おうち時間にスパイスをひと匙。 海外ミステリーおすすめ作品5選

「海外ミステリー?なんだか難しそう……」 なんて思っているだろうか。確かにミステリーだけに限らず、海外小説は登場人物の名前が覚えづらかったりして、読み進めにくい要素もあるのかもしれない。

斯く言う私も、『トワイライト』を読んだでいた時は名前がなかなか覚えられず、幾度となく最初の“おもな登場人物”のページへ戻ったものだ。ヴァンパイアと人間の少女の、目が離せない禁断の恋の行方から目を離しまくりである。

しかし、海外ミステリーは事件のスケールが大きくて、驚くほど邪知深い犯行方法、細かな心理描写で感情移入してしまいそうな動機など……時間を忘れて夢中で物語に入り込めるような作品が沢山ある。

家で過ごす時間が格段に増えた今、“スリル”というスパイスがティースプーンひと匙分くらいは欲しくなったりしないだろうか。

そんな貴方へ、つい夢中になってしまう没入感に満ちた海外ミステリーの世界をお届けしたい。

アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件』

主人公、ロジャー・シェリンガムが会長を務める「犯罪研究会」には、ミステリーや犯罪学にやたら詳しい6人の男女が在籍している。ある日、スコットランド・ヤードの警部によって犯罪研究会にひとつの事件が持ち込まれた。その事件こそがタイトル通り、「毒入りチョコレート事件」である。

凶器はもとより、毒入りのチョコレートだ。物的証拠だって十分に残っている。しかし、どういうわけか警察は事件の容疑者を絞ることができずにお手上げ状態だったのだ。

独自に調査を重ねた会員達は、自信たっぷりに一晩ずつ推理を披露する。この推理合戦を征するのは一体誰だろうか。

1つの事件があり、同じ条件、手がかりを与えられた複数の人物が様々な推理を展開していく。その推論達が順次否定され、最後に真相が残るー 所謂、多重解決ミステリー。『毒入りチョコレート事件』はその金字塔といわれている。

日本ミステリーだと『ディスコ探偵水曜日』や『ミステリー・アリーナ』等が多重解決ものだろう。

個人的にこの手のミステリーはチョコレート(毒がはいっていないもの)と同じくらい大好物である。

この物語は事件に関する内容は最初にほんの少し。残りは犯罪研究会のメンバー達がそれぞれの推理を披露していく6日間が描かれている。

1人目の推理を、2人目が覆す。そして3人目が2人目の推理を……という展開は鮮やかだ。

事件の関係者はたったの3人と非常に少なく、一見すると、私のような頭の働かない人間にも、あの有名な“見た目は子供、頭脳は大人”のメガネの少年の助けを借りなくても解けそうなほど単純である。

しかし6人のメンバー達がああでもない、こうでもないと考案する推理によって、複雑で読みごたえたっぷりの作品となっている。

そしてなにより、性別も年齢も職業も違っているのに楽しそうに推理合戦を繰り広げる彼らが本当に魅力的で、多重解決ミステリーの魅力をぎゅうぎゅうと詰め込んだような作品だ。

読後はチョコレートを食べるときに少しの緊張感が宿るかもしれない。

ギヨーム・ミュッソ『ブルックリンの少女』

南フランスで女性医師の美しい恋人アンナと共に休暇を楽しんでいた人気小説家のラファエル。結婚を約束し、公私共に彼は幸せの頂点にいた。しかし、ちょっとした口論から過去をひた隠しにするアンナへ詰め寄ると、観念した彼女は衝撃的な写真を見せその直後に失踪してしまう。この写真は誰が撮ったのだろう。アンナが隠したかった過去とは一体なんだったのだろう。

やがてラファエルは、ずっと一緒にいたはずのアンナの事を全く知らないということに気づいていく。元警部である友人マルクの力も借りながら、二人三脚でアンナの過去を発掘するための捜査へ繰り出す。

