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即興小説は小説を書く練習になると思いますか?

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あとーす Crow (2,270 ポイント) 3/13 質問 執筆

ご存じの方も多いと思うのですが、即興小説トレーニングというものがあります。
http://sokkyo-shosetsu.com/

与えられたお題に対して、決められた時間で小説を書いて投稿するというシンプルなサービスで、頭を使うのが楽しいのでたまに利用しています。

さて、ここからが質問なのですが、この即興小説トレーニングについて「小説を書く練習」という観点から見たときに、役に立つと思われますでしょうか?

個人的には、決められた時間内でアイディアを練り上げて実作まで落とし込むというのが、瞬発力を鍛えるトレーニングになるのではないかと考えています。

しかし一方で、そのようにアイディアを粗製乱造したところで、実際に長い小説を書く際の力にはならないのではないか、という疑問もあります。

皆さまはどのようにお考えでしょうか? ぜひ教えていただけますと幸いです。

回答 6

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和菓子 Owl (5,500 ポイント) 3/29 回答
あとーす 4/4 選択
 
ベストアンサー
※追記:コメントしたあとにじっくり考えたら、ひとつ直結的な効果を思いつきました。長編を書くときは「うかつに書き始める」と不利になるのですが、だからといってプロ作家は何日も何週間も費やせません。「うかつに書き始めない」を短縮するのがうまくなりそうです。それこそ「職人」(©おむぱんださん)という回答がありましたが、それに近いかもしれませんね。冲方さんは「能書き・種書き・筋書き・骨書き・肉書き・皮書き」という分類を作って詳細に解説しておりますが、この「書き始める前に作る部分」をスマートにする練習になるかもしれません。もちろん出たお題を「サラダ」(©おむぱんださん)のようにするだけなら、やはり「組み合わせの装置」にしかならないかもしれませんが、「うかつに書き始めない」を短縮する意識を持っていれば、かなり機械化できそうな気がしました。

 即興にかぎらず、なにかを意識して書いてみる、というのは練習で大事なことだと思います。ただ、長い作品に直結する部分があるかどうか――と掘り下げてみると微妙で、そもそも長い作品を書くために必要な資質や条件はまだ判明しておらず、わたしのようなクリエイターもどきが持論を無際限に展開することは可能ですが、どうも不能な問いのようです。(どのレーベルも新人を育てることができていないことと関連しているかもしれませんね)
 逆にデメリットのようなものは明確で、「書けなくて自信をなくす」です。たとえば落語の三題噺なら「人物・場所・アイテム」の3つがお題で出されて、それぞれをつなげるだけで物語の骨格が出来上がるので初心者にも上級者にも向いているのですが、この手の素人が作った「連想ゲームもどき」のトレーニングでは、小説ではなく連想ゲームがうまくなるような気がします。
 この手のもので「鍛える」という発想はいったん置いといて、「意外性を出すための装置」のような感じで理解して利用すればよいのではないかと思います。このあいだ『ピルグリム・イェーガ』という作品を教えていただき、びっくりしました。イエズス協会の創始者であるイグナチウス・ロヨラが、カポエラ使いだったという設定で、ついてゆくのでやっとです。こういう意外な組み合わせを見つけるマラソンとしてやり続けてみるとよいかもしれません。
 名作と言われるもののなかには、限界的・破壊的な組み合わせをうまく使っているものが数多いです。少林寺とサッカーのやつもびっくりしましたし、少年が名探偵の話とか、龍と七個のボールの話とか、軽音楽とティータイムとか、囲碁と背後霊とか、暗殺とノートとか、立川と神様とか、その立川と神様のやつを書いたひとが『ヤングジャンプ』で連載しはじめたのが「サンタクロースと企業」ですし、プロ作家のアイデアの組み合わせや、その過剰さとバランスのよさ、意外性、独自性などにはいつも感嘆します。
 「直結」の効果として明確に言えるのは、それぐらいかなと思います。うまくなるためにやろうと思うと自信をなくしやすそう&連想ゲームおじさんになりそうという印象です。あくまで印象なのでやってみないとわかりませんが。
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田島春 Cat (360 ポイント) 3/13 回答
即興小説トレーニングで身に付く力は何か
長編小説で必要な力は何か

それらを並び立てて同じ部分があれば即興小説トレーニングでも長編小説を書く助けとはなると思われます。
長編というものも区切ることが多いため短編の連続とも取れますし、行程の一部が早くなれば全体に掛かる時間も短くなり、その分を他の事へリソースを回せます。

総評としては”長編小説を書く助けになると言える”です。

ただし、トレーニングというもので忘れてはいけないのは他にもっと効率の良いものは無いかという視点です。それが見つかるまでの繋ぎとして考えるのも良いと思います。​
あとーす Crow (2,270 ポイント) 3/14 コメント
ご回答ありがとうございます!

