姉妹の衝突が学歴至上主義崩壊の縮図 本谷有希子『グ、ア、ム』

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離れて暮らす仲の悪い姉妹と、その母親。ある日三人でグアム旅行へ行くことになるが、相変わらず姉妹の中は悪くて……。

本谷有希子『グ、ア、ム』のあらすじを紹介するならば、このようになるでしょう。しかし、恐らく読者があらすじを見て感じる以上に『グ、ア、ム』は面白い小説です。ストーリーとしては、実は大したことがない。あらすじ以上でも以下でもありません。しかし、本谷有希子は文章が圧倒的に面白い。小説を読んでいてふと笑ってしまうのって、最近は本谷有希子の作品以外にないような気がします。と言っても、僕が彼女の作品を読むのはこれでまだ二作目なのですが。前回読んだ『生きてるだけで、愛』も最高に面白かったので、近々三冊目に手を伸ばしてみたいと思います。恐らく、手元にある『ぜつぼう』になるでしょう。

本作を読んでいて、最初に笑ってしまったのが以下の部分です。

いくら女同士とはいえ、月経関係の質問をぶつけるのは躊躇われた。信用金庫の同僚ともそれほど信用のある付き合いはしていない。となると、普通に考えればここで女親、姉妹の出番なのだが、やはり「何日目」に「どれくらいの量が」「どのような形状で」「どんな案配で」出てくるのか、とは尋ねがたいものがあった。
『グ、ア、ム』

別に月経に関する記述が面白いというのではなく、「信用金庫の同僚ともそれほど信用のある付き合いはしていない。」というのがくだらなくて非常に良い。たぶん僕なら、そんな文章を思いついても恥ずかしくて消してしまう。こういう文章を入れ込むことによって、『グ、ア、ム』には絶妙な軽さが出ています。

『生きてるだけで、愛』に続いて『グ、ア、ム』を読んで思うのは、本谷有希子という人は、一生懸命生きている人を描くのがとてもうまいということです。でも、物語に登場する人物たちはいつでも一生懸命なわけではなくて、日常ではダラダラとしている。そして、突然一生懸命になろうとする。自分の生活について深く考えてみようとする。しかし、いつもダラダラしている主人公の人生が急にうまくいくわけはなくて、くだらない事で深い思考も簡単に中断されてしまうのです。まあ、一生懸命に生きていない人なんていないのかもしれないのですが、本谷有希子は「一生懸命」と「ダラダラ」のどちらをも物語に取り込んでいて、それが独特のリアリティを醸成していると感じます。

本作に出てくる姉妹は、どちらも生きるのが下手くそ。本当に下手くそ。だいたい、姉妹同士でいがみあっている時点で生きるのが下手くそなんですよ。周りを見てみたら、だいたい兄弟姉妹で仲良くやっているところが多いじゃないですか。何年もずっと一緒にいるんだから、お互いに妥協するべきところなんかが分かっているはずなんですよね。険悪になる時期があるにしても、二人ともいい大人なんだから、これくらいの溝を埋めることができない二人は、生きるのが下手くそなんですよ。だから、一生懸命生きるはめになるのですが……。

いがみあっている理由も面白い。だいたい兄弟姉妹がお互いのことを嫌いになる理由って、「いつでも比べられて……」みたいなのが多いと思います。例えば、「お姉ちゃんは勉強ができたのに、あなたは……」とか、そういうやつです。『グ、ア、ム』も長女は次女に対するコンプレックスを抱えています。

長女は大卒ながらも、いわゆる「ロスジェネ」で、バイトをして生計を立てています。一方、次女の方は高卒ながらも信用金庫に就職。生活の安定度に雲泥の差があります。

『グ、ア、ム』の江南亜美子による解説でも指摘されているのですが、ここには学歴至上主義の崩壊が克明に描かれているように思います。それが「家族」という枠の中で書かれているのが面白い。目標のないままに大学に行ってふらふらしている長女よりも、高校の頃からしっかりとバイトをして高卒でも信用金庫に就職した次女の方が立派な人生を送っているということができるでしょう。このグアム旅行も、長女は両親に費用を出してもらっているのに対して、次女は自分でお金を出しています。

さて、ここまで書くのをすっかり忘れていたのですが、本作で最も面白いと思ったのが人称の設定。いわゆる三人称なのですが、これが「長女は~」「次女は~」「母親は~」と三つの視点を忙しく飛び回ります。この視点はそれぞれの登場人物の心情にも入り込むので、場面における主観と客観を同時に見ることができて、それが物語に奥行きを出しています。長女も次女も、自己評価と他人からの評価が一致してないんだろうなということが容易に分かり、そのギャップが非常に面白いです。

まあ色々と書きましたが、とても面白い作品だったので未読の方はぜひ読んでみてくださいね。

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あとーす

蓼食う本の虫 主宰。文芸同人「無間書房」で短編小説や140字小説を書いています。