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書きたいけど書けない

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匿名 2/8 質問 執筆
小説を書きたいです。
だけど、何も頭の中にネタとかアイデアが降ってきません。
今までこんな風になった事はありませんでした。
皆さんが何か書きたいと感じているのに、書けなかった時や突然何も思い浮かばなくなった時はどうしていますか?

回答 18

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匿名 2/9 回答
多くの方が言っていますが、締切がないのであれば放置するのが一番です。

創作活動は情報のインプット→アウトプットという作業で成り立っていると思います。
今は書くための材料が不足している状態なのではないですか?

気になっている、まだ見ていない作品を見に行く。
いつ読んでも楽しく思える創作の種になるお話を読む。
普段自分では行かない場所へ行くのもいいと思います。美術館や展示会、発表会といった場は新しい刺激への近道です。

どうしても書けない時はあります。
書き出してみて気に入らない文章も出てくるでしょう。

でもどうか、焦らないで。それで創作活動を嫌いになってしまうようなことがあったら、あなたの作品を見る機会がなくなってしまいます。

今は焦らず、じっくり、自分の情熱に身を任せられる時が来るのを待ちましょう。
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匿名 2/9 回答
小説書きではなく、(変な表現ですが)文字書きだと思って活動している者です。
何も思い浮かばなくなった時、すこしそこから離れます。完璧には離れません。書きたい衝動は今そこにあるので、書きたい気持ちは捨てずに、別のジャンルに取り組みます。わたしの場合は、短編脳から短歌脳へ、というようにシフトします。(文字書きと表現したのは、小説と呼ぶもの以外も創作しているからです)
正直、わたしは書けなくなった時がありません。瞬間的に何も思い浮かばない、後に続かないことはありますが、すこし唸って、すこしボヤッとして、急にお題提起をしてそれについて考える、ということをしています。(その場でひとつのことが完結するかはまた別の話だと思っています。)
精神論みたいで申し訳ないのですが、「書けないと思うから書けない」のだと思っています。思い浮かばないのだからしょうがないじゃないか、と言われるかもしれませんが、ささいなことでも言葉はあらゆるところに転がっています。目に入るものから連想して言葉を繋げる。勝手に筆が走るのではなく、わたしが筆を動かしているのだ、と思う。ようは、考えろ、です。言葉遊びでいいから言葉からは離れない、という気持ちの持ちようだと思っています。あと、平凡なことを言えば、本を読んだり音楽を聴いて言葉をインプットする、ですかね。こういう作業も、言葉から離れないことに繋がると思います。

わたしの場合は、今まさに書きたいのであれば、とにかくそこから離れない、です。

この質問を受けて、わたし自身がどう文字に向き合って考えているのかがわかったのですごく楽しかったです。思考を書きだしてみるのもアリかもしれませんね。

最後に、純粋な小説書きでないので参考にならないかもしれません。申し訳ないです。ただ、同じ創作家として、こういう考えもあるのだと気に留めていただけたら幸いです。
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匿名 2/9 回答
諦めちゃったな。

私も小説書きたい、書いてます、って人だった。でも昔から物語を想像するのは好きだけどきちんと文字に起こして完結させるのが苦手で、正直冒頭300字でもう苦痛なのね。なんで小説書いてんだろって思った時に結局「物書きです」って名乗りたいからなんじゃないかと思って、なんだか疲れて書くのやめた。書くのやめてもそれ自体は全然罪悪感もなし寂しさもなしで、ケーキ美味えなとか、映画は楽しいぞとか、インプットする楽しみばかりだけど、悪くない。毎日今日は何が美味かったなとか、今日はこれが面白かったな、とか本当に些細な幸せ以外何もない。書かなければという使命感も、物語の生みの親という吹けば飛ぶようなアイデンティティも捨てて生きられるんだって気付いた時、それでもまだ何も成し遂げずに死んでいく自分に焦りを感じてる。何者でもない自分に毎日失望する。

きっとさあ、小説を書くって、小説を書くために生まれてきたんだって自分で言えるくらいのほんの一握りの人たち以外にとっては、レベルは違えどどうしたって面倒な作業だと思うよ。うん、面倒。大変とかではなく。だって私の頭の中にもう楽しいお話はどんどん浮かんでくるのに、それを人に伝えるためには伝われって言葉にして選んで整理整頓しなきゃならない。そんなことしてる間に楽しかった物語は逃げちゃう。それがきっと「何か書きたいのに、書きたいものが頭の中にない」という状態なんだと思う。なんでだろう、楽しいから物語を書き始めたはずなのにね。

