床抜けが怖くて書庫付きの注文住宅を建てました

書庫のある家に憧れていた。

子供の頃から本が好きだった私は大人になったら本に囲まれて暮らそうと思っていた。「無人島に何か一つ持っていけるとしたらどうする?」という他愛もない質問にも「本がいっぱいつまった本棚!」と答えそのたびズルいと言われて生きてきた。本があれば無人島でも楽しく暮らせると思っていた。今もその考えには変わりはないが。

あふれる本棚

ある程度大人になった私は、たしかに子供の頃に思ったように本に囲まれて暮らすようになっていたが、何かが違う。どうも雑然としていて美しくないのだ。蔵書量はこの時点で数千冊程度だったと思うがそれなりに生活空間を圧迫する量にはなっていた。

通販で安く購入したスライド式の本棚とベッド下の引き出し収納、その他もろもろで騙し騙し本を収納していたがそろそろ限界だ。収納しきれない本が床に積み重なってきている。本を詰めていると安物の本棚も重さで棚板がひしゃげてきている。

仕事だの男だのの都合でとっくの昔に実家は出ている。その時、私は3DKの賃貸に住んで数年目だったのだが途中、浴室の換気扇が壊れてしまい部屋の湿気がひどかった。本がカビるのだ。これにはうんざりした。まあ管理会社に連絡して換気扇を直してもらえばいい話なのだが変なところで社会性のない私はついついそれを後回しにしていた。

そしてある日閃いたのだ。

そうだ!こんなカビ臭い部屋とはおさらばして

書庫のある家で暮らそう!

3つの選択肢

昔から考えなしだが行動は早い。

書庫がある家に住むためにはどんな選択があるだろう。

ざっくりと3つの案を考えた。

  1. 別な賃貸に引っ越し一室に本棚を入れて書庫として使う。
  2. 建売住宅、あるいはマンションを購入して一部屋に本棚を入れ書庫として使う。
  3. 注文住宅で書庫を一から作る。

 

それまでに引越しは4,5回は経験していたのでその面倒臭さは嫌というほど知っていた。とくに本の梱包は段ボールサイズをちょっと間違えると持ち上がらない程の重さになるし、越した先で本棚に差し直すのはひたすら面倒な作業だし、いいことなんて一つもない。出来ることなら最後の引越しにしたい。

というわけで1は却下だ。賃貸はまた気が変わっていつ引っ越すことになるかわからない。ましてや賃貸の部屋に合わせて本棚を購入しても次の引越し先でサイズが合わなくて本棚ごと無駄になるかもしれない。

2か3か。

とりあえずパソコンで住宅情報を調べる。

建売住宅の間取りを見ると手が届く範囲の物件はだいたいが一階にLDKと5畳程度の和室、二階に2部屋、ないしは3部屋、というパターンが多いようだ。

部屋数としては十分だ。

しかしこの間取りで書庫を作るとしたらどこに?

本は重い。

書庫は一階に作りたい。床が抜けるのが怖いからだ。

賃貸でもあえて一階を選んで住んでいた。

二階に住んだこともあるのだが、いつからか歩くとギイギイと嫌な音がするようになり引越しの際にベッドと本をどかしたらそこだけ床が歪んでいた。危なかった。あのまま住み続けていたらある晩私はベッドごと一階に落ちていたかもしれない。

床が抜けるのは嫌だ。

建売住宅の一室に書庫を作るとなると5畳の和室が順当そうだが本は増殖する。いつか結局そこに収まりきらなかった本がLDKや二階の部屋に点在することになる。二階に本を置き始めたら結局今までと何も変わらない。二階の床がいつ落ちてくるか怯える日々だ。

床を補強するにしても、一階はともかく二階の床補強はやたらと面倒なことになるらしく引き受けてくれない工務店も多いという。たいして気に入ってもいない間取りの家を高い金を払って買って、そのうえ床補強でお金をかけるなんて馬鹿らしいと思ってしまった。

マンションも検討したがやはり条件に合うところを探すのは難しそうで、好みの間取りになるようにリノベーション等をしたとしてもお金がそれなりにかかってしまう。ずっと続くマンションの管理費にも少し抵抗があった。今は良くても根なし草のような生活の私ではいつその毎月の数万円が払えなくなるかがわからない。戸建てならば管理費は発生せず、あばら家になったとしても自分が我慢さえすればお金が発生せず住み続けることが出来るのではなかろうか。

あばら家で本に埋もれて暮らす老女……近所の小学生の肝試しスポットにもなりそうでなかなか悪くない。

もういい、決めた。家を買うなんて人生でそうそうない。

思い切って注文住宅にしよう。

家を建てよう!

