天才詩人ランボーの最大の謎に迫る / 奥本大三郎『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』

フランスの天才詩人、アルチュール・ランボー(1854-91年)。

日本においても、彼の詩はいまなお読まれ続けている(最近、岩波文庫からフランス詩人選シリーズが刊行されはじめたけれども、その第1弾はランボーである)。

詩それ自体もさることながら、彼の逸話に富んだ生涯も人を惹きつけてやまない。早熟の天才・ランボーが詩を書いたのは15歳から20歳までのわずか5年間であり、19世紀パリの詩壇に突如として現れたかと思うと、なぜか絶頂期に突然、詩を放棄した。その後の人生も波乱に富んだものであり、武器商人となって北アフリカなどを放浪したあげく、37歳で早逝した。

彼が詩を放棄したことは大きな謎となっているが、本書はタイトル通り、この謎に真っ向から挑んだものである。

さらに本書はランボーの入門書としても読むことができる。本書の内容の半分は伝記であり、残り半分は詩の解釈に当てられているからだ。ランボーの詩といえば非常に難解なことで知られるが、本書は非常にわかりやすく、新書なのでボリューム的にも読み通しやすい。

ランボーの詩が好きな方はもちろん、これからはじめて読んでみようという方、あるいは昔読んだものの挫折してしまった方にもオススメだ。

ランボーの企て

本書は2部構成となっており、第1部は主に伝記的な内容である(開巻劈頭、ランボーの生涯が概観された後、ランボー研究史、日本におけるランボーの受容のあり方、有名な小林秀雄や中原中也による訳詩などについて語られるが、この最初の数十ページは本書の主題とは直接には関係しないので、興味のない方は読み飛ばしても問題ないと思う)。

本書では、15歳から数年間のランボーの生活がつまびらかに語られる。フランスの片田舎での息の詰まるような生活。厳格な教育ママである母親との確執。その後の放蕩生活とは対照的な学校での秀才ぶり。恩師との出会い。4度にわたる出奔。あるときには傲慢で厚かましい、またあるときには猫をかぶったような手紙の数々。詩人ヴェルレーヌからのパリへの招待。そしてパリからの追放などなど。

ひとつ残念なのは、本書では1872年頃までの出来事しか扱われていないことである。つまりヴェルレーヌとの放浪生活などについてはほとんど触れられていない。詩を棄てた後の晩年の生活までとはいかなくても、できればもう少しランボーの足跡を著者の文章で辿ってみたかったものである。

とはいえ、わずか数年のあいだにもかかわらず、ランボーの生涯は話題に事欠かない。それが著者のユニークな語り口を通して語られるので、なおのこと面白い。

第1部の伝記の合間には、ランボーの初期の韻文詩が挿入されており、それを著者の新訳で堪能することができる。ランボーといえば『地獄の一季節』や『イリュミナシオン』など難解な詩のイメージが強いが、初期の詩は親しみやすく、そのギャップに驚かされる。また詩の背景についての解説も行き届いている。

韻文詩といえば、ランボーの初期の代表作といえる「忘我の船」(この詩の表題は、これまで「酔ひどれ船」や「酔っ払った船」などと訳されてきた)の解説に、第1部第5章がまるまる当てられており、本書のセールスポイントの1つになっている。もちろん著者による新訳である。

さて、ランボーの詩を理解する上で、さらには彼が詩を放棄した理由を考える上で、とりわけ重要になってくるのが、「見者の修行」ないし「見者の理論」について語った「見者の手紙」と呼ばれるランボーの書簡だ。

この手紙には詩人ランボーの思想が余すことなく開陳されており、著者はこの思想を、ランボーにとって真の詩人であったボードレールから着想を得たものであろうと見ている。

さらに著者は、この手紙からランボーの詩の方法論の具体的なイメージがつかめると考える。その方法とは、端的にいって麻薬(ハシーシュ)を用いるというものである。これについて、著者は次のような反論を想定している。

こう述べてくると、ランボーが、詩を書くのに麻薬に頼ったとのみ解し、この詩集を、麻薬依存患者の妄言か何かのように筆者が言っている、と誤解する人がいるであろう。

奥本大三郎 (2021) 『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』 集英社インターナショナル p.174

しかし、そんな単純な話ではないと著者は言う。

ランボーは、ハシーシュの与えるイマージュを、ただ見たまま描いているのではなく、そこから天啓を得て、それを基に詩作しているのである。そしてそのために、少年時代以来鍛えられた言語の力を存分に駆使している。言うまでもなく、ハシーシュを飲めば誰でも天才になるわけではない。

奥本大三郎 (2021) 『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』 集英社インターナショナル p.214

『地獄の一季節』『イリュミナシオン』の読解

第2部では、いよいよ本書の主題が扱われる。とりわけ重要なのが第2章で、この章の最後ではついにランボー最大の謎が明らかにされる。

さらに第2章は、ランボーの有名な散文詩集『地獄の一季節』と『イリュミナシオン』の読解の手引きとしても有用であると私は感じた。冒頭で、本書はランボーの入門書として読むこともできると書いた所以である。本書の結論を見る前に、まずはそのことについて触れておきたい。

