砂川文次『小隊』レビュー / エンタメ小説と戦争文学の両方の面白さが同居した作品

「自衛隊」と聞くと、なんだか厳しい表情と屈強な身体の、恐ろしい人間を想像してしまいませんか?

しかし現実には、自衛隊は私たちと同じように上司に厳しく指導されながら部下の面倒を見て、仕事中に「帰ってゆっくりしたいなあ」と思うような、等身大の人間の集団なのです。

第164回芥川賞候補になった砂川文次氏「小隊」は、元自衛官の作家として等身大の人間としての自衛隊を描きながらも「もし戦争が始まったとき、どのように自衛隊が戦い、何を思うのか」を問いかけた作品です。

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あらすじ

北海道に、ロシア軍が上陸ーー。

幹部自衛官として小隊(30名弱で構成された部隊)を指揮する安達3尉は、中隊長の指揮の下、最前線の釧路に防衛線を敷く。

「本当に戦争が起きるのだろうか?」高まる緊張感の中、疑問を抱く安達。

だが目の前に敵軍の戦車が見え、地雷で爆破された瞬間、戦闘が始まるーー

「小隊」は兵士が抱える内面を描いた戦争文学

「小隊」を読んでまず目に入るのは、緻密に描かれた自衛隊とロシア軍の戦場。

戦後から70年以上経過し、自衛隊を題材に扱った文学作品が少ない中、「小隊」では彼らが戦争に直面するまでの緊迫感から戦闘直後の凄惨なリアルまでを描ききっています。

本作は小林源文氏「バトルオーバー北海道」や佐藤大輔氏「皇国の守護者」を想起させるような、リアリティあるミリタリー小説としての面白さと、戦争文学としての奥深さが同居した作品です。

いい加減テレビを見ながらだらだらとベッドで横になりたいし、願わくばプレステでバイオハザードとかをやりたかった。(『文學界』2020年9月号 「小隊」 P65)

主人公の安達3尉は、ロシア軍が北海道に上陸し、今まさに自分がいる防衛線に敵が向かってきていると聞いても、そんなことを考えています。

文中では、上司から命令を受けて部下に指示するという業務を行いつつ、ふとした時に安達個人のプライベートな心情も漏れてきます。軍隊と言えども一人の人間であるということが最もよく現れている描写です。

「だれも本当の戦闘なんてやったことないから」(P70)

安達の部下であり、頼れるベテランの軍曹という立場の小熊が語ったこの言葉が、今の自衛隊の心情を物語っているように感じます。

作者の砂川氏は元自衛隊員。同僚の隊員たちを見てきた彼だからこそなせる心理描写ではないでしょうか。

ドラマティックな展開と卓越したミリタリー描写

第5戦車隊第1中隊の配属を受けた第27戦闘団は、2コ中隊を並列、1コ中隊を重畳に配置して図根点104から図根点114に至る間を戦闘地域として~(P52)

「小隊」にはミリタリー作品好きなら思わずニヤリとしてしまうような描写が多々あります。しかしそれだけに、軍事用語や自衛官に詳しくない読者を遠ざけてしまっている面もあるのですが……

「陣地の最終点検にいくぞ」(中略)何か行動を起こしていないと、自分の思念に押しつぶされそうだった(P71)

戦闘直前になり、敵が来るという実感を持った安達は、緊張でいてもたってもいられず部下の視察に向かいます。実際、戦闘の前にこういった出来事はよくあることのようです。第2次世界大戦で行われた史上最大規模の戦闘であるノルマンディー上陸作戦でも、空挺降下する部隊の兵士に最高司令官の将軍が声を掛けていったというエピソードもあります。

こういったリアリティのあるミリタリー描写の数々が、「小隊」のエンターテインメントとしての魅力を引き出しています。

風呂に入りたかった安達の物語

義務感に縛られ命令に従う安達

殺した相手の顔は忘れられない、というのは嘘ではないか、と安達は踵を返してふと思った。(中略)手ごたえも何もなく、いつもと同じ銃声によってもたらされる耳鳴りと、反動による鈍い痛みだけが手首に残された。(P86)

作中、安達が敵兵とばったり会ってしまい、反射的に敵を撃ち殺してしまうシーンがあります。

チープな戦争映画やエンタメ作品では、「よーし、やっつけるぞ!」「お前は悪者だ!」などという心情とともに戦闘が始まることがとても多いです。

また長年戦争を経験していない日本の作品の中には、ロールプレイングゲームでモンスターを倒すくらいの緊張感で描かれていることさえあります。

しかし初の実戦を迎えた安達の心情は、どこか無味乾燥なまでに機械的です。

誰かいた、自衛隊の制服ではない、ならば敵だ、銃を構えて、敵に向かって撃つーー

そこに人間を殺すということの葛藤や、国を守るという気概が間に入る余地はありません。極限状態まで任務=仕事に集中している安達は、一人の人間としてでなく、軍隊の本質である暴力装置の一部として動いているのです。

自分を支えるのは不撓不屈の精神でも高邁な使命感でも崇高な愛国心でもなく、ただ一個の義務だった。(P85)

安達3尉は一人の敵を撃ち殺しました。しかしそれは、身体に染み付いた「仕事」としての動きです。直前で敵に撃ち殺された部下の兵士を見たのに、それに対する怒りもありません。数時間後たってようやく怒りが湧いてくるような始末です。

風呂に入りたかった安達

「小隊」における文学性として、ロシア軍と戦う設定や戦闘のシーンそのものはありきたりと言えるかもしれません。しかし現代の自衛隊に焦点を当て、実戦の心情を描ききったというのはかつてなく「新しい」と思います。

誰も経験したことのない、実戦を迎えた自衛隊の心情を描いたことが、本作が芥川賞候補となったゆえんかと私は思います。

安達は車から降りるなり、鉄帽を外して投げ出した。(中略)全ての服を取り払った。(中略)右足を川に突っ込む。水に浸っている部分が、くるぶしより先が、自分の身体ではない、別の何かに変わっていく。みんな死んだ。(p107)

物語の最後、これまで命令に忠実だった安達は破壊された町の光景を見て限界を迎え、車の中で暴れだしてしまいます。

その後、安達は川に入って身体を洗ったことで初めて「生き延びたのだ」と確信します。冒頭から不快感を抱いていたものが解消されます。

ここに安達の内面が描かれているように思えます。

「小隊」で主人公の安達を通して描かれたのは、風呂に入るのはもちろん、命という最もプライベートな部分まで侵される恐れのある戦争の姿ではないでしょうか?

そしてもう一歩踏み込むならば、「小隊」は仕事がプライベートを侵して人を殺す可能性を描いた作品なのではないかと私は考えます。

パワハラや残業など、心を病んだりしてしまう方が目に見えるほど増えてきた現代。2020年からは新型コロナウイルスの影響で、ますます景気が低迷しています。

砂川氏は「小隊」のインタビューの中で、次のように述べています。

戦争というと、日本ではどうしても第2次大戦が念頭に置かれる。けれど、『戦争』は8月15日以降もずっと続いていて、いまこの瞬間にも起きている

好書好日

砂川氏が「小隊」で描きたかったのは、今も日本の中に潜む「1億総火の玉」のような、身体を壊してでも仕事に励む日本人の精神の危険性なのではないかのように思えます。

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