華麗なトリック緻密なロジック / 有栖川有栖「学生アリス」シリーズのすすめ

1980年代後半から1990年にかけての新本格ムーブメントの代表格として必ず名前が挙がる作家、有栖川有栖。デビューから現在に至るまで30年以上、その作品は世代を問わず多くのファンを魅了し続けている。

数多くの著書が出ているが、中でも絶大な人気を誇っているのが「学生アリス」シリーズと「作家アリス」シリーズだろう。

「学生アリス」は英都大学の推理小説研究会(略称EMC)の部員である江神二郎と有栖川有栖を中心としたシリーズ。長編四作には、推理の手掛かりが全て出たタイミングで物語を止め犯人は誰かを問う「読者への挑戦」の一文が挟みこまれているというのが嬉しい。

「作家アリス」は、犯罪臨床学者であり英都大学社会学部助教授である火村英生が探偵役、作家・有栖川有栖が語り手となるシリーズ。こちらは2016年には地上波で連続テレビドラマ化もされている(尚、1994年には学生アリス三作目『双頭の悪魔』がWOWOWでドラマ化。ソフトがVHSのみということで残念ながら私は未視聴)。

「学生アリス」シリーズと「作家アリス」シリーズは時間軸が繋がっているわけではない並行世界として存在しており、いずれも作者名と同じ“有栖川有栖”がワトソン役を務めているのが面白い。

ミステリとしての切れ味もさることながら、人物の描き方がとても魅力的なのもファンが多い理由だろう。

今回は美しいロジックとトリックがたまらない「学生アリス」シリーズ、五冊を刊行順に紹介!

月光ゲーム Yの悲劇’88(創元推理文庫)

EMC夏合宿で訪れた矢吹山キャンプ場。他校から来ていたグループとの交流も生まれ楽しく過ごすはずだったのが一転、火山の噴火によりキャンプ場に閉じ込められてしまう。そこで起きる殺人事件、そして死体の傍らに残されていた「Y」の文字。

クローズドサークルにダイイングメッセージ、そして読者への挑戦を挟むという推理小説のまさに王道。江神が披露する犯人特定までのプロセスが実に端正で美しい。そしてシリーズ全体に言えることだが、正統派のミステリでありながら青春小説としての側面も持っているのが心憎い。この月光ゲームでも学生たちの繊細な心の動きが描かれていて読後の余韻となっている。

また推理小説研究会の部員という設定だけに古今東西の名作ミステリのタイトルが躊躇なく部員同士の会話に出てくるのがミステリファンの心をくすぐる。(ミステリ作品の題名しりとりは是非私も挑戦してみたい!)

作者長編デビュー作であり「学生アリス」シリーズ第一作目。

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孤島パズル(創元推理文庫)

学生アリス長編二作目の舞台は南の海に浮かぶ孤島。マリアの叔父の持ち物だというその島には時価数億円の宝物が隠されているという。島にはEMCメンバー以外にもバカンスに訪れている人たちがいるのだが、やがて島は台風に見舞われ文字通り孤島となる。そこに響く銃声……。

クローズドサークル+パズル。タイトルのとおり要所要所で「パズル」が頻出する。それは宝の地図にある謎の矢印だったり部屋に置いてあるジグソーパズルであったり思わせぶりな島全体の形であったりと、様々だ。真相には関係ないだろうと思っていた些細なことが大切なパズルのピースを担っているかもしれないから気が抜けない。小さな謎から順番に解いて最後に大きな真相に行き着く様はさながら昨今流行りのリアル脱出ゲームのよう。論理パズルにストーリーをつけ最大限に面白くした、というと語弊があるかもしれないが、パズルのピースがぴたりとはまった瞬間がとても気持ち良い作品だ。

本作からEMC紅一点、有馬麻里亜(マリア)が入部し青春度がより増してくる。

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双頭の悪魔(創元推理文庫)

