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書くことが苦しい

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匿名 4/5 質問 執筆
もともと楽しさを求めて書き始めました。
しかし数年前から書くこと自体が苦痛で仕方ありません。
自分の文章もキャラも表現1つすら見ることが嫌になってしまいた。

スランプと言うべきものなのでしょうか。

正直楽しさだけを求めてきたので、ここまで苦痛しかないのなら2度と書かない方がいいのではないかと考えています。

反面、書きたいと言う感情がなくなった訳ではないのです。書きたい話は多くあり、ふとした時に文章も浮かびます。

でも、もう楽しくはありません。

楽しく書く方法はないのでしょうか?
ないのであれば、僕はもう書くことをやめた方がいいのでしょうか?

取り留めのない質問失礼いたしました。

回答 7

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阿佐翠 Crow (1,600 ポイント) 4/5 回答
同じ境遇に遭ったことがないので、参考にはならないかもしれませんが、自分なりの考えを述べてみます……。

 

僕自身は、書くこと自体が楽しいという気持ちは特になく、出来上がった作品を見直したり、誰かに読んでもらったりすることで、「楽しさ」に近い感覚を得ています。満足感、というのが一番近いでしょうか。

その背景には、書くことを通じて実現してみたいと思っている目的がありまして、その実現こそが自分にとっての「楽しさ」に直結しています。目的を見事に達成できたり、読者に目的の存在を気づいてもらえたりすると、ようやく「楽しい!」という気持ちになれる感じです。

質問者さんの求めている「楽しさ」がどこから来るものかはわかりませんが、もしも「書くだけで楽しい」ということなのであれば、正直めちゃくちゃ羨ましいです。文章を書くだけで楽しさが得られるなら、もう無限に書けてしまうじゃないですか。それってもう……すごいですよ(?)。そんな気持ちです。

僕は、「書くことは辛いことだ」とは思いませんが、少なくともただ楽しいだけのものではないと思っていて。時間もかかるし頭も使うし、どれだけ書いても上手くならなかったり、内容次第では自分の弱い部分や嫌いな部分をさらけ出したりしないといけないこともあり……僕にとっての「書くこと」は、そういう嫌~な要素を含んでいます。

それなのになぜ書こうとするのかと言われたら、やっぱり、実現したい目的があるからでありまして。やりたいこと、試してみたいことがあるからこそ、大変な執筆作業も頑張れるように思います。

 

僕は自分の文章を嫌いになったことがないので、どうすればそこから脱却できるかはわかりません。「好きになればいいだけだ」と言うのは容易でしょうが、それができないからこそ悩まれてるとも思うので……。

考えつく解決策としては、執筆に楽しさだけを求めるのではなくて、面白さだとか、有用さだとか、別の魅力を見出すことに力を注いでみるのはどうか、という感じです。僕が目的を持って執筆をしているのと同様に、執筆自体をひとつの通過点として、その先にあるものの獲得を目指す、というのもひとつの手ではないでしょうか。

長々と失礼いたしました。質問者さんの執筆意欲がまたよみがえってくれることをお祈りします。
ゆきみ Mouse (260 ポイント) 4/6 コメント
ご丁寧にありがとうございます。

僕の小説における楽しさは自分の中から溢れてくる物語を読むことでした。僕の小説のファンはずっと僕です。

人に読んで頂く。褒められたら嬉しくて、駄目な所を指摘されても嬉しい。それは、とてもよくわかります。

しかし、あぁ、確かに僕は僕が楽しみたかっただけで目的も試したいことも持ったことはなかったのかも知れません。

遊びをただ遊びのままに漫然と続けていて、それが故の飽きを感じているだけなのかも。我ながら、まるで子供みたいですね(笑

楽しさ以外を見出す、素晴らしいアドバイスありがとうございます。しかし、それは同時にとても難しそうですね。

好きだったものに、今更好きである理由を求めることになろうとは……。
色々と参考になりました、本当にありがとうございます。
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名もなき草 4/5 回答
抽象的で正解と言える正解がない質問だと思うので、私の経験則になってしまう前提で申し訳ありませんが書かなくて良いと思います。