そこからわりと根気のいる土地探しとハウスメーカー探しが始まるのだが、ここではそれは割愛する。とにかくそれなりの大きさの土地を購入し、まあまあお手頃な坪単価だけど基礎がしっかりしていて自由度が高いハウスメーカーさんで書庫、もとい家を建てることに決めた。

ハウスメーカー選びにだけ少し触れておくと、住宅展示場に幸せ家族でもない風情の女が乗り込み「広い書庫がある家を建てたい。あとは特に希望はない」と悪い夢みたいなことを突然言い出しても怪訝な顔をしなかったところに決めた。

ハウスメーカーでの基本的な担当はOさんという、私より若く、おしゃれで、元気のある青年がなってくれた。若いぶん実績は少ないようだったが、今まで携わった家を見せてもらったら一室に数種類の床材を使っていたり、キッチンのシンクやカップボードの色をあえて統一せずピンクや水色を使ったカラフルなものになっていたり、掃除はどうやってするのだろうと不思議に思うほどの一面ガラス張りの家など、面白いものが多かった。「書庫がメインの家が建てたい」と言った時もなんの戸惑いも躊躇もなく「わかりました」と答えてくれた。彼が基本的な家の設計も考えることになるのだ。

と言ってもこちらとしてはそれほどの凝った要望はない。本を収納するための家だ。書庫ファーストで書庫が一階にあるのは決定で、あとは深く考えていなかった。居住空間はどうしよう。一階を書庫と浴室トイレなどにして二階にリビングと寝室を持ってくるのが妥当なのかもしれないが一応、終の棲家としても考えている。老人になったとき階段の上り下りが辛くなるのではないだろうか。
じゃあ一階に全部納めればいいか。書庫もリビングも寝室も風呂もトイレも全部一階だ。最終的に平屋建てにLDK、寝室、書斎、書庫が収まった3LDKの間取りに決まった。

建蔽率の問題で土地に対して建てられる面積は決まってくる。寝室は6畳、書斎4畳、書庫9畳だ。リビングダイニングキッチンこそ仕切りなしの一室にしたので20畳程度になっているもののLDKの3で割ればそれぞれ7畳程。これで家の中で一番大きい部屋が書庫ということになった。狂気の沙汰だ。

さて狂気の、じゃなかった、夢の書庫である。書庫完成までの流れとしては私が希望を伝えてOさんが図面を作ってくる。それを見てここはこうしたいああしたい、と私が再度希望を伝えて図面に反映させてもらう、ということを繰り返しお互い納得したものを作っていく。

まず基本的に床は抜けないようにしてもらった。たしかグランドピアノを部屋一面に置いても大丈夫、と言っていたのでそれで良いだろう。床問題は難なくクリアだ。

「書庫には壁面全部に本棚を置くので窓は要りません」

私の要望はごくシンプルだった。書庫として窓のないただの四角い部屋が欲しいのだ。

「わかりました」

Oさんが最初に作ってきた図面。書庫にこじゃれた細長い窓が配置してある。

「本棚と本棚の間に飾り窓を配置しました。」

そうだった、Oさんは見た目を大事にする男なのだ。何もないただの四角い部屋など面白くないのだろう。

こんな簡単な希望が伝わらないとは。まあ冷静に考えると9畳の部屋(正確には窓のない部屋は納戸扱いになるらしい)に「窓をつけないで」と
希望を出す施主もそうそういないだろう。何の部屋だというのだ。座敷牢か。