シリーズ三冊目となる今作でEMCメンバーが向かったのは、高知県の山奥にある木更村。目的はその村に滞在しているという家出中のマリアを連れ戻すこと。余所者を嫌う閉鎖的な村にどうにか入れないかと隣の夏森村で計画を立てるEMCメンバーだが、運悪く木更村に続く橋が大雨による鉄砲水で流されてしまう。断絶された木更村と夏森村、二ヵ所の村で起きる殺人事件。木更村のマリアと夏森村のアリス、二人の視点から事件は描かれていく。私たち読者は、二つの村で何が起きているのか?誰が犯人なのか?を推理することになるのだが、これがかなりの手強さ。小道具の使い方が非常に巧みで、読み終わってみればかなり露骨にヒントが出てきていたのに何故気付かなかったのかと不思議だ。読者への挑戦がなんと三度も挟まれるのも実に挑戦的で楽しい。

今作には志度という詩人が登場するのだが、彼はもう一つのアリスシリーズに出てくる人気探偵、火村のベースとなっているというのも興味深い。

謎もページ数もかなりのボリュームで月光、孤島、双頭の初期三作の中では私は一番好きな作品です。

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女王国の城(創元推理文庫)

江神が突如、姿を消した。行き先はどうやら「人類協会」という新興宗教団体がある木曽山中の神倉という街らしい。江神の行動を不審に思ったEMCメンバーはその本部に乗り込み、江神と再会するのだが、今度は逆に教団に軟禁されてしまう。そして起きる殺人事件。現在の事件、過去の事件、教団側の不審な行動と物語は絡み合っていく。宗教団体の施設という特殊な目的の建物内ならではの盲点をついた推理が秀逸だ。そして最後に語られる江神が突然「人類協会」を訪れた理由にはせつない気持ちになってしまう。

前作『双頭の悪魔』が1992年、長編四冊目となる今作が2007年と実に15年の間をあけての刊行。しかし物語の中のアリスたちは1990年を生きている。物語中にもベルリンの壁やバブル経済の話題も出る、まだスマートフォンもなかった時代なのだが、すんなりとその世界に入れるのはやはり人物の魅力のなせる技だろう。

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江神二郎の洞察(創元推理文庫)

学生アリスシリーズの長編とはまた雰囲気の違う、短編9編を収めた一冊。日常の謎が中心となってくる。日常の描写が多いのでEMCの雰囲気やメンバーの関係性が伝わってくるのがとても微笑ましい。

収録作の好みはそれぞれだろうが、出色は「ハードロック・ラバーズ・オンリー」ではないだろうか。10ページ程度の掌編なのだが、これを読めるというだけでもこの短編集の価値は充分ある。アリスがたまたま入った大音量の音楽が流れるロックカフェで同じ時間を過ごした女性との物語。アリス同様、読者もついつい淡い恋の気配に気を取られてしまうため、提示されたある謎に対する江神の推理の鋭さに大きな衝撃をうけることになる。また、同短編集収録の別作品で明確な答え合わせがなされているのも洒落ている。

学生アリスシリーズの短編集はあと一冊刊行予定とのこと。「望月周平の秘かな旅」(文春文庫『マイ・ベスト・ミステリー6』収録、現在新刊入手不可)などの名作が早く手軽に読めるようになってほしいので刊行が待ち遠しい。

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おわりに

学生アリスシリーズの長編は全五作で完結予定だという。

長編四作目の女王国の城では「来年は決まっているかな」「何が?」「就職先」というアリスとマリアの会話が出てくる。彼らの学生生活もそろそろ終わりになるのだろう。さみしいが仕方ない。

今回紹介した学生アリスシリーズはクローズドサークルに読者への挑戦、と真っ向からミステリに勝負を挑んだ作品ばかりだが、作家アリスシリーズはもちろん、ソラシリーズ、濱地健三郎シリーズ、またノンシリーズにも設定が奇抜なものやユーモア溢れる短編集など、まだまだ趣の違う多くのおすすめ作品がある。それらどの作品にも共通するのが、ミステリに対する誠実な愛が感じられるところだろう。

有栖川有栖、必読です。

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