたのに、必死に光を探してしまう。 (うしなった視力は濁ったままなのに。どうせ涙も…
偽物のように広がる青空が今でもたまにこわいんでしょう。 上書きの記憶ばかりが鮮明になっていくのを拒めないから、 僕たちは途切れ途切れの優しさが脆いと知っててすがってしまう。 できすぎた入道雲を追いかけて田んぼまみれの道を…
絞り出すようにあなたが呟いた最後の言葉は聞こえなかった。 聞き返すことができずに頷いて、終わりの影は傾いてくる。 小さくて冷たい爪を撫でていた。ずっとやさしい、白い深爪。 沈黙に紛れて進む秒針がやけに大きく時間を刻む。 …
スクラップ・アンド・ビルドで僕たちは傷つきにくい心をつくる。 そうしなきゃ生きていけない世の中で、出会ったことは奇跡じゃなくて なんとなく触れてしまった傷跡が似ている位置にあるだけだった。 ユニクロのセールで買ったスウェ…
髪の毛を短く切った友だちを忘れた頃に爪を剥がした。 生ぬるくにじむ赤より小刻みに震える皮膚が透けていくのが こわかった。僕の一部が死んでいく。もう細胞は分裂しない。 ねえ、君はどこで恐怖を覚えたの。(思い出せない。ずうっ…
シナリオがなくてよかった。結末を気にしないまま抱き合えたから、 いたずらなあなたの笑顔がつくられた偽物だって別によかった。 目を閉じてしまえば全部夜なのに、光を探してしまったことを 悔やんではないよ。かすかな幸せを少し遠…
うわごとのように好きって言ったとき歪んだ目尻に気がついていた。 下手くそな嘘はついたらだめだってあんなに教えてあげたのになあ。 まあどうせ、ちゃんと綺麗に笑えないわたしもだめってことなんでしょう。 目的地にたどり着かない…
「バカなことしませんかって言ったとき、笑ってくれてありがとう」 「うん」 ひとりでも狭い証明写真機の中ではじめて口づけをして、 正しさを信じたくせに間違った。 嘘つきになるはずじゃなかった。 使い捨てカイロみたいなぬくも…
ここはもう圏外だから何してもバレないよって君は笑った。 チョコチップクッキー、キャラメル、ルイボスティー、イワシ、じゃがりこ、コアラのマーチ。 永遠に繰り返されるしりとりをぼくらはずっとやめられなくて、ひび割れた壁の隙間…
まちがえて掴んだ腕があまりにも君に似ていて離せなかった。 正しくはない道だった。分かっててそれでも進んでいこうと決めた。 好きだった花言葉とか明け方の煙の尾とか変な癖とか、 今までを諦めるのは簡単で、なんだわたしは平気な…
信号が青に変わって人波が乱れることなく流れ始める。 透明な仕切りで満ちた世の中を上手に泳げることが幸福なんだって信じる波だ。 息つぎが、あのとき突然できなくなった。 目の前がふっと歪んで足元が崩れて、わたしは列から逸れた…