乙一さんの作品を読んだことはありますか?そもそも「乙一」は何と読むかご存じでしょうか。「おつはじめ」?「おつー」初見だと読めない方も多いのではないでしょうか……。
「乙一」と書いて「おついち」と読みます。
1度聞いたら忘れられないような名前のこちらの作家さん。ほろりと涙がこぼれる切なくて心温まる作品から、夜に眠れなくなってしまうようなダークでホラーな作品まで、実に幅広い作風が魅力です。本当に同一人物かと疑ってしまうほど、コロコロと作風が変わるため、作品の内容によって「白乙一」「黒乙一」と呼び分けられることもあります。
今回は、乙一さんの大ファンである私が、まだ読んだことのない方へ向けて選びに選んだオススメ5冊をご紹介させていただきます!
『暗いところで待ち合わせ』
まずは、『暗いところで待ち合わせ』です。こちらは乙一さんの作品の中でも比較的読みやすいのではないでしょうか。表紙やあらすじからは想像できないほど、人間の温かい部分にそっと触れるような作品です。
交通事故で視力を失ってから世間との繋がりを避け独り静かに暮らすミチルと、人間関係に悩み孤立したアキヒロ。殺人容疑をかけられたアキヒロが、ミチルの家に忍び込んで身を隠すという話となっています。
独りで生きることを願う不器用な2人の奇妙な同居生活。張り詰めた緊張感に、読んでいるこちら側も息をひそめてしまいます。無音の世界で徐々に動いていく2人の心。友情や恋愛なんて言葉では片付けられない2人の関係性。孤独が少しずつ、少しずつ、溶けていきます。
最後のページを閉じた時、きっと誰かと向かい合ってシチューを食べたくなる……人は一人では生きていけない……そんな当たり前のことに改めて気づかされます。生きづらさを抱えている人や、夜になると意味もなく涙があふれてしまう人にぜひ読んでほしいです。
『夏と花火と私の死体』
毎年夏になると読みたくなるのが、『夏と花火と私の死体』です。あえて冷房はつけないで読むのが丁度良いくらいゾワゾワします。乙一さんが16歳の時に書いたデビュー作なのですが、16歳でこれを書けるなんて……自分が16歳だった頃を思い返すと情けなくなります。
9歳の夏休み、弥生は同級生の友人・五月をひょんなことから殺してしまいます。事情を知った弥生の兄・健と協力しながら、死体を隠すために奮闘する長いようで短い4日間の物語です。
なんとこの物語、殺された死体目線で話が進んでいくんです。感情の込められていない淡々とした語り口が、死体であるということを感じさせます。斬新な切り口と、誰一人真っ当ではない登場人物に、まるで〈自分がおかしいのでは……〉と思ってしまうでしょう。
蒸し暑い夏の日のお供にいかがでしょうか。
『銃とチョコレート』
バレンタインの時期に、チョコレートを口の中でほろほろ溶かしながら読みたくなるのが『銃とチョコレート』です。
大富豪の家から財宝が盗まれる事件が多発! 現場には「ゴディバ」と書かれたカードが! 難事件の解決に、国民的ヒーローの探偵ロイズが乗り出します。そんなロイズに憧れる少年のリンツは、大悪党ゴディバの財宝のありかが描かれた地図を偶然見つけてしまい……。探偵ロイズと共に行動を共にしていくのですが、最後には思いもよらぬ結末が!ミステリーであり、冒険物でもあり、ファンタジーの要素もある物語です。
こちらは児童書なので、ひらがなが多めです。しかし、乙一さんらしいダークな部分もありつつ、登場人物がチョコレートブランドになっているチャーミングさもあり、大人が読んでも十分楽しめる作品となっています。将来、自分に子どもができたら読んでほしい…そんなことを思ったりしています。
『箱庭図書館』
読書が好きな友達の誕生日に、私はよく『箱庭図書館』をプレゼントします。実はこの短編集は、読者から集まったボツ作品を乙一さんがリメイクしたものです。ホラーやファンタジーなど特色の異なる6編ですが、全て〈文善寺町〉という町が舞台になっており、かすかに登場人物やセリフがリンクしています。
▼収録作品の概要
- 「小説家のつくり方」……少年が小説家になった理由の話
- 「コンビニ日和!」……大学生2人とコンビニ強盗との奇妙な共同作業の話
- 「青春絶縁体」……2人だけの文芸部員の青くてイタい青春の話
- 「ワンダーランド」……たまたま拾った鍵に合う鍵穴をさがす冒険の話
- 「王国の旗」……子どもたちだけの王国に迷い込んだ大人でも子どもでもない少女の話
- 「ホワイト・ステップ」……雪の上に残る靴跡からはじまる不思議な平行世界の話
読み進めるたびに一つひとつの物語が繋がり、紡ぎだされる感じがなんとも愛しくて切なくて尊いです。私たちが普段過ごしている街でも、きっといろいろな物語が紡がれているはず。どんな人でもお気に入りの1編を見つけられるのではないでしょうか。
『ZOO1』
最後は、私が乙一さんにハマったきっかけの『ZOO1』という短編集です。5つの短編からなるこの本は、ダークでグロテスクな「黒乙一」作品が多く収録されています。
中学2年生の時に、色白で眼鏡をかけた担任の先生に貸してもらい、当時の私は衝撃を受けました。卓球部の顧問で理科担当の静かな先生がこんな本を読んでいるのか……と、良い意味で、先生を見る目が少し変わりました。
特にお気に入りの作品は「カザリとヨーコ」です。
中学生のカザリ(妹)とヨーコ(姉)は1卵生双生児の双子であるにも関わらず、母親はカザリだけを愛し、ヨーコにひどい虐待をしていました。学校でも、人気者のヨーコに対し、ヨーコはいじめを受ける日々。そんなヨーコは、学校帰りの迷い犬を見つけたことで、飼い主の高齢女性。スズキさんと仲良くなります。スズキさんはヨーコを孫のように可愛がり、ご飯を食べさせてくれたり、本を貸してくれたりします。しかし、借りている本が母親に見つかったことで事態は大きく動き出し……孤独に負けずにどんな状況でも生き抜くヨーコの物語です。
正直なところ、母親の虐待描写や、妹カザリの態度などは、眉間にしわを寄せながら読み進めました。しかし、主人公・ヨーコのどこか抜けていて、それでいて冷静で、前向きな性格に救われました。私は、このヨーコのことがとても好きなんだと思います。読む人によって感想は様々だと思いますし、私も大人になってから読んでまた違った感想を持ちました。
まとめ
5冊紹介しましたが、他にもまだまだ面白い作品が沢山あり、紹介しきれていません。少しでも乙一ワールドに興味を持っていただけたら幸いです。
そして、ファンの間では公然の秘密になりますが、乙一さんは「中田永一」「山白朝子」など複数のペンネームでも活動されています。作風は少々異なるのですが、これまた素敵な作品ばかりなので、そちらもよかったらお読みください。