書を携えよ、旅へ出よ 文学旅行記・金沢編(後編)

前編では金沢三文豪こと室生犀星・泉鏡花・徳田秋聲の文学館を中心にご紹介しました文学旅行記・金沢編。後編では、金沢三文豪以外の文学施設をご紹介いたします!

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書を携えよ、旅へ出よ 文学旅行記・金沢編(前編)

金沢文芸館/金沢 五木寛之文庫

街中の三叉路にたたずむ、レトロな外観の文学館です。金沢の文芸活動の拠点として2005年に開設され、1階は交流サロン、2階は金沢五木寛之文庫、3階は泉鏡花文学賞の展示を含めた文芸フロアとなっています。元々は銀行だったというモダニズム建築のひときわ目を引く建物で、街でもランドマーク的な存在なのだそうです。

2階フロアが丸ごと展示スペースになっている五木寛之(1932-)は、現在も活躍中の福岡県出身の作家。金沢出身の人ではないのですが、奥さんが金沢出身で五木さんもデビュー時から直木賞受賞を経ての4年間を金沢で暮らしました。

居住した期間は長いとは言えないかもしれませんが、著名になるまでの時期を過ごした土地として、金沢を舞台にした小説を多く執筆しています。また、金沢市が主催する泉鏡花文学賞の創設に尽力したこともあり、文芸館内に特設フロアが作られました。フロアには全著作が陳列されているほか、自筆の生原稿、五木さんと著名人との記念写真、作詞したレコードなどが展示されており、見ごたえ充分です。

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金沢を舞台にした小説はもちろん、金沢についてのエッセイも多く手掛けている五木さんですが、ここでは『金沢あかり坂』をご紹介したいと思います。表題作をはじめ、金沢ゆかりの短編3作と、金沢に暮らしていた当時のことを回想したエッセイ1編が収録されています。特に、市の東側、いわゆる「ひがし」の廓文化で生きる女性を書いた表題作と『浅の川慕情』は、読み終えた後も余韻の残る素晴らしい作品です。北陸ならではのしっとりとしたもの悲しさと、恵まれない境遇でも凛として生きる女性のたたずまいが情緒豊かに描かれています。

また、最後に収録されている「小立野刑務所裏」は著者の金沢時代の回想として出色の作です。金沢の郊外に起居し、あえて金沢には染まるまいと距離を取っていたという五木さんから見た金沢が語られています。よその土地から来た人間だからこそわかる、その土地の「らしさ」が存分に活写された一品です。

もうひとつ、五木寛之ゆかりの金沢スポットといえば喫茶店「ローレンス」です。五木さんがよく執筆場所として利用し、また『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞を受賞した時に連絡を受けたという喫茶店で、なんと1966年受賞当時の黒電話が今も使われています。

ドライフラワーがたくさんディスプレイされたゴシック調の店内は、時が止まったような雰囲気でとても個性的かつ魅力的。店主のマダムにお尋ねしたところ、今の客層は五木さんの作品を知らない若い人の方が多いそうです。16時から19時まで、一日たった3時間しか営業していないお店ですが、そこも特別感があってそそられますよね。個性的な古いお店が好きという方は、ぜひ訪れてみてください。

金沢文芸館
住所:石川県金沢市尾張町1-7-10
TEL:(076)263-2444
開館時間:一般100円

金沢市西茶屋資料館(島田清次郎についての展示)

金沢生まれの大正期の作家・島田清次郎の資料、およびその生涯についての展示がされている施設です。ひがし茶屋街、主計町茶屋街と並ぶ金沢三茶屋街のひとつであるにし茶屋街の一角にあります。室生犀星記念館から歩いて10分もかかならない距離に立地していますので、併せて巡るのがおすすめ。

島田清次郎(1899-1930)は、弱冠二十歳で上梓したデビュー作『地上』が大ベストセラーとなった小説家です。

▼『地上』(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000595/card46166.html 

『地上』はその後も書き継がれ、第四部まで続きますが、著者の死により未完のままとなります。しかしその売り上げは莫大なものだったそうで、資料館では当時の華やかな新聞記事や、出版社の広告、そして映画化のポスターなどを見ることができます。

若くして文壇の寵児となった清次郎ですが、スキャンダルなどが重なり、その人気は凋落していきました。最後には精神病院に入院し、その生涯を終えます。31歳でした。筆一本で名声を得て栄華を極め、その後急転直下の転落をたどった末の孤独死。壮絶な人生ですね。

資料館では、そんな島田清次郎に関する貴重な資料を1階で展示し、2階では当時の雰囲気が感じられるお茶屋部屋が再現してあり、見学可能となっています。この資料館は、清次郎が幼少期を過ごしたお茶屋「吉米楼」の跡地に建てられたもの。金屏風や漆塗りの装飾品などの華やかな部屋のつくりから、清次郎が生きた時代のお茶屋さんの様子がうかがえます。また、この施設には、金沢市の観光ボランティアガイド「まいどさん」が常駐していますので、ガイドをお願いすることもできます。

