果てしない知の冒険である哲学に興味をもったものの、何から始めればいいか、迷うことはありませんか?
書店には魅力的に見える入門書がたくさん並んでいます。しかしその中には、著者の主観と持論や、間違った知識だらけのものも混在しているため、油断はできません。
となると、最初から分厚い専門書と哲学史をひもとき、ストイックに向き合うという選択肢も考えられますが、指針と技術がない初心者は、根気が続かず挫折することが多いです。
挫折の理由は、哲学は概念、議論や学派などが多岐にわたり、助けを借りずに専門書との格闘から始めた場合、記憶と読解作業の負荷が初心者にとって高すぎることにあります。また、勉強がつらくなり、探求したいテーマや、学ぶ楽しさを見失うことも一因でしょう。
では、最初にどのような本を選べば良いのでしょう。筆者は、「pre哲学入門書」をおすすめしたいと思います。
pre哲学入門書とは筆者の造語で、ライトな入門書と専門書の間に位置する本のことです。
それらは専門性が担保されており、かつトピックが豊富で、読み物としても楽しく読み進められます。
pre哲学入門書から始めることで、哲学全体の構造把握と、自身が探求したいテーマ発見の両方がしやすくなり、勉強が楽しくなるでしょう。
上質なミステリーのように味わえる哲学入門:『ソフィーの世界』
1991年、ノルウェーの高校の哲学教師ヨースタイン・ゴルデルによるベストセラー小説です。
14才の少女ソフィーが、謎の学者から不思議な手紙を受け取ったことをきっかけに、著名な哲学者の思想、問題意識に次々と触れ、知的な迷宮に迷い込みます。
哲学の謎に誘われた彼女の日常は、それまでのものと一変します……。
謎が謎を呼び、予想を超える展開に引き込まれ、娯楽小説としても大満足な物語体験ですが、 その中でも特徴的なのは、巧みに織り込まれた哲学史の紹介で物語を進展させる重要ファクターになっている点です。
哲学を学ぶ少女の感性がやがて、世界の謎を解き明かす大胆な構造が心を惹きつけるロマンを感じさせます。
哲学×ファンタジーの魅力を余すところなく見せつけてくれる名作です。
『不思議な国のアリス』の冒険と彷彿させられる哲学は、ここでしか読めません。
筆者は子どもの頃からこの本を繰り返し読み、手紙が大好きになりました。思い出の一冊です。
一度は読んでおきたい、胸熱クラシック入門書:三木清『哲学入門』
哲学入門界の自己啓発書で熱くなりませんか?
哲学のため人生を捧げ、戦乱の中でなお思想が磨かれ、不朽の輝きを放つ名著です。
著者の三木清は、『善の研究』で知られている日本哲学大家、西田幾多郎の弟子にあたります。
行間からあふれだす、マグマのように燃えたぎる学者魂から強いパワーがもらえます。
個別な哲学者の思想紹介はなく、あくまでも哲学の手引きですが、空洞な話は一切なく、哲学の目的、概論、姿勢などについてきっちり抑えられた一冊です。
有名な一節を引用します。哲学をする意味、哲学をする者の尊厳についての優れた言語化です。
哲学的探求は知っていると共に知っていないところから始まるということは、
(……)
持っている知識が矛盾に陥ることによって否定され、全く知っていないといわれるような関係にあるのである。
現実の中で、常識が常識としては行詰り、科学も科学としては行詰るところから哲学は始まる。
(……)
ソクラテスの活動が模範的に示している如く、そこには知の無知への転換がなければならぬ。
無知と知との中間といわれる哲学の道は直線的でなくて否定の断絶に媒介されたものであり、知の無知への転換を経た知への道である。
それ故に哲学は懐疑から発足するのがつねである。
しかしながら哲学は常識や科学を否定するに止まるのではない、それらとただ単に対立する限り哲学は抽象的である。
それが常識や科学を否定することは却ってそれらに媒介されることであり、それらを新たに自己のうちに生かすことによって、哲学は真に現実的になり得るのである。
筆者は現代社会との戦いで心が折れたときに、よくこの本の引用メモを読み返し、闘志をもらうようにしています。
※青空文庫で無料で読めます
https://www.aozora.gr.jp/cards/000218/files/43023_26592.html
迫る究極な難問と遊戯したいあなたに:『100の思考実験』
イギリスの哲学誌編集者による、思考実験だけを集めた頭や道徳感情をたっぷりストレッチして、いい汗をかきたいときに、おすすめの一冊です。
有名なパラドックスから現代倫理まで網羅したトピックが、どれも短く明快にまとめられており、負担を感じることなく読み進められます。
たとえば
- 「非中国語話者が、マニュアルに従って中国語の指示を正確にこなせたら、実は誰にもバレない件」ーーーー「中国語の部屋」のパラドックス
- 「豚に食べられたいと懇願されたベジタリアンは、豚を食べる葛藤に見舞われる件」ーーーー動物倫理の根拠について考える
- 「船のパーツを全部変えて、元の船を完璧に再現した船は、同じ船なのかと言われると難しい件」ーーーー「テセウスの船」のパラドックス
この本で紹介された思考実験は、どれもかなりの思想と議論を知っておかないと簡単に結論が出ないものばかりです。
本の著者のコメントをきっかけに、調べていくと世界が広がります。
事典と言えばこれ持っとけ! トピックの宝石箱:『事典 哲学の木』
日本の第一線で活躍している哲学者による事典です。
キーワードで概念の索引ができ、関連する思想、概要、歴史などを手っ取り早く把握し、関連する文献や哲学者を辿ることができる一冊です。
哲学史系の本とは異なり、キーワードで横断できるという点がとても嬉しいです。
書きたいことがないという、卒論に困り始めた学生にもおすすめです。
ネックは高い値段と、かさばる体積です……。持っておけば一生の財産ですが、図書館の活用もご検討ください。
哲学史をひもとく前の下地づくりに:『教養として学んでおきたい哲学』
初めてでも安心! 哲学の枠組みと主なる議論をひととおり把握しておくときに便利な一冊です。
とにかく分かりやすいため、投げ出す心配がありません。
哲学史における縦軸と横軸の提示を始め、知識の整理と収納の方法が学べるのが嬉しいところです。
一度枠組みが頭に仮置きすれば、次から深めるべき知識も見えてくるだけでなく、
学びの解像度と、情報処理の効率がかなり上がります。
おまけ 伝説となったヒトノケンカ:『悪魔と裏切者: ルソーとヒューム』
文学者に破滅的タイプが多く、哲学者に性悪タイプが多くいます。自嘲や自戒を込めて、彼らの高邁な思想と現実生活でのギャップを楽しんでは愛でるのもまた一興。
わーわーぎゃーぎゃーの大げんかを歴史に刻んだ2人の軌跡はこちらの一冊で堪能できます。
おわりに
小説、入門書、概論、事典、頭の体操と、バラエティ豊かなラインアップを紹介してみました。
気になる一冊はありましたでしょうか?
これから哲学に触れたい人に、哲学の楽しさを紹介本で知っていただけますと嬉しく思います。
では、よい哲学ライフを!