実作ばかりだとマンネリ化してしまうので、「練習」と言いながら息抜きみたいな側面があるのかなと考えたりしました。
他の練習方法もできれば取り入れていきたいですね…。
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阿佐翠 Crow (1,600 ポイント) 3/14 回答
以前、即興小説トレーニングを使っていた経験があります。

 

個人的には、即興小説を書くこと自体が「小説を書く練習」になるかというと微妙です(特に長編執筆の手助けにはなりにくそう)。ただ、即興小説トレーニングを通して、自分の執筆能力を見直すことはできる、と感じています。

あとーすさんの仰る「瞬発力」もそうですが、例えば自分が無意識に用いてしまう文体とか、毎度出てくる展開作りのパターンなどが、即興小説には色濃く現れるイメージがあります。経験上、短い制限時間(15分とか)にすると特にそうですね。

完成した作品を後で見返して、自分の癖や、自分にとってのテンプレのような要素を探す。それを長所ととるか短所ととるかでその後の対策は異なりますが、どちらにしても、自分の文章の特徴を知っておくことはとても大事なことですから、その点で「練習」になると言っても良いのかもしれません。個人的には「確認」という感覚の方が近いですが。

また、時間に追われながら書く感覚を身につけることで、締め切りを守ろうとする精神を育てる……というのもちらっと考えましたが、これはたぶん無いですね。短距離走と長距離走の違いというか。
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あきか Snake (3,480 ポイント) 3/24 回答
時間がない中書くので癖みたいなものは、見つけやすい気がします。

話の展開の仕方とか、言葉のチョイスとか。

アイデア出しの練習にもなる気がします。長編だとこのアイデアがマンネリ化防止の役に立ちそう。

いつもやるのは15分のなので、4時間とかのやるとまた感覚が違うかもしれませんね。
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おむぱんだ Crow (2,750 ポイント) 3/25 回答
私は、即興小説も練習になると思います。長編でも役立つ部分が三つほどある気がしますので、回答します。

  まず即興小説創作の流れとしては、「振られた無理難題の処理」を「時間制限下でこなし」でてきて「話としてまとめる」ことが要求されています。

  一つ目の「振られた無理難題の処理」については、例えば私が以前やってみた際に「しめじ」と「優しい裏切り」というお題が振られました。もっと難しいお題もあると思いますが、いきなりしめじという単語を振られて度肝を抜かれたことを覚えています。

  「しめじ」と「優しい裏切り」で、全く想像力を働かせなければ、

「悪いしめじがしいたけさんを裏切るんだけど、それは実は優しさの裏返しだった!」

  というクソみたいなストーリーが完成します。

  事実、それでもありといえばありです。お題もクリアしてるし話も成り立っている。制限時間以内に打ち込みさえすればセーフです。ただ、とてもつまらなそう。

  おそらくみなさんもそう思うんじゃないでしょうか。出されたお題そのままをサラダのように合わせて盛り付けるだけでは、味気ない。面白いテーマ(美味しい素材)ならそれもありかもしれないけれど、一手間加えることでもっと美味しくなるのなら、その手間を惜しみたくないのが創作だと思います。無茶なテーマ(美味しくない素材)を美味しくするために、サラダではいけないのです。火を通して調味料を混ぜてお皿に熱々のままのせなくてはならないのです。

  そこで一つ目の「振られた無理難題の処理」が必要になります。食材を捌くには、食材に関する知識が豊富でなくてはなりません。小説で言えば、リアリティを出すためにお題についてすぐさまググる、なんて方法もありますが、それよりも人間に備わっている武器を使う方が重要です。

  すなわち、想像力です。

  「しめじ」と聞いてしめじしか思い浮かばなければ、話の幅は狭いまま、食材を加熱することもなく皿に乗せているのと同義です。たぶん、美味しくありません。そこをカバーするように、膨らませていくのが想像力です。