それはこの先二度ととかそういう事ではなく「今は」書かなくて良いと思います。

書く事の楽しさを求めて物を書いてこられたという事なので、それが今書いても書いても楽しくないしそれが苦痛で書きたくないという気持ちが強いなら無理に書く必要は何もありません。

貴方が書く事に求めていたのは「書く楽しさ」でありそれが得られないのであれば無理に書いても余計に「書く」という事に苦痛を感じてそれを嫌いになってしまうだけだと思います。

このまま物を書かなくなればいずれ本当に二度と書かなくなるかもしれない、書けなくなるかもしれない、でも、どうしてもまた書きたくなるかもしれません。

書きたくて書きたくてどうしようもなくて、書きたくて書いてみたらやっぱり苦痛かもしれない、でも、楽しいと感じていた頃と同じように楽しく書けるかもしれません。

それはやってみなければ分からない事で、今、書くことが苦痛なのであれば書く事はお休みして、ただひたすら書きたいお話や出来事をメモやただの単語としてどこかに置いておいてはいかがでしょうか。

貴方の書くお話は貴方にしか書けないもので、貴方が好きなように自由にして良いものです。

書くも書かないも貴方の自由にして良いものなのです。

書きたいから書く、書きたくないから書かない。

そんな風に単純に受け止めて、単純に考えてみてはいかがでしょうか。

長文になってしまいましたが、少しでもこの文章が貴方のお役に立てば幸いです。
ゆきみ Mouse (260 ポイント) 4/6 コメント
ゆきみ 4/6 編集
回答ありがとうございます。

実は数年前にそう思ったことがありました。そして今に至るまで、メモばかりとって基本的には書かないでいました。

いつかまた、書きたい時が来るかも知れない。いや必ず来ると信じていました。しかし現実には数年経っても書くことは苦痛のまま。

書けなくなることは、素直に恐ろしいです。社会人になり少しして、それはより顕著になりました。

時間がなく仕事も忙しい、書くことからドンドン離れていき、このままでは多分書かなくなり書けなくなると感じています。

焦燥感から書いて更に苦痛を伴い嫌になるループですね(笑

ただ、僕個人としては書きたいのです。

だけど書くことは苦痛です。

いっそ書きたいという気持ちを捨てれば、それでいいのかも知れません。あるいは未練がそうさせているのかも。

僕のルーツは楽しさということを再認識させていただき、ありがとうございます。
とりあえず、もう少しだけ時間をおいてみることにします。

いずれまた、書きたいと思える日に書けることを信じて。

ありがとうございました。
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和菓子 Owl (5,500 ポイント) 4/6 回答
書くことでなにがしたかったのか、という問いが核心ではないかと感じました。

私は最初、まったく自覚していなかったのですが、友だちがほしくて書いていたようです。仲間がほしい。仲良くなりたい。つながりたい。見せ合いたい。感想を教え合いたい。まさかそんな動機で書いていたとは、気づくまでに時間がかかりました。

みなさんおなじ物書きですが、書く理由はまったく異なるでしょう。どこまで参考になるかわかりませんが、友だちがほしいとか、社会にインパクトを与えたいとか、有名になりたいとか、評価されたいとか、自作を本棚に置かれたいとか、気に入った絵師に表紙を描いてもらいたいとか、妄想を文字にしたいとか、言語に詳しくなりたいとか、賞金がほしいとか、印税がほしいとか(私です)、小説家を名乗りたいとか、あいつに勝ちたいとか、あいつの先を越したいとか、既存の価値観を物語でもってぶち壊したいとか、抽象的な思考や考量を紙とペンに落とし込みたいとか、奇抜なアイデアで読者の感情を解放してあげたいとか、物書きのギルド(©︎高橋源一郎)に入りたいとか、いろいろあるし、こんなに輪郭がはっきりくっきりしていなくて、もっと漠然と「ビッグになりたい」のようなものかもしれません。

