入門的なやさしい哲学対話篇 / 品田遊『ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語』レビュー

「反出生主義」と聞いて、一体どのような思想を想像するでしょうか。

たとえば「菜食主義」であれば、野菜を食べて肉を食べないようにすることを思想の中心に置きます。また、「学歴主義」ではどの高等教育機関を卒業しているのかを重視します。すると「反出生主義」を字義どおりに理解するのであれば、「生まれることを否定する思想」ということになるでしょう。

そんな「反出生主義」には一体どのようなロジックがあり、どのように正当化されうるのか。そんな問へ踏み込んでいくのにうってつけの本が、品田遊『ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語』です。

現代の哲学対話篇

品田遊氏はダ・ヴィンチ・恐山の名でも知られるライター・小説家で、主な著作に『止まりだしたら走らない』『名称未設定ファイル』などがあります。特に『名称未設定ファイル』は現代と地続きの世界をSF的想像力とユーモラスな筆致で捉えており、笑って読めるのに腹の底がずっと冷えているような感覚になります。

『ただしい人類滅亡計画』は、そんなSF的想像力の延長線上にある作品だと言えるでしょう。しかし、この本は形式的に小説であるとは言い難いように思います(本書あとがきで品田遊氏が明確に「小説」であると呼んでいるという事実はありますが)。それではなんと呼ぶべきか。僕は、これを哲学書と呼びたいと思います。

本書は、魔王がこの世に顕現するところから始まります。王の中の王である魔王は「人類を滅ぼす」使命を背負ってこの世に現れますが、それが自分の意思に基づいたものではないことが気に食わない様子。そこで、人類を滅亡させるための合理的な理由を求めて、魔王は10人の人間を招集し、「人類を滅ぼすべきか否か」を話し合わせます。その結果に基づいて、人類を滅亡させるかさせないかを決めるというのです。

10人の人間は、思想は違えどそのほとんどが「人類を滅ぼすべきではない」と主張します。しかしその中で異色を放つのが、「人類は滅ぼすべきである」と主張する“ブラック”。10人の議論は、彼の主張する「反出生主義」がいかなるものかを追いかける形で展開します。

集まった人間たちがそれぞれの思想を披露し、それに基づいて議論を重ねる。これはまさしく対話篇と呼ばれる形式に似ているように思います。有名な書物では、プラトンの『饗宴』などがこれにあたります。このテキストの性質について、光文社古典新訳文庫『饗宴』の訳者まえがきで、中澤務氏は以下のように言います。

(筆者注:『饗宴』は)通常の哲学書のイメージとは一味違い、思想が物語の中に溶け込むように提示されていて、それが本作の最大の特徴になっています。本作は、第一級の物語を楽しむことを通して、読者を第一級の哲学的問題へといざなってくれる、稀有な哲学書なのです。

(『饗宴』光文社古典新訳文庫)

この説明は、そっくりそのまま『ただしい人類滅亡』に当てはめることが可能だと思います。反出生主義について10人が喧々囂々の議論を繰り広げる本書は、まさに現代の対話篇と言えるでしょう。

あなたはどう考える?

本書における議論の中で、最初に反出生主義への同調を表明したのは悲観主義者のブルーでした。生きるのは辛くて苦しい。ゆえに、生まれてくるべきではなかった。そう考えるのがブルーなのですが、これだけでは「反出生主義」とは呼べないらしいことが分かってきます。

人類はこれからも出生を続けるべきなのか。そもそも、私たちは生まれてくるべきだったのか。この問題について、道徳や善悪、概念について検討を加えながら議論を深めていきます。そして本書を読んでいくうちに、おそらく「この人の言っていることには共感できるな」「こいつの言っていることは意味わからないしむかつく」といった部分が出てくるのではないかと思います。

本書は、何も反出生主義を正当化するために書かれているわけではありません。また、反出生主義を否定する意図もないでしょう。ただ、反出生主義というものを考えるために、10人の人格を召喚してじっくりと検討しています。そしてそれを読む過程で、「それでは一体自分ならどのように考えるだろうか」と思考することを要請されるでしょう。

あとがきで、品田遊氏は以下のように述べます。

 本書は「人類を滅亡させるか否かについて10人が議論する様子を描いた小説であり、反出生主義について考えるための補助線です。対立する意見の応酬を読みながら自分もその会議に参加しているつもりで考えてみてほしいと思います。自分の意見を持つ必要はありません。それよりは、食い違う主張について「どちらが正しいのか」ではなく「異なる種類の“正しさ”がそれぞれどんな水準で成立しているのか」を考えることをおすめします。

(『ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語』イースト・プレス)

本書を読んだ人の中には、「絶対にブラックが正しい!」という方もいるかもしれません。あるいは、「ブルーの言いたいことは共感できるけど、なんかレッドはむかつくなあ」というように思う方もいるでしょう。自分の中で結論は出ずとも、それぞれの主張と自分の間にどういう距離があるか、ということは確認してみても良いでしょう。そしてその距離感こそが、暫定的な「あなたはどう考える?」の答えになると思うのです。

おわりに

「人類は滅びるべきなのだろうか?」「自分は生まれてくるべきだったのだろうか」ということを考えるとき、僕はいつもお腹が痛くなるのを感じます。日々の生活は楽しいけれど、実存それ自体が途轍もなく恐ろしくなる。しかし生きていく上で、この問から逃げることはできないでしょう。

本書は、そんな問に「反出生主義」という軸で挑む好著です。しかも七面倒臭いことは言わず、文体も平易で議論がわかりやすい。巻末には参考文献も掲載されているので、この本から他の本へ飛んで思考を深めることもできるようになっています。

人は生まれてこない方が良いのか。そのことについて、僕ももう少し考えてみたいと思います。

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