ランボーを読んでみようと思った方の多くは、最初に『地獄の一季節』と『イリュミナシオン』に触れることになるだろう。しかし、この2つの散文詩はとにかく難解だ。何が書かれているのかさっぱり分からない。けれども、とにかく凄い、ということだけは感じられて圧倒される。

さて、先ほど「見者の手紙」の内容から麻薬(ハシーシュ)を用いるという方法論が浮かび上がってくることについては述べた。そこで著者は最初に、『イリュミナシオン』の全詩篇が、麻薬を苦行の手法とする「見者」の生活から生まれたものだろうという考えのもと、「陶酔の朝」と「精霊」の2篇の詩をつぶさに検討し、それがいかに麻薬(ハシーシュ)の体験と関係しているかを明らかにする。

そもそも『イリュミナシオン』という詩集の題名からして、「見者」の手法、つまり麻薬という手法を前提にして、はじめて理解することができると著者は言う。

つまり、麻薬の「透明な厚みを通して見られた」、照らされ(illuminer され)、輝きに満ちた情景が、ここでは「イリュミナシオン illumination」と呼ばれているのであって、ランボーは、ボードレールの方法を忠実に実行した時代の自分の詩集の表題を「イリュミナシオン」と名付けたのである。

奥本大三郎 (2021) 『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』 集英社インターナショナル p.174

ところが、ランボーに様々な夢を与えた麻薬はその後、彼に幻滅を覚えさせる。この方法は、彼に「真理」も「本質的な欲望と満足の時」ももたらさなかった。麻薬によって到達できたと思えた「天国」は、実は「地獄」であることに気づいたのだ。

「地獄」とは、「人工の天国」を目指したランボーの堕ちたところであった。日常の世界に苛立ち、その不透明性の地獄から外に出たいと望んだ、”悪い血筋”の見者は、麻薬の深淵の中に、更に深い暗黒の地獄を見ざるを得なかったのである。

奥本大三郎 (2021) 『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』 集英社インターナショナル p.236

初めて『地獄の一季節』を読んだ方は、そもそも「地獄」とは何を意味しているのだろうと疑問に思われるかもしれないが、それは麻薬によって到達した地獄なのである。もっとも、このように作者の伝記的事実に還元する読み方だけが全てではなかろう。とはいえ、このように考えることは作品をより深く理解する助けになるはずである。

『地獄の一季節』は、次のような一文からはじまる。

おれの記憶に間違いがなければ、おれの生活は饗宴だった。あらゆる人の心が開かれ、あらゆる酒が溢れ流れていたものだ。

奥本大三郎 (2021) 『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』 集英社インターナショナル p.207

この「饗宴」も、かつて麻薬によって垣間見ることのできた楽園を指しているのである。

それでは最後に、本書の結論である第2章の終盤の議論を見ていこう。そこで著者は、ランボーはなぜ詩を棄てたのかという問いに対して、きちんと明確な回答を与えている。

ところでこの第2章は、見出しと内容が一致していなかったり、議論の順序が明らかにおかしかったりするなど、いささか錯綜している感が否めない。せっかく内容は面白いのに、これが玉に瑕である。

さて、麻薬はランボーを地獄へといざなったのであったが、こうして彼はこの方法にはっきりと見切りをつけることになる。それでは一体なぜ麻薬はランボーに幻滅をもたらしたのだろうか。そこにおいてこそランボーが詩を放擲した理由を見出せるはずである。著者は『イリュミナシオン』の中の「寓話」という詩の一見不可解な最終行に、その答えがあると考える。

ランボーはここで、「おれたちには、難しい音楽、階級的な、クラシック音楽なんか、根っからいいと思えない」と言っているのである。「欲望には欠けている」という、実に徹底的な言い方である。

奥本大三郎 (2021) 『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』 集英社インターナショナル p.248

「おれたち」とは、「一人の農民、一個の民衆としての自己認識に基づいている」(本書p.248)と著者は言う。ボードレールは、音楽と麻薬の結びつきについて様々な「約束」をしたが、それを正直に信じた田舎少年ランボーは、いくらハシーシュを試したところで、聞こえてきたのは「耳を聾するファンファーレ」「奇怪なメロディー」「ますます激しさを加える音楽」でしかなかった。

“あまりに芸術的な環境に生きた”ボードレールのようなわけにはいかなかったのだ。ここにはパリとの地域格差などではなく、階級(クラス)という壁が立ちふさがっていたのである。

奥本大三郎 (2021) 『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』 集英社インターナショナル p.249

音楽こそがボードレールを越えるための鍵であることは、ランボーも意識していたらしい。それゆえ熱心に勉強したようだが、結局、ボードレールの「約束」は果たされることがなかった。

音楽が躓きの石であったのだ。

奥本大三郎 (2021) 『ランボーはなぜ詩を棄てたのか』 集英社インターナショナル p.251

これが著者の結論だ。この時、ランボーはまだ20歳である。詩を棄てた後も、彼の人生は37歳まで続いた。しかし、詩人としての生涯はこれにておしまいである。