  次に、二つ目の「時間制限下でこなし」ていくところですが、調理でいうならば、実際に火を通したり食材を切ったりしているところにあたります。

  新人一年目の板前さんよりも、この道三十年のベテランの方がその作業は効率的で、無駄なく早く美しいはずです。おそらく、小説もそうだと思います。

  私のようなぺーぺーが語るのもおこがましいことですが、ご容赦ください。

  話のパターンはある程度一定で、おそらくみなさん同じお題をもらっても隣の人とは違う話を書き上げると思います。一字一句同じ話は確実に生まれません。

  つまり職人によって、おなじ材料でも調理の速度や方法は全く異なるわけです。良し悪しは別として。

  時間制限下ではその差が特に如実に現れます。書き慣れていて自分のスタイルを確立している人は、いつものように材料を調理しますが、そうでない人やスタイルの確立がなされていない人は、そこで少し手間取ります。

  上手く材料の持つ味を理解し、どんな料理にするかが決まっていても、手の動かし方とレシピが確立されていない状態だと言えます。

  この即興小説は、その自分のスタイルをある程度固めていないと書ききれない創作だと思います。この時間制限があることによって、否が応でもちゃっちゃと話を書き上げる必要性が生まれ、見よう見まねでは書ききれないようになっているのです。

  つまりここで自分のスタイルを確立しているひとなら、そのスタイルでどんな話をどれだけ書けるのかが分かる場になると思います。和食、中華、フレンチ、いろんなスタイルが試せる機会だと思います。ここでいずれのスタイルにも触れて、また自分のスタイルを確立しておく事は、長編を書く際にも活きる事ではないかと思います。

  そして三つ目の「話としてまとめる」ことも、少し上の話に共通してきます。

  ここまで調理に例えてきたので調理でいきますが、ここでいう「話としてまとめる」作業は、いわば完成形をイメージ出来ているか、ということです。

  キーマカレーを作るのに、キーマカレーがいまいち分かっておらず普段家で食べるような具材の大きさでカレーを作ってしまった。としたら、キーマカレーは作れません。おなじ材料を用意しても、完成形がどうしてそんな完成形になっているのか逆算する思考が持てていなければ、絶対にたどり着けないのです。

  レシピという表現がとても分かりやすいかと思います。お題は材料。制限時間はお客さんを待たせる限度の時間。調理するのは自分で、レシピは頭の中になければなりません。完成形を作るのに何が必要で不必要なのか理解していなければなりません。

  その思考が身についていないと、即興小説を始めとして、ほぼ全ての創作分野で行き詰まるような気がします。

  なにが作りたいのか、どうすればそれが作れるのか、なにが必要なのか、それが分かっていないわけですから。

  短編とはいえ、ある程度完成形をイメージし、そこに向かってすぐさま話の構成をし、ガンガン打ち込んでいく。

  自ずとイメージを言葉に落とし込んでいくスピードも上がりますし、上にあげた三つの要素のどれかが欠けていたとしても、継続すれば補完されるものだと思います。

  私の持論として、即興小説を書けない人は、長編を書くときに上の三つの要素のどれかで躓く可能性がとても高い気がします。逆に、長編や短編を何本も書き上げているような人は、コツを掴めばすぐに即興小説も書けるようになるのではないか、と思っています。
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Mas Cat (460 ポイント) 5/13 回答

ある一定の効果は見込めます。

ただし、もし即興小説を書くなら ”ウソ日記法” がおすすめです。

自分の日常の日記の中にさりげなく、時には大胆に”嘘'を混ぜて毎日書く方法です。

作家は各々自身の体験を作品に反映させますよね? 嘘日記は逆で、自身の体験の中に創作を折り込んだ日記を綴ります。

これをやるとわざわざお題を与えられずとも、普段の生活で自分が感じた感性や体験を文字にする感覚を養えます。

更にそこに虚実入り混じる事で、徐々に奇妙な世界に移行してしまう展開や、ガラッと日常が崩れる展開などが上達します。

質問者様が思われる発想力や瞬発力ならむしろ

水平思考(ラテラルシンキング)を鍛えるといいでしょう。ラテラルシンキングを鍛えるにはスローンとマクヘールの”ウミガメのスープ”の設問を解き、ラテシンというサイトで問題自分で出題できるまでになれば、様々なミステリーを書けるようになります。

ラテラルシンキングは下記を参考にして下さい。なんとなく雰囲気わかるはずです。

https://m.youtube.com/watch?v=trGNxD5zC7M

http://sui-hei.net/

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