永く「忘れられた作家」と言われていた島田清次郎ですが、近年は文豪ゲームにキャラクターとして登場するなど、再び注目されているようです。地元にこうした施設があり、まとまった資料が見られるのはとてもありがたいことだと思います。

金沢市西茶屋資料館
住所:石川県金沢市野町2丁目25−18
TEL:(076)247-8110
開館時間:午前9時30分〜午後5時
料金:無料

鈴木大拙館

鈴木大拙(1870-1966)は、金沢市出身の仏教哲学者。あまり馴染みのない名前かもしれませんが、「禅」をはじめとして広く仏教を海外に紹介した人です。海外で12年生活したのち、英語でも多くの著作を執筆、また海外での講演も積極的にこなしました。そのため、むしろ国内よりも海外での知名度の方が高いかもしれません。この記念館も、来場者の30パーセントは海外から訪れる人だそうです。

そんな大拙の功績を記念して開設されたという鈴木大拙館は、世界的にも非常に珍しい仏教学者の記念館として、「鈴木大拙への理解を深め、思索の場とすること」を目的としてて作られています。

でも、そもそも「禅」ってなに? 「思索」ってどうやってするの? と思われるかもしれません。日本で生まれ育った人でも、「禅」について教えてほしいと言われたら困ってしまいますよね。

この記念館が興味深いのは、それらの疑問に対して言葉で説明をしていないことです。記念館のうち、資料の展示が占めるスペースは多くなく、しかもその展示品には注釈や解説といった説明がまったくありません! もちろん文章での解説が欲しい人は展示スペースの隅に置いてあるリーフレットを取ることができますが、普通に展示を見ていく分には、それらの解説は目に入らないようになっています。

これは、禅の「不立文字」という教えに根ざしているコンセプトのようです。「不立文字」とは禅宗の基本的立場を示した「悟りは言葉で表現できるものではないため、言葉や文字にとらわれてはいけない」という意味合いの言葉。つまり、この記念館を訪れる人はみずからの体験を重視し、言葉からではなくその体験から、何かを感じとることが求められます。

そして、そんな想像的な「体験」を作り出しているのが、この記念館の素晴らしい建築です。モダンで洗練された空間と、自分の力で物事を悟るべしという禅宗の厳しさが混然一体となったこの美しい建物自体が、おそらく言葉よりも多くのものを来館者に伝えてくれることでしょう。

とはいえ、せっかくだからもっと鈴木大拙のことを知りたい! 著作を読んでみたい! という方もおられることと思います。そんな方には、『禅と日本文化』(鈴木大拙、北川桃雄・訳)をおすすめします。

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大拙の本はどれもとても難しくて読み通すには骨が折れるのですが、比較的とっつきやすいのが、彼が禅に馴染みのない欧米人のために講演したものが元となっているこの新書です。禅が日本文化にどのような影響を及ぼしているかが説明されており、特に武士道や茶道、俳句などの文化に興味のある方には大変面白く読めると思います!

鈴木大拙館
住所:石川県金沢市本多町3丁目4番20号
TEL:(076)221-8011
開館時間:午前9時30分〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
料金:一般310円、65歳以上210円、高校生以下無料

おまけ 金沢に住んでいた中原中也

詩人の中原中也は、幼少期の2年足らずを金沢で暮らしています。当時の思い出を中也は「金沢の思い出」としてエッセイに書き残しており、なかなかユーモラスです。

▼「金沢の思い出」(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000026/files/50242_41475.html 

また、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という独特な擬音語で有名な『サーカス』の詩は、中也が金沢で見た軽業芸の思い出が元となっているそうです。

幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました
(略)
サーカス小屋は高いはり
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

さかさに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋やねのもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

金沢市ではそんな中也のエピソードも丹念に取り上げ、彼が住んでいたという松月寺(エッセイでは「照月寺」となっていますが、これは中也の記憶違い)近くの公園前に文学碑が建っています。

おわりに

市内の中心部だけでも6つも文学館がある都市は、非常に珍しいと思います。一度ではとてもめぐり切れないかもしれませんね。しかし、そんな時はまた年月を置いて訪れてみたらいかがでしょう。

金沢は戦争中に空襲がなかったことから、歴史的な街並みが今でも多く残っている土地です。兼六園や武家屋敷跡、お茶屋街などといった趣のある美しい街並みを散策するのは、きっと素敵な思い出になることでしょう。

しかし古都としてだけでなく、金沢21世紀美術館のように現代的なアートを楽しめるスポットも充実しています。北陸ならではのおいしいものもたくさんあり、かわいい工芸品も多くお土産に迷ってしまいそう。

一度で全てを味わい尽くすのではなく、何度も訪れて楽しむ豊かさが金沢にはあります。実際、観光客のリピーター率がとても多い都市なのだそうです。今回ご紹介した文学館の数々も、すぐには役に経たなくても、いつかの時にふっと思い出して足を向けてみるきっかけとなれましたら幸いです。