作者のギヨーム・ミュッソはフランス出身で、作品は全てベストセラー入りの人気作家だ。
ご紹介する本作も読者に驚きを与えようとする企みに満ちた作品となっている。

冒頭に主人公・ラファエルと恋人・アンナの口喧嘩が描かれる。隠し事は無くしたい彼と、秘密は必要なものだと主張する彼女。

そして言い争いの果てについ言い過ぎてしまう。弁解したって取り返しがつかない、相手が恋人じゃなくとも、多くの人に経験があるだろう。

この物語はそんな珍しくもない光景から始まるとんでもない事件なのだ。

アンナが恋人である主人公に隠し通そうとした過去、アンナの正体、過去に起きたいくつもの事件、一つひとつの謎は明かされていくのに肝心の全体像はまるで見えない。

1つ明かされては、また新しい謎が生まれる。まるでマトリョーシカのようだ。

しかし、混沌とすることなく一つひとつの謎がすとんすとんと頭に落ちていくのは、きっとベストセラー作家の技、というべきなのだろう。
恋人同士の口喧嘩に、気づけばこんな遠い場所まで連れてこられていた、そんな物語。

鮮やかな伏線回収を味わいたい方に強く薦めたい1冊。

フィン・ベル『死んだレモン』

かつては順風満帆な人生を送っていたが、酒に溺れ、事故を起こし、車椅子生活になったフィン。人生に絶望していた彼は“最果ての密漁小屋”という売り文句に惹かれ、ニュージーランドの最南端にある港町のコテージへ移り住んだ。彼を支えてくれる町の人たちにも少しずつ心を開き始めていたが、住民達となにかと悶着を起こすゾイル家に対してだけは嫌悪感を抱いていた。
そんな矢先、フィンは過去に起きた1人の少女を襲った“ある悲劇”にゾイル一家が深く関わっていたことを知る。彼らの正体と事件への興味で、調査を始めるが何者かに命を狙われ始めるのだった。

冒頭から主人公・フィンの絶体絶命のピンチから始まるこの物語は、人生の再始動を決意した男が殺されかけるスリラーな話である。

ページを捲るや、そんなスリリングな展開が描かれていては、「なぜこんな目に遭っているのだろう……」と関心を持たずにいられない。その関心は読み進めるための最大の牽引力となる。

死を目の前にしているフィンの現在と、そんな窮地に立たされるまでの過去、2つの時間軸が平行して描かれているため、目が離せない。

心理学者である作者のフィン・ベルは、心理描写の描き方も一級品なので、読み手も焦燥感に駆られるに違いない。

そして、『死んだレモン』というこの目を惹くタイトル。“Dead Lemons”には“人生の落伍者”という意味があるそうだ。

作中に「あなたは落伍者かしら、フィン?」というカウンセラーのベティの台詞がある。スリリングなミステリーではあるが、こうした人間同士の会話が、実はこの物語の主部なのだと思う。

次第にフィンはこの事件を解き明かすことが、自分自身の再生へ繋がると考えるようになっていく。

謎解きよりもドラマ性を重視する方にお薦めしたい、夜明け前のような静けさと強さを併せ持った何度も味わいたくなる1冊だ。

R.D ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』

ジャック・フロスト警部が勤務する田舎町のデントンでは、クリスマスなんておかまいなしと言わんばかりに様々な難事件が起きていた。日曜学校からの帰途、神隠しの如く姿を消した8歳の少女の捜索へ駆り出されていたかと思えば、どういうわけだか深夜に銀行の玄関を金梃でこじ開けようとする謎の人物を突き止める羽目に。

ロマンチックなクリスマスは一体どこへいってしまったのか。複数の事件が錯綜する、12月末の灰色に染まった寒いデントンの町をフロスト警部が駆け回る、少しひねくれていて、ウィットに富んだミステリー。

