厄介な“大人の初恋”その先は / カツセマサヒコ『明け方の若者たち』

「私と飲んだ方が、楽しいかもよ?笑」LINEのたった16文字から少しずつ始まった恋は、報われることのないものだった。

彼女への想いに雁字搦めにされる主人公「僕」のまさに沼の様な5年間を描いた作品です。

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「初恋」を覚えている人ってほぼいないよね

恐らく大体の人の初恋は幼少期。でもそれが叶った人も今でも同じ相手を好きですって人はほとんどいないのではないか説。

小、中、高‥ステージが上がるにつれて鮮明なものにはなっていくとは思うけれど、片想いの場合は気持ちを伝えられないまま卒業したら当然その恋は終わりを迎えますよね。

両想いは両想いで、「手繋いだ時に手汗すごかったらどうしよう」「スマホ取りたい……手を離したあと繋ぎ直したほうがいいの……?」「お会計割り勘にすべきか」……どうでもいいことを頭の中がグルグル。

財布を握りしめたまま奢って頂いたあかつきには立ち往生で、「あ……ぇ、あ……りがとう(吃り)」

きっとあれこれ思考を巡らせる自分の姿はさぞかし滑稽極まりなかったと思う。しかし、そんな風に人を滑稽にするのが、「恋」なのだとも頭の片隅で思っています(発見)。

どういうわけか感情のコントロールが制御不能。甘やかな地獄という名のシステムエラーだ、これは。

この【明け方の若者たち】の主人公である“僕”は、そこそこ女の子と交際の経験を積み、そこそこの毎日を過ごしている大学四年生。

だったのに、「初恋」を知ってしまう何とも哀れな男の子なのです。

彼が墜ちた沼は難儀

明大前で開かれた内定者飲み会。その名も「勝ち組飲み会」という、個人的には名前だけでも苦手な空間から物語は始まります。

僕の視線は、そこでひとりの女性に向けられていて。

 タイプだった。

だけではなく、虚しい会話ばかりのその場で退屈さを隠さない彼女は僕の中では一際目立っていて惹かれたのです。

さっさと帰ってしまった彼女だったけれどその彼女からの、

 私と飲んだ方が、楽しいかもよ?笑

という16文字で退屈な空間を抜け出すことに成功した僕には、The・幸福、な毎日が待ち受けていた。まさか人生が一変するほどだとはさすがに、知る由もなかったけれど。

東京の景色からの祝福、愛に満たされる

初デートは小さな劇場、渋谷、新宿、東京の八重洲地下街 etc…。色々なところをぶらりと歩く、目映い東京の景色に2人の足跡を残す、そして互いの存在は不可欠で、自分の存在価値を確かめ合うものへ。

私がこの2人とすれ違ったら幸せそうだな、キラキラなリア充だなと奥歯に物が挟まったような顔で羨んでいたと思います(心が狭い)。

でも一見してそんな2人ですが、とある「 条件 」のもとで幸せを育んでいたのです。この繊細な恋愛に自分を重ねてしまう人は多いのではないでしょうか。

本書の「僕」の想いの強さを表す好きな一説があります。

 全てが彼女らしさに溢れていて、僕の理想子女性像のハードルをどんどん高くしていった。オーダメイドかと錯覚するほどの存在が、すぐ横で眠っていた。一緒にいたい。強い願いは、執着に変わりつつあった。

僕を見ていると、ああ、過去にどれだけ経験や年齢を重ねても初めての恋の自覚が全くない心の初恋には戸惑い、執着してしまうものなのだなぁと思いました。

結局、「豊かな恋愛経験」って何を指すのでしょうね、人は1人として同じことはないのだから、クローンに出会って関係をやり直すとか、タイムマシーンで初対面の日まで戻れるとかそんなことが起きない限り、実は経験なんてさほど生かせてなかったりするのかな

そして……、私自身は恋愛経験が全然ない。ので、きっと僕のような痛みを味わった人と大きな差があるのでしょう。痛みを味わうことでしか分からない事があると本書は教えてくれます(そして生まれた焦燥感)。

人生のマジックアワーを終えた十数年後、思い出したりするような自分だけの大切な出来事になったりするのだと思います。

成長の見られない住人達よ

大学を卒業し、面白みのない企業へ就職した僕。息苦しい満員電車、残業、安定してるけれど期待外れで思ってたのとは違う仕事……。The・幸福な恋愛から一転、僕の不条理でこんなはずじゃなかったな人生が始まっていきます。

熱にうなされてたか?と思うようなふわふわとした恋心なんて何処かに置き忘れてきた。彼女と幸せを育くむ僕、何者にもなれず社会人になった僕……。いずれにしろ、物語の住人達が全然成長しないのです(褒めてる)。

毎日小さく絶望して、人生の迷子になってる。でもだからこそ痛い、明大前に行けば会えそうなくらい、そこらへんにいそうな僕。僕の“心の初恋”には確かに“ある条件”が付いていた。

でもそれを飲んでまで「愛しい」だけで進むのはそんなにいけないこと?

まるで、「安定を差し上げます、その代わり毎日嫌いな食べ物だけで過ごしてください」と言われているような毎日は本当に「安定した平凡な生活」?

本書を読み終えてからも、今も、全然答えを出せずにいますがどこかノスタルジックな気持ちになるような読後感がある作品でした。

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