とにかく、なにがしたかったのか、なぜそれが満たされていないのか、何度も何度も自問して何度も自答していくうちに、予想もしていなかった動機が現れるかもしれません。そいつを今度は信じてみるのもよいかもしれません。

なんにせよ、書くことは孤独な作業ですから、一緒にがんばりましょう。がんばらなくてもよいですが、ここにいるときぐらいは、私たちは、一緒の物書きですから、一緒にやりましょう。
ゆきみ Mouse (260 ポイント) 4/6 コメント
回答ありがとうございます。

書くことで何がしたかったのかと問われると僕はずっと「楽しみたかった」「自分の好きな物語を読みたかった」の2つとなります。恥ずかしい話、自分の中から出てくる話を読むために、自分の為に書いておりました。

繋がりたいと言うのは、とても素晴らしい動機に思えます。孤独の中で書くからこそ、孤独をわかちあいたいと思います。

ああ、でも、ありがとうございます。少し理由が見えました。僕が書くことがなくなったのは、確かにそうでした。

昔所属していたインターネットの小説サークルが解散してしまったのです。あるいは僕もいつの間にか仲間が欲しくて書いていたのかも知れませんね……。

信じる動機を探してみたいと思います。書き始めが幼い頃からなので、そのみっともない幼さが大人になった今になって合わなくなっているのかもしれません。

だから、今の僕が書く理由を探してみたいと思います。

回答していただき本当にありがとうございました。
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コユキ Snake (3,070 ポイント) 4/6 回答
ふんわりした答えになってしまいますが、ご容赦ください。
どうして楽しくないのか、理由によるのかなと思いました。

・思い通りに書けない
・思った通りの評価が得られない
・途中で飽きてしまう
・忙しくて時間が取れない

など、色々あると思います。
なので、

・原因を解消するために何をすればいいか

を、書き出してみて、

・そのための努力は嫌ではないか
・そのための時間は惜しくないか/取れるか
・それが解消されれば楽しめるのか

などで考えればいいのかな、と思います。

原因を解消しようとするとき、
嫌だ、苦しい、面倒だ、続かない、色んな感情があると思います。
もしもそういった感情が勝つようなら、書くことから離れるのもありだと思います。
それでもまた書きたくなれば、都度上記のことを試してみればいいのかな、と思います。

楽しみたいというお気持ちはあるとお見受けしましたので、質問者さまがまた楽しめますよう願っています。
ゆきみ Mouse (260 ポイント) 4/6 コメント
回答ありがとうございます。

原因はわかりません。ずっと考えてはいるのです。いや、実はある程度絞れてはいます。

上記した通り自分の文章表現キャラが嫌いになってしまったのでしょう。思った通りに書けないと言う理由に当てはまるかと思います。

しかし、そうですね、努力はしているとは言い難いのかも知れません。僕は楽しみを求めてしか書いておらず、そこに努力をしたことはありませんでした。

文章そのものを変えてみようかと思います。これから毎日少しずつ文章模写をしようと思います。

楽しさを求める過程に努力が必要なんて、そんな当たり前のことを僕を知らなかったのですね。少し前を向けそうです。

指針ができました、ありがとうございます。
必ず、必ず戻ります。
僕はまだ書いていたいし、書きたいものがたくさんある。

非常に参考になりました。
ありがとうございました。
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あきか Snake (3,480 ポイント) 4/6 回答
あきか 4/6 編集
結構自分に近いタイプかと思います。そして、私も今割とそんな感じかもしれません。昔ほど創作意欲ないですし。
なので参考になるかは分かりませんが。
オススメとしては、一旦筆をおいてみることです。
ネタも考えません。二度と書かないぞ、みたいな勢いでやめます。
その間に小説を読みまくってみたり、ドラマを観まくったり、映画を観まくったり、創作物に触れます。
そうしている内にネタが出てきて、書きたくてどうしようもなくなるなら、その時は再び書きます。
その時再び筆を執るなら、まだ書くことが好きで楽しいということじゃないでしょうか。
自分はこれを二回ぐらいやりましたが、意外と戻ってきます。現に戻ってきてますし。
ただ戻ってこれない可能性もあります。
好きだったもの、趣味としていたもの、それが数少ない趣味なら中々怖いかもしれません。
でも、無理して書くよりは多分ずっといいです。
私は昔絵を描くのが好きだったのですが、自分の下手さに凹み、さらに描くのが楽しくなり、描きたい物も特になく、そんな感じで描かなくなって五年ぐらいたっています。
正直言うと、意外と平気です。
また描きたいな、絵画教室とか行ってみたいな、そんな気持ちが多少湧く程度です。
多分、自分にとって小説もそんな感じかなと思っています。
楽しくなくなったら、手離してしまうもの……みたいな。ちょっと、寂しいですけどね。
後、無理して書いた小説は大体つまらなくなるので、書くことがつまらなくなったら作品の為にもやめ時かなと。
一応自分は、どうしても完結させたいネタがあるので、しがみついてますけどね。