R・D・ウィングフィールド作、“フロスト警部シリーズ”の1作目である。

古今東西を問わず根強い人気を持つ“刑事もの”の中でも、老若男女誰もが気軽に楽しめる作品だ。

主人公のジャック・フロスト警部は、ロンドンから随分と離れた田舎町の警察署で働いている。

田舎といっても風光明媚なわけでもない、中途半端な田舎町である。清潔感とは対極の格好をして煙草を燻らした姿は、まるで刑事コロンボのようだが、残念ながら“うちのカミさん”も居ないし、推理力は皆無に等しい。

そんなフロスト警部が次々巻き起こる中途半端に難事件に首を突っ込んでは、にっちもさっちもいかなくなりながら半ば強引に事件を解決へと導いていく、聖なる夜の群像劇だ。

少女の失踪事件を皮切りに宝石強盗事件、浮浪者凍死事件……と、目まぐるしい展開で、フロスト警部にも読み手にも息をつく暇を与えない。この騒がしさ、慌ただしさにぐいぐい惹きこまれていき、読み進めるうちに手が止まらなくなってしまう事請け合いである。

だらしがなく、口は悪くて少々……いや、かなり下品。婦人警官を部屋に連れ込んでしまうしたたか者。しかし、圧倒的な行動力で事件を解決していく、フロスト警部は愛すべきキャラクターだ。

ユーモアに富んでいて、読んでいるとなんだか楽しい、読み終える頃には何かと自粛せざるをえない日常の中の鬱屈とした気分に少し晴れ間が見えるかもしれない。

曇天が心を覆っている時こそ、フロスト警部と一緒に厄介な難事件に振り回されてみてほしい。

ピエール・ルメトール『その女、アレックス』

突然見知らぬ男性に誘拐されてしまったアレックス。「どうして私なの?」と何度問いかけても「お前が死ぬのを見たいからだ」という答えしか返ってこない。身動きができないほどの小さな檻に幽閉され、衰弱していた彼女だったが、死を目前に脱出に成功する。その一方で、パリ警視庁のカミーユ・ヴェルーヴェン警部は、部下であるルイ、アルマンと共にこの誘拐事件を捜査をしていた。

しかし、事件を追えば追うほど「アレックス」という女性への謎は深まっていくばかり。

この女性は、単なる誘拐事件の被害者? 本当にそれだけなのだろうか。

この物語は、3部構成でアレックス側と捜査するカミーユ警部達の視点が短い章で交互に描かれている。

あまり彼女のことが語られないうちにいきなり誘拐・監禁され、読み手は突然サスペンスフルの渦に投げ入れられる。誘拐犯の正体なんかもあれこれ考えてしまうかもしれない。

しかし、「ははん、さてはこういう展開だろう?」なんて得意気に立てた予想はきっと大きく裏切られるだろう。

終焉に向けて物語は一変、全く異なる方向へと舵を切るからだ。それはまるで得体の知れぬアトラクションのようだ。

だから、このスピード感と風向きに無抵抗で揺さぶられた方が世界観を楽しめる。乗り物酔いしやすい方は少しご注意を。

“大転換”といえるような構成がこの物語の最大の魅力だと思っている。よくある構図に見せかけ、そこに潜む様々な真実を伏せることで驚かせ続けてくれる。

さらに、アレックスの事件を捜査する捜査陣の魅力も語らずにはいられない。身長145センチのカミーユ警部、大富豪でハンサムなルイ刑事、ドケチだけどいざという時は気前の良いアルマン。彼らの個性、ちょっとした冗談の交わし合いは、残忍で陰鬱な空気が漂う世界に灯りを点してくれる。

様々な文学賞で10冠に輝き、ミステリー界を席巻した本書は、やはりミステリーの面白さを再確認させてくれる作品だ。

終わりに

スリリングなもの、少し笑えるユーモアなもの、様々な形の海外ミステリーをご紹介させていただきました。

ここで紹介した作品以外も含めて、“結末の意外性”こそミステリーのとっておきの楽しみです。トリックを見破ることができれば優越感、外れたってそれはそれで楽しい。

もしも、これをおうち時間のお供の1冊が見つかり、読み終え、また新しいスリルを探しているうちにいつのまにか海外のミステリーの虜になっていたならば、幸いです。

記事を共有する