〈ノスタルジアの魔術師〉と呼ばれる恩田陸さんをご存じですか?
映画化やドラマ化、賞を受賞された作品も数多く、一度はその名を聞いたことがあるのではないでしょうか!
〈青春〉〈ミステリー〉〈ホラー〉〈SF〉など幅広いジャンルの作品を発表し続けている恩田陸さん。どのジャンルでも共通しているのが、緻密な心理描写と風景描写です。登場人物たちの心情が手に取るように感じられ、いつの間にか作品の世界に飲み込まれてしまいます。
今回は、膨大な恩田作品から選びに選んだオススメ5冊をご紹介させていただきます!
『夜のピクニック』
まずは、『夜のピクニック』です。こちらの作品は、2005年の「本屋大賞」で大賞をとりました。甘酸っぱくて爽やかで、それでいて歪で、どこか恥ずかしくて、未完成な青春。誰にでもあったけれど、もう2度と過ごすことのできない学生時代を、優しくすくい上げてくれるような作品です。
高校生活最後のイベント「歩行祭」。全校生徒が夜の20時から、翌朝の8時まで80キロ歩き通す伝統行事。貴子は、高校生活の3年間、親友にも隠していた秘密がありました。貴子は、密かにある賭けを心に決めて歩きます。思春期の高校生たちの、それぞれの想いが織りなす青春物語です。
高校生がただ、ひたすらに歩くだけ。ラブコメでもなければミステリーでもないので、事件という事件は何も起きません。何も起きないけれど、「歩行祭」という夜の闇の中で、登場人物たちは心を通わせ、少しずつ少しずつ変化し、成長していきます。
残りのページが少なくなればなるほど、ページをめくりたくない、ずっと「歩行祭」が続けばいいのに……と願ってしまいます。
不思議なことに、自分の学生時代の忘れていた記憶たちが、物語を読んでいる間、ふつふつと思い出されます。
ちなみに、作中の「歩行祭」は作者の母校で実際に行われていた行事。私の中学時代の英語の教師が卒業生で、この作品と「歩行祭」の話をしてくれました。私が恩田作品に出会えたのは、その先生のおかげでもあります。
『ネバーランド』
寒い冬(特に年末年始)に読みたくなるのが、『ネバーランド』です。冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ時に、心がキュッとなるような感覚のような作品です。
地方の伝統ある男子校で寮生活をする少年たち。冬休みに多くの学生が帰省する中、事情を抱えた4人の少年が寮に居残りすることに。古くてどこか不気味な寮「松籟館」で起こる事件、深まる謎、それぞれが抱える誰にも言えなかった秘密、背負っている闇。孤独で不安定で、まだ青い少年たちが過ごす、かけがえのない7日間の物語です。
この作品の鍵になるのが「告白ゲーム」です。このゲームを始めなければ、物語は始まらなかったでしょう……「告白ゲーム」は、負けた人が秘密を「告白」するというもの。人は皆、他人には言えない秘密があります。しかし、この4人が抱える秘密や心の傷は、想像よりも重くて深い。不条理な現実や悲しすぎる過去に向き合い、懸命にもがく4人が愛おしくて堪らない。
最初は上辺だけだった4人が、「告白ゲーム」や一緒に過ごす時間を通して、欠けた部分を補い、バランスの取れた関係へと変化していきます。心の奥底で絆が生まれた4人なら、きっとこの先どんなことがあっても大丈夫だと、そう思わせてくれます。
この物語を読むと、4人と一緒に冬を過ごしているかのような、秘密を共有しているかのような気持ちになります。オススメは、7日間に分けて本を読み進めていくこと。
また、4人の食事シーンが個人的には大好きです。
物語を読み終えた時、「ネバーランド」という題名の意味が改めて分かった気がします。
『蜜蜂と遠雷』
音が聴こえてくる本に、初めて出会ったのがこちらの『蜂蜜と遠雷』です。2017年に直木賞と本屋大賞をW受賞し、映画化もされた青春長編小説。恩田作品の中で最高傑作とも言われています。