私はどうしたかっていうと、一年全く書かなかった。書けないと思い悩むことをやめた。書けないと悩むのは書きたいから。じゃあ書かなきゃ悩みも消えるじゃん? というコペルニクス的転回。書きたいと思っても書かなかった。それは本当に書きたいのか、書いたという実績を誰かに認めて欲しいだけなんじゃないのかって一人相撲してる間にその書きたいという衝動は落ち着いて、ほらやっぱり大して書きたいなんて思ってなかったんじゃんってもう一人の私が指をさす。

そのうちさっき書いた何も成し遂げずに死んでいくことが怖くなった。毎日ただアリの大群の一匹のように働いて、なんの才覚もなく、それなりの稼ぎで、それなりの生活をし、それなりの教養で、それなりのもん食って、それなりの人生でそれなりに死ぬ。私は私が生きてるから私が私だって分かるけど、私は死んだらただの有象無象いる人類の一匹に過ぎない。生きてる今だって、私以外の人間が私を私だと証明するものはなんなんだろう? 私が私であること以上に私を表すものって何? 表されないものは死んでるも同然だ。才能もない、人格者でもない、見た目もよくなければ子を成す能力もない。親にもらった名前は捨てた私に、私であることを表すものは何もない。

だから諦めちゃった。それなりに美味いもん食って、それなりに楽しい音楽や映画に満たされて、何にも迫られないそれなりに楽しい生活を送ってそれなりに若い今の人生を過ごすことを。結局強迫観念に駆られて才能のなさに打ちひしがれ、何も成し遂げられず死んでいく恐怖に泣きながら、それでも書くことを選択した。でも書けないことにはもう悩まない。だって私はもう、私が小説を書くために生まれたわけではないことも、私が小説を書くことが好きなわけではないことを知っているから。書けない人間が書いてるのだからエディタを開いた時点で自分を褒める。そして100文字書いたところで自分を褒める。完成させるとかテーマ性とかそんなもの知らない知らない。私以外が読んで楽しいか? 考えない。書かないで死ぬことと天秤にかける。出来や量はともかく、なんとか物語は文章化され進んでいく。だから正直いま書いてるものは到底人に見せられるものじゃないし見せて批評されたところで、うるせぇ生きるためにやってんだ、って感じだよね。

相談はなんだったたっけ、っていうのは嘘で一応ちゃんと回答したいなと思ったんだけど酷いなこれは。他の方も言ってる通り、書くことから離れるというのはいい方法だと思う。それで、自分の人生に小説を書くことがなくても幸せなんだって気付けたら儲けもんだしね。
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千川 2/9 回答
とりあえず執筆のことを忘れて過ごします。ネタならいつでも作れますし、経験則からそういう時に無理して書こうとしてもうまく書けないと分かってますから今はインプットの時期だと考えて、執筆以外でやりたいことをひたすらやります。
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のぐち 2/9 回答
小説でも漫画でもアニメでもいいので、好きなものにどっぷり浸かります。

好きなものを見てれば気分は上がりますし、何故好きなのかを考えれば自分が書きたかったものに改めて気付くこともありますし、楽しい気分が続けばアイデアも降ってきます(^O^)
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m Mouse (250 ポイント) 2/9 回答
以前Twitterで「短い散歩」が想像力につながる、というつぶやきを見ました。ソースは「PEAK PERFORMANCE 最強の成長術」という本だそうです。

たしかに机に座ってネタを考えているより、何か別の作業をしている時や散歩をしている時のほうが実際、アイデアが閃くことが多いと感じています。
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匿名 2/9 回答
この世にある単語を無作為に3つ選びます



ロボット

マラソン

日本最大級

これで何か話を考えます[私の予測変換はどうなってるのかしら
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匿名 2/9 回答
初めまして!書きたいのに書くことがない、私も良くあります。
私の場合はまず小説に登場してくる人物(主人公でなくても良い)を頭で軽く作ります。
そしてキャラクターができれば、「けんじが休日の昼に久しぶりに料理をする話」という風に、日常的なものでも何でも小ネタを浮かべやすいと思います。
そこからは気の向くまま、指が動くままに書くことがあります。
参考になるかわかりませんが是非!
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