「窓はいりません、窓はなしでお願いします。」

こんなやりとりを何度かした。縦長の窓も天井近くの高窓も足元の地窓もいらないのだ。日光は本の敵だ。

やがて書庫図面から窓は消えたが、今度は謎の空間が加えられていた。

「これは?」

「作り付けのカウンターです。ここにデザイナーズチェアを置いて書庫内で読書を楽しめるようにしましょう。」

「おしゃれー!でも不要です!!」

そんなことを繰り返し、やっと窓も何もない9畳のただ四角いだけの書庫図面が完成した。

あんまりに駄目出しを続けたので申し訳なくなった、というわけでもないのだが、照明だけはおしゃれなOさんの提案を素直に採用した。私は出入口でパチンとすれば全室照らせるような小学校の教室の蛍光灯みたいなものでも充分だったのだが、Oさんの提案で天井にダウンライトと長方形型の照明をバランスよく埋め込み、人感センサー対応で人が動いたらそこだけが点灯する、というものになった。結果としてちょっとSFチックで私はこの照明が気に入っている。さすがおしゃれなOさんである。ちなみにダークブラウンの本棚を入れる予定だったので少しでも明るくなるよう床材は白色のものを選んだ。

本棚選びも大切

さて箱が決まったら次に考えるのは中に置く本棚である。書庫であるからには本棚を入れなければ始まらない。プランとしては出入口を除いた壁面全てに配置し、真ん中の余ったスペースに両面本棚を三列、天井まで入れる予定だ。通路は60cm~70cm確保出来ればいいだろう。もし私が将来、度を越した肥満体になったとしたら棚と棚の間に挟まって動けなくなるかもしれない幅だ。恐ろしい。

当初、全て作り付けで本棚も作ってもらおうと計画していたのだが、見積を出してもらったところ壁面本棚だけの試算段階で既に二百万円を超えたので予算的に断念せざるを得なかった。ひょっとしたら個人の工務店等ではもっと安く出来るのかもしれないがハウスメーカーの場合、棚などは既存の規格があってそこから選択する形になるので仕方がない。本棚は全てこちらで用意することとなった。

本棚を色々検討した結果、某通販会社のセミオーダー式の木製本棚がよかろうということになった。スチール棚も比較的安価ということもあり少し考えたのだが雰囲気が出ないのでやめた。夢の書庫のためだ、変なところで妥協してはいけない。

選んだ本棚は部屋のサイズに合わせて幅高さともcm単位でオーダー出来るので無駄なスペースが発生することがない。もちろん突っ張り式で地震対策も問題はなし。配達も組み立ても設置もサービスに全て含まれていたのもありがたかった。

棚板、側板とも厚みが3cmあるので本をぎっちり詰め込んだとしても撓むようなことはなさそうだ。棚板も稼働できるところは1cm間隔なので文庫、新書、単行本とサイズに合わせて変えられるのも良い。奥行きは22cm程でちょうど文庫本が前後で並べられる。この前後に文庫本を並べるという行為、本来なら避けたいところなのだけど収納力アップのためには致し方ない。幸い今の蔵書量だとまだ余裕はありそうなのでまだ重ねて収納しなくても済みそうだ。

はっきりとした金額は忘れてしまったのだが、設置した本棚を全部合わせても百万円ちょっとで収まったように記憶している。
これで書庫全体で少なくとも一万冊は収納できるはずだ。これからの人生でどれだけ本が増えるのか、あるいはある程度で本に飽きて集めることをやめるのかは不明だが当面のところはこれで何とかなってくれるだろう。

こんな感じで、私の夢であった書庫のある家は完成した。

その後の本を差す作業など思い出すと気の遠くなるようなこともあったのだがそれも喉元過ぎればなんとやらだ。作家別、出版社別に並べられた棚はとても見やすくて便利だ。住んで数年経つがまだ本棚には余裕がある。本棚の余裕は心の余裕だ。

こんな酔狂な間取りの家、不要になったときも二束三文でしか売れないだろうし、実際無駄遣いだと笑った人もいる。

でも、いいのだ。

本がきっちりと並べられた本棚はとても美しい。

それで満足だ。

最後に

書庫を作っている最中、何度も読み返していた本がある。

喜国雅彦『本棚探偵の冒険』(双葉社)から始まる本棚探偵シリーズ4冊だ。

ミステリ古書マニアである著者の本への愛にあふれた、あふれすぎちゃって変態的とも思える、とても素晴らしいエッセイ集。

稀覯本蒐集の話やタイトルの通り書庫や本棚に纏わる話もふんだんに入っているので、本が好きな人なら必ず気に入るはず。ニヤニヤしながらぜひ読んでほしい。

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