140字で紡がれる連作長編 / 神田澪『私達は、月が綺麗だねと囁き合うことさえできない』

『私達は、月が綺麗だねと囁き合うことさえできない』は、Twitterで13万人のフォロワーを持つ140字小説作家・神田澪氏による2冊目の著作です。

前著『最後は会ってさよならをしよう』は、これまでTwitter上で書き連ねてきた140字小説の中から厳選したものを掲載したものでした。2冊目となる本作は、なんと書き下ろしの長編小説。140小説ではしっかり「オチ」のある作品を書く彼女が、長編小説という射程でどのような作品に仕上げているのでしょうか。

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あらすじ

十五歳のナツナは恋をしている。相手は顔も声も知らない人。「君の友人になりたい」というスパムみたいな怪しさ満点のメッセージに、ナツナは気がつけば返事をしてしまっていた。それは、彼女が生まれつき右頬に大きな痣を持ち、疎外感を抱きながら暮らしていたことも関係していたかもしれない。

日本語が少し不自由なメッセージ相手。どうやら遠くにいるらしいことは分かるけど、どこにいるのかはさっぱり分からない。やがて、ナツナはメッセージ相手のエルから、「僕は君に嘘をついている」というメッセージを受け取って……。

夜空による無限と有限の接続

「私達は、月が綺麗だねと囁き合うことさえできない」という本書の書名は、読み終えると「なるほどね」と納得するタイプのタイトルです。言及しすぎればこれから読む人の楽しみを奪ってしまうので控えめに書くと、「月」が含まれることからも分かるように、宇宙や天体のことがこの作品には深く関わってきます。

宇宙は無限の広がりを持っています。でも、僕たちの人生は有限である。宇宙のことを考えると自分がいかに小さな存在であるかが実感できて、悩みがすべてどうでも良くなったりします。でも、僕たちが考える宇宙って、実は途轍もなく大きい有限のことだったりするんですよね。1秒で地球を7周半もする光だけれど、太陽光が地球へ届くにはおよそ8分19秒もかかる。そして夏の大三角を形成する星の一つであるデネブは、なんと光の速さで進んでも約1300年かかるところに浮かんでいます

秒速1メートル程度の歩行速度しか持たず、100年後にはいなくなってしまうだろう僕らには、それはほとんど無限みたいに思えてしまう。でも本当は、無限と途轍もなく大きな有限というのは、全然違うものだと思うんですよね。無限の距離を埋めることはできないけれど、有限の距離は何かのきっかけで埋まるかもしれない。光より早く進むことができるようになるかもしれない。寿命が飛躍的に伸びるかもしれない。向こうのほうから近づいてくるかもしれない。可能性は低くても、そういう可能性を秘めています。

という議論は本書の本筋でもなんでもないのですが、でもこの本を読了した後で、夜空の星を眺めるたびにそんなことを思うようになりました。夜空は美しく、神秘的で、それは途轍もない有限と無限を接続してしまうことの快楽が、 そうさせているんじゃないかと思うのです。

……みたいに、無限と有限のことを考えて読み進めると、本書を少し楽しく読めるかもしれません。

140字間隔の息継ぎ

本書の帯に目をやると、「140字小説で紡がれる“新感覚”連作長編小説!」とあります。もしやと思って作品の文字数を数えていくと、なるほどどのページもぴったり140字ずつで書かれている。これは、作品を読んでいる中では全く気にしなかったところでした。

しかし、たしかに僕は、この本を他のどんな本よりもすいすい読んでいくことができました。それは、本書が優しい言葉で書かれていることにも起因しているでしょうし、詩集みたいに余裕のあるレイアウトで、ページ数の割に字数は少ないということにも理由を求められるでしょう。

でも、振り返ってみればこの140字ずつというリズムが良かったのかもしれません。この長編小説は、おそらく140字ずつで書かれる必然性はなかったと思うんです。そんなことをしてしまえば、内容を気にしながら1ページの字数を調整するという大変な作業が待っている。京極夏彦氏はIndesginを用いて執筆を行い、文章がどのように配置されるのかをきにしていると言いますが、本書はそれ以上に労力がかけられているのではないでしょうか。

小学生の頃から小説を読むのが好きでしたが、最近は本に書かれている文字を読むよりも、Twitterに書かれている文字を読むことの方が多いような気がしています。細切れに、意図せず、大量の情報をTwitterのテキストから得ている。そのためか、最近は長い文章を読む筋力が少しずつ衰えていっているのを感じます。それが良いことなのか悪いことなのかはひとまず置いておくとして、『私達は、月が綺麗だねと囁き合うことさえできない』は、Twitterでのテキスト摂取に慣れてしまった僕に優しく寄り添ってくれる。

そう思いながらページをパラパラめくってみると、なるほどそれぞれのページが一つの作品としても鑑賞可能であることに気づいてきます。たとえば、以下のような1ページ。

目を閉じても眠れず、立ち上がって部屋の窓を開けた。

空には大きな月が浮かんでいる。

あと数日で満月になるだろう。

火照った身体を冷ますように風が吹きつけ、頭もすっきりした。

好きだからって、ただの一度も会ったことがない相手に告白するなんて変だ。

でも……でも、変だからなんだというんだろう?

神田澪『私達は、月が綺麗だねと囁き合うことさえできない』

引用部分として、多すぎず少なすぎず、完璧な一節になっている。これを積み重ねていることで一冊の長編を形作っているわけで、すいすいと読み進めることができたのはそのためかと納得したのでした。

おわりに

著者の神田澪氏は、休むことなく140字小説を投稿し続けています。しかもそのクオリティは摩耗することなく、むしろ日を追うごとにその鋭さが増している感さえあります。

もちろんそんな140字小説も良いのですが、僕個人としてはこういった長編小説も読んでみたい。3冊目にはどんな本が飛び出すのか、楽しみにしたいと思います。

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