後、書く気力があるのなら自分がやってなかった表現にチャレンジしたり、やったことのないジャンルにチャレンジするのもおすすめです。
同じのばかりだと、マンネリ化するし、書いている方も飽きてくるので。
ゆきみ Mouse (260 ポイント) 4/6 コメント
回答ありがとうございます。

一旦筆を置く。
書けるようになったら書けばよくて、無理ならもう書かなくていい。

それはとても正しいと思います。でも、確信があるんですよね。

やめたら2度と戻って来ないと。僕はそう言う人間です。

やめたらやめたで平気だとは思うのですが、僕はまだ書いていたいのです。書くことに苦痛を感じても書いていたい。

気付けば小説のことを考えている様な生き物で、子供の頃からずっとしがみついているので手を離すのがとても恐ろしい。

反面、独り立ちすべきなのだと言われている様な感覚があり、今回の質問をさせて頂きました。

過去の経験を話していただき、親身な回答とても嬉しいです。でも書く気力はあるので、新しいを試みをしてみたいと思います。

それでもダメなら、もう書くことをやめてしまおうと思います。無理して書く作品は、それはそれでいいものが出来ると僕は考えていますが(文学者の人を見ると)

しかしプロでもなければ目指してもいない僕にとって楽しくないのであれば、苦しいのであれば続ける意味はないのですから。

ありがとうございました。
+1 支持
ゆきみ Mouse (260 ポイント) 4/6 回答
仕様がわからなくて匿名で質問させていただきました、ユーザー登録をしましたので改めて質問者のゆきみです。

今回はこのような陰鬱な質問とても申し訳なく思います。しかしながら、ずっと悩んでいて、吐き出したかった問いでした。

あるいは、もうやめてしまえと言われることをすら望んでおりました。しかし皆様の真摯な回答とても嬉しく思います。

それぞれの方にもう1度だけお礼をさせてください。ありがとうございます。
0 支持
Mas Cat (460 ポイント) 5/13 回答
楽しさとは相対性を持っているんです。

今の質問者様の環境には恐らく執筆よりも楽しいものがあるのでしょう。また、執筆より苦しいものが無いのでしょう。

心理学的なセルフヘルプの手法に

 ”選択肢を限定する”

というものがあります。

例えば1日2時間の執筆をやりたくないのであれば、その代わり、2時間分家事の手伝いをしなければならない、苦手な科目の勉強をしなければならない、筋力トレーニングとランニングをしなければならない。

など自分でルールを決めます。

すると人間の脳は単純で、自分で勝手に二択にしただけでもどっちかは必ずやらなければならないという前提で思考します。

すると、

皿洗いするくらいなら、無意味に走るくらいなら、嫌いな勉強するくらいなら、小説を書こう。となります。仮にならなくてもそれぞれ身になります。

また、”一度執筆以外を選択したら、それを3日続けなければならない”などのルールをつくると、更に執筆に心が向きやすくなります。

プロはいつでも楽しく書いてるわけじゃなくて、心理学や脳科学的な技術を自分に施し、脳を騙してなんとか筆を握ります 笑

試しに行動・認知・心理学や脳科学の専門書を読んでみるのをおすすめします^ ^
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