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純文学ってなんですか

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おむぱんだ Crow (2,750 ポイント) 1/27 質問 純文学
ご覧いただきありがとうございます!

  質問は純文学について、なのですが。本当にいくら調べてもはっきりとした答えがわからなくてモヤモヤとしています。

  単なる私の知識不足であることは百も承知ですが、今回恥を忍んでお聞きしたいと思いました。

  純文学、とはつまりどういったものなのでしょうか?

  例えば「純喫茶」と「喫茶店」は意味合いが全く違いますし、その違いも明白です。一言で表せます。

  しかし大衆文学と呼ばれるものと、純文学と呼ばれるものは、一言で区別できないものなのだと言う意見が多数聞こえます。混乱してしまうのです。

  私が調べた限りでは、大衆文学とはストーリーに重きを置いたもので、目的は読者を楽しませること。

  対して純文学とは、芸術性に重きを置き、言葉の表現技法などを組み合わせて人間の内面を深く追求するもの。というような区別がなされているという解釈に至りました。

  しかし、最近はその境界も曖昧である、という意見すら聞こえてきています。

…………もう頭がおかしくなりそうです。

  是非とも、皆さんの考える区別や意見をお教えください。よろしくお願いします!

回答 3

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のいしゅ 1/27 回答
おむぱんだ 1/31 選択
 
ベストアンサー
単に面白い話を書こうとしたのではない、それを以って人間の普段眠っている深層に客観的に立ち会おうとした文章のこと。
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十文字兄人 Cat (600 ポイント) 1/27 回答
改めて考えると難しいですね。

おむぱんださんが、調べてくれたことで間違ってないとは思いますが、軽い捉え方だと、

大衆文学=読みやすい。手軽。現代文学。

純文学=難解。でも奥深い。近代文学。

こんな感じがします。

私の個人的な捉え方だと、

大衆文学=缶コーヒー

純文学=挽き立てのコーヒー

こんな感じです。

回答になっているか、少し不安ですが、わかりやすく喩えてみました。

好みはそれぞれですし、自分に合ったものを選んで読んでいけば、そこまで悩まなくても大丈夫だと思いますよ。

境が曖昧になってきたのも、それだけ物語の表現の世界が広がってきたと言えるのではないでしょうかね。
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1/27 回答
大衆文学か純文学かという違いは作者の思いに左右されるのではないでしょうか。
読み手が、純文学とされるものを読んで大衆文学と感じたり、逆に大衆文学とされるものを読んで純文学と感じたりしてその境界が合間位になっていると思ったとしても、作者側が文章としての芸術性を追い求めていた場合は純文学、読み手の娯楽を誘って書いた場合は大衆文学に分類されるのではないかと思います。
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