音楽界の巨匠ホフマンに見出された風間塵。13歳の時に母親を亡くして以来、長らくピアノを弾けずにいた元天才少女の栄伝亜夜。妻子持ちで楽器店勤務のサラリーマン高島明石。高身長の貴公子として「ジュリアードの王子様」と呼ばれるマサル。4人の若者が、ピアノコンクールを通して成長していく物語。
クラシックに無縁の私でも、読み進める手を止めることができないほどに引き込まれました。
一番の魅力は、圧倒的な表現力。演奏を表現する言葉がどれもキラキラ輝いていて、まるで全身に音楽を浴びているような感覚になります。言葉一つひとつが、音符に見えて、本が楽譜のようにすら思える不思議な体験でした。
また、天才と言われる登場人物たちの過去、努力や苦悩、それぞれの音楽への向き合い方の違いや高め合う関係性も魅力でした。
実際に作中の音楽を聴きながら読むと、より深く作品に浸れるのでこちらもオススメです。
構想に12年、取材11年、執筆7年の月日をかけ、“読む音楽”を作った恩田さんも間違いなく“天才”でしょう。
『私の家では何も起こらない』
アップルパイを少しずつ食べながら、ゆっくりじっくり読みたいのは、『私の家では何も起こらない』です。
題名で『何も起こらない』といっている作品ですが、騙されてはいけません!!いろんなことが起きまくります。
〈ホラー〉〈ミステリー〉〈ファンタジー〉が掛け合わさっているこちらの短編集。少々グロテスクな描写や、救いようの無い話もあるのですが、怖すぎず、恐ろしいのに、どこか美しさを感じます。舞台は、小さな丘の上にある幽霊屋敷。幽霊屋敷に住む人、そして住んできた人の記憶が家に刻み込まれています。一つひとつの物語が繋がっていて、懐かしいような、泣きたくなるような、遠い国の絵本を読んでいるような気持ちになります。
- 「私の家では何も起こらない」この家でひっそりと暮らす小説家の話
- 「私は嵐の音に耳を澄ます」ある理由から瓶に詰められた子どもの話
- 「我々は失敗しつつある」4人の男女が幽霊屋敷に忍びこむ話
- 「あたしたちは互いの影を踏む」アップルパイを焼くキッチンで起こった姉妹のある事件の話
- 「僕の可愛いお気に入り」秘密を抱える美少年の話
- 「奴らは夜に這ってくる」夜中に外を這う奴らの話
- 「素敵なあなた」幽霊屋敷を建てた家族の話
- 「俺と彼らと彼女たち」大工の親子が幽霊屋敷を修理する話
- 「私の家へようこそ」友人を屋敷に招待する話
- 「随記・われらの時代」これまでの短編を書いた人物についての話
家という本来安心安全であるべき場所も、私たちが知らないだけで数々の事件が起こったのかもしれない……家自体に刻まれた様々な記憶があるのかもしれない……そもそも幽霊とは何か……淡々と進む話とは裏腹に、考えれば考えるほど、余韻はずるずると後を引く。「どうか私の家では何も起こらないでくれ」と願わずにはいられないです。
『図書室の海』
題名だけで、ワクワクするようなこちらの作品は、10編の短編集になります。
- 「春よ、こい」春に2人の少女が何度もループする話
- 「茶色の小壜」会社の謎めいた後輩の秘密に迫る話
- 「イサオ・オサリヴァンを探して」優秀な戦士イサオの生前を追う彼の娘の話
- 「睡蓮」祖母と洋館で暮らしていた幼少期の頃の話
- 「ある映画の記憶」映画から死の真相に辿りつく青年の話
- 「ピクニックの準備」前述した『夜のピクニック』のプロローグのような話
- 「国境の南」ある喫茶店のウエイトレスの話
- 「オデュッセイア」移動する街“ココロコ”の話
- 「図書室の海」恩田さんのデビュー作『六番目の小夜子』のスピンオフのような話
- 「ノスタルジア」懐かしい記憶を告白する集会の話
〈ホラー〉と〈SF〉が多めで、何度読んでも、読んだ時の不思議さ不気味さ恐ろしさは色褪せません。 人によって、解釈やお気に入りの作品が全く異なるというのも、この短編集の楽しみ方の一つです。
まとめ
以上、5冊を紹介しました。
他にもまだまだ紹介しきれていない作品が沢山あります。少しでも気になる恩田作品がありましたら、ぜひ手に取ってみてください。
きっとあなたも、ノスタルジアの世界に引き込まれることでしょう……。