「新本格ミステリ」から「ホラー」まで 綾辻行人おすすめ作品5選

綾辻行人。
この作家に読書人生を決定づけられたというミステリファンは多いのではないだろうか。

1987年、京都大学在学中に『十角館の殺人』で作家デビュー。綾辻氏の出現が日本のミステリ界に与えた影響は大きい。「綾辻以降」という表現が生まれ、デビュー以前と以降は区別して語られるほどだ。現在では当たり前のように耳にする「新本格ミステリー」という言葉もこのデビューと共に広く使われるようになり、いわゆる新本格ムーブメントがおきることになる。

たしかに『十角館の殺人』に出てくるたった一行でミステリの歴史は変わった。

デビュー以来多くの文学賞候補に名前が挙がっており、1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞。

2018年には日本推理小説界における功績を称えるための賞、第22回日本ミステリー文学大賞も受賞している。

京都大学在学中に結婚した妻は同じく作家の小野不由美。どうして才能を持つ人々というのはかくも呼び合うのか。

『十角館の殺人』から始まる館シリーズ(講談社文庫)

既に世を去った建築家、中村青司が手掛けた館で起きる多くの事件。その忌まわしい建物に魅せられた島田潔(シリーズ五冊目となる時計館からは「島田潔」をアナグラムにした「鹿谷門実」名義で活躍)という人物がシリーズ通しての探偵役となる。どの建物にも隠し扉や秘密の通路などの仕掛けがあるというのも本作の特徴となっている。どの“館”も真相に辿り着いたときには一瞬で世界が反転するような衝撃が待っている。全10冊の構想で2021年現在9冊刊行。原作・綾辻行人、作画・佐々木倫子という最強タッグによる漫画『月館の殺人』(読みはツキダテ)も出ているのだが、そちらは「館」がついていてもシリーズにはカウントされていないので、まだこの先も新しい館が読めるはず。最後の館を読むまではぜったいに死ねない。

とにかく未読であるのなら一秒でも早く読むことをお勧めする。どの館も個性があり作者の企みも様々なので、自分の推し館を探すのも楽しい。

『囁き』三部作(講談社文庫)

ホラーとサスペンスと本格ミステリが絡み合う美しくも恐ろしい初期の傑作シリーズ。

『緋色の囁き』

「私、魔女なの」という言葉を残し一人の女生徒が死んだ。その事件を皮切りに全寮制の名門女子高で起きる連続殺人。主人公、冴子は繰り返される緋色に染まった記憶から殺人鬼は自分自身なのではと怯えることになる。映画『サスペリア』を念頭に書かれた、というと作品の雰囲気が伝わるだろうか。

『暗闇の囁き』

妖精のように麗しく仲睦まじい兄弟の周りで起きる残忍な事件。なぜ死体の一部だけが奪われるのか、二人がひた隠す秘密とは何なのか。美しい二人の子供というモチーフはそれだけで恐ろしさが増し物語を彩る。この作品で××(ネタバレのため伏せる)という死体の状態を覚えた人も多いのではないかと思う。

『黄昏の囁き』

転落死した兄の真相を探るため郷里に戻った翔二、懐かしい風景を見ていると徐々に記憶の底から幼い頃の記憶が蘇ってくる。皆で遊んだ「おじぞうさま、わらった」という遊び、どこかから聞こえる「ね、遊んでよ」という囁き。フラッシュバックされる記憶の断片がつながったときの驚愕はシリーズの中では随一。

1988年から1993年にかけての刊行と館シリーズと時期はかぶるのだが、こちらは館より幻想的なムードが色濃く出ており三冊とも「記憶」が大きなテーマとなっている。それぞれに大きな関連はないので読む順序は神経質にならなくても大丈夫。いずれも耽美で退廃的な雰囲気をまとった作品であり、本格ミステリとしての驚きに満ちている。

Another(角川文庫)

山間の小都市にある夜見山北中学校を舞台に、主人公である榊原恒一と眼帯の美少女、見崎鳴を中心とした物語。鳴は現実に存在しているのか? クラスで囁かれる災厄とはいったい何なのか? ホラーとミステリの融合したその美しい世界、その独自の空気は綾辻氏のもっとも得意とするところだ。2009年刊行で後に漫画、アニメ、映画化もされており、いずれもヒットしている。そのためAnotherに関しては小説からではなく別メディアから入った、という人も多くいるだろう。ミステリを知らなかった層にもその面白さを届けたという点でも素晴らしい作品。
作品中、容赦なく、かつ様々な要因で人が死ぬ(特にアニメ版)ことから「Anotherなら死んでた」という言葉まで生まれた。ちなみに私は桜木ゆかりの死に方が一番好きです。

その後『AnotherエピソードS』(2013年)、『Another2001』(2020年)とシリーズ三作が発表されている。

霧越邸殺人事件(角川文庫)

信州の山奥で猛吹雪にあい遭難した8名の劇団員。彷徨った末に「霧越邸」という洋館に辿り着く。そこには同じように遭難しかけ霧越邸に身をよせていた医師と風代わりな住人たちがいた。やがて起こる殺人事件。その奇妙な死体の様子は見立て殺人なのだろうか?北原白秋の『雨』をBGMに静かに物語は進んでいく。クローズドサークルに見立て殺人とコテコテの要素を盛り込みながらも、そこに著者ならではの幻惑が加味され、いつのまにか霧越邸の不思議な世界に私たちも迷い込むことになる。約700ページと長めの作品だがそれを感じさせない面白さ。

読み終わると正解は最初からずっと目の前にあったことに気付き愕然とする。ファンの中では一押しとして挙がることも多い作品。1990年刊行。

どんどん橋、落ちた(講談社文庫)

不可能状況で起きた事件を推理する表題作「どんどん橋、落ちた」、鎮火後の森で発見される他殺体の謎を考える「ぼうぼう森、燃えた」、日本人なら誰もが知る幸せなあの家庭で起きる殺人「伊園家の崩壊」等、短編5編を収録。それぞれ独立した話でもあるのだけれど、構成上順番に読むことを強く推奨する。こんな真相わかるわけがない!!という無粋な声もごくたまに聞くのだが、どの作品をとっても犯人当てとして秀逸で完璧なロジックと伏線回収の見事さが堪能できる。時々挟まれる楽屋落ちの雰囲気も当時の本格ミステリ界を垣間見られるようで楽しい。難易度とトリッキーさは確かに高いが、フェアなことこの上ないミステリのお手本のような短編集。

まとめ

冒頭に「綾辻行人に読書人生を決定づけられた」と書いたが、私もその一人だ。

さほど勉強熱心でもなかった私の高校時代、授業中はいつも読書に耽っていた。その時読んでいたのはたまたま書店で手にとった文庫版『十角館の殺人』。背徳感なのか不思議と授業中の読書は捗り、やがて物語は終盤に差し掛かった。そしてあの一行を読んだその瞬間、あまりの衝撃に自分が教室に居ることなど忘れた。叫び出すかと思った。いや実際小さな悲鳴くらい挙げていたかもしれない。フィニッシングストロークなんて格好いい言葉もまだ知らなかった16歳の私はそれでも間違いなく本に殴られたと思った。あの最高の読書体験を超えたくて今も私はミステリを読み続けている。

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