『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞を受賞し今ますます注目があつまる小説家、千早茜。その描きだす世界では時にいきぐるしいほどの恋が、時にこの世ならざるものの姿が目前にあらわれる。生々しい手ざわりやにおいはそこにあるのに、見える景色はかすんで遠い。そんな夢と現の境界をゆうゆうと飛び越えていくような千早茜の小説を5作、紹介したい。
『あとかた』
第20回島清恋愛文学賞を受賞した『あとかた』は、闇にひかれつつも眩い恋の連作短編集だ。得体の知れない男とのつくりもののような快楽。結婚をひかえ変化を恐れる彼女に、男が遺したものとは(「ほむら」)。傷だらけの元同級生が僕の家に住みついた。僕は他の男とは違うから。彼女とはからだの関係は持たない(「うろこ」)。これら二作をはじめ、さまざまな視点から六作がゆるやかにつながっていく。
この連作短編集で特に印象的なのは、それぞれの身体の一部分と部屋の描写だ。この作品を読み返すたびに夜から朝へと移り変わるときの、光をふくんでいるのにじっとりと重い闇にしずんだ部屋を思い浮かべる。そしてその闇のなかでぼんやりと映る手や顔の一部分。物語の主題には関わらないそのささやかな描写が、ずっとこころをとらえてくれる。また本作で注目してほしいのは「ひらがな」の存在感だ。本作のタイトルがひらがな4文字、各章のタイトルがひらがな3文字と、まるで輪郭をにじませるように仮名が効果的に用いられる。それもまた、身体と部屋が闇のなかで溶け合うような印象を与えているのだと思う。
『男ともだち』
新進気鋭のイラストレーターである主人公は「こんなはずではなかった」を積み重ねるように生きている。冷え切った関係にある恋人、描きたかったものがわからなくなっていく仕事。迷いのなかにあった彼女のもとへある日かかってきた一本の電話はかつての男ともだち、ハセオからのものだった。お互い常に恋人がいながらも決して離れることがなかった大学時代。誰よりも理解し合いながら決して愛しあわない。そんな二人が再会する。
男女の関係を、友情か恋愛かという名付けで区切ってしまうこと。それが必要なとき、それが関係性を守ってくれるときが来るとしても、今この時だけはこの唯一無二の繊細な関係をただよっていたい。男女の友情は成立するかという問いに対するアンサーにも似た小説はありそうでなかったし、これ以降も千早茜にしか書けないような気がしてしまう。
『夜に啼く鳥は』
古来よりつたわる傷みや成長を食べる「蟲」を体内に宿す不老不死の一族。その末裔のなかでも強大な力を得た主人公の御先は、どんな傷も病も治す能力を持ち、150年以上生きているとは思えぬ10代のままのようなうつくしさで、両性具有の身体を持ち、性別はもはや定かでない存在として畏れられてきた。御先が現代を生きるとき、世界は輝きを止めることができない。
『魚神』で第3回ポプラ社小説大賞最終選考作品に選出、同作で第21回小説すばる新人賞、泉鏡花賞を受賞し華々しいデビューを飾った千早茜だが、本作はその『魚神』を彷彿とさせるうつくしさと怪しさを秘めている。冒頭では人間ではない存在にまつわるファンタジックな物語が展開されるかと思えば、ある場面から景色はぐっと引き寄せられ生きることそのものが迫ってくる。性と生と死。人生のうちでどうしても思いをはせざるを得ないその三つ巴のような存在に、やさしく、強く寄り添ってくれる一作だ。
『人形たちの白昼夢』
声が出なくなってしまった主人公は、見知らぬ相手からの招待状に誘われ、レストランを訪れる。給仕人にうながされ料理を口にすると、さまざまな情景が浮かんできて(「スヴニール」)。荒廃した世界。空爆から身を潜め、不思議な「声」に導かれて目を開けると、自動機械人形があらわれた。豪奢でうつくしい、暗殺用の人形に連れられて向かった先には(「リューズ」)。児童文学作家となった主人公が物語を書き始めた本当の理由。それは中学生の時に出会った、ピアノの上手な男の子との約束にあった(「モンデンキント」)。
嘘をつけない男と嘘しか口にしない女が出会ったとき、物語は動き出す。こぶりで透明感のあるガラス細工を眺めているように楽しめるおとぎ話だというのに、読み終わったあとにのこる感情は残酷でゆがんでいるはずだ。それはきっと、この透明さと、人間の不透明さが化学反応を起こしているから。青いリボンと人形に導かれるようにして繰り広げられる12のショートストーリー・オムニバス。
『神様の暇つぶし』
きつい目に大柄な身体、父親を失い、男とふれあったことはなく、恋愛経験はまったくない。そんな二十歳の藤子の人生を変えてしまったのは、恋を与えてしまったのは、死んだ父より年の離れた写真家の「全さん」だった。そして、彼女からすべてを奪ってしまったのも。ひと夏の、狂ったようにうつくしく汚れた恋の物語。
うだるような暑さ、その下で繰り広げられるドラマティックな恋。既視感のあるテーマはしかし千早茜の手のなかで決して使い古されたものになることがない。主人公との記憶にまつわるモノローグが始まるとき、現実世界の音はとおのいて、蝉の音が聞こえ始める。タイトルからは想像できないほどの暴力的な恋が始まる予兆としての静けさ。鮮烈なからだとこころのぶつかり合い。彼女たちのひと夏のために用意されたのではないかと思える言葉の連続に、こちらの生命力までが削り取られる。その瞬間こそが彼女と彼の刹那を堕ちていく生きざまに重なる。共感を超えた追体験のような長編は、他に類を見ない。
まとめ
恋愛と幻想を書く千早茜。その二つの異なるジャンルをしかし、彼女の世界はひろい海のようにつないでみせる。はかなさと生々しさ、異形と人間、肉体と無機物、記憶と忘却、すべての対極的なものをむすびつけてしまう力がその筆のなかに存在しているのだ。その小説からあふれる手ざわりとにおい、夢と現にわたしはずっと触れていたい。同時代に生まれて良かったとこころから思える作家の一人である。