こんにちは、福本毛玉です。
蝉の鳴き声もいつの間にやら静まり、夜がのびてきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回は読書の秋におすすめの本を、吉本ばなな氏の作品からご紹介いたします。
吉本ばななのおすすめ小説3選
『キッチン』
『キッチン』は、1987年に海燕新人文学賞を受賞した作品です。
台所という場所を愛する主人公・桜井みかげと、「母」つまりは「女性」になることを選んだ『えり子』の手ひとつで育てられた田辺雄一という青年が関係を育んでいく、というのが大筋です。
彼女たちはあたたかな居場所にいる喜びと、それを失う途方もない悲しみを知ることになります。ぽっかりと開いた真っ暗闇へと逆さになって吸い込まれるような、喪失(別れ)の苦しみ。傷つきあうことを恐れながら、こわごわと手を伸ばし絆を手繰り合うもどかしさ。しっとりとしたたおやかな文章で表現される、みずみずしい感情が痛いほど心に沁みました。
生きる上で心の中に積み上げたあらゆるもの、そのてっぺんに飾りたくなる檸檬のような一冊です。
『ムーンライト・シャドウ』
新潮文庫『キッチン』に収録されています。
主人公・さつきが鈴の音色と結びついた恋の記憶を想うところから物語は始まります。口語的な表現で語られる思い出は、簡潔にまとめられていながら、溢れんばかりの愛に満ちています。
しかし、それはあくまで回想に過ぎないのです。さつきの恋人であった「等」は、2か月前の交通事故で亡くなっていました。独り残され、夢から覚めた後の暗闇に怯えるようになったさつきが、早朝のジョギング中に「うらら」という不思議な女性と出会うところからが、本当の始まりなのです。
夜に怯え、青白く光る夜明けを彷徨うように走り抜け、幻めいた光に触れた主人公が、再び朝の光に包まれて生きる力を取り戻す姿は、あたたかい希望を与えてくれました。
『ある体験』
角川文庫『白河夜船』に収録されています。
近頃、酒量が増えていることに悩む主人公は、「ぐでんぐでんのくるくるになってベッドに倒れ込む」とき、不思議な歌声を聴くのでした。その声は懐しいぬくもりを引き連れて、幸福な響きをうねらせながら心を解きほぐします。
「それは誰かが君になにかを言いたくなっているんだ」
「誰かって、死んだ人だよ。そういう人いない? 知り合いで」
そう言われて主人公が思い出したのは、奇妙な三角関係を演じていた頃にさんざんいがみあっていた、「春」という女性のことでした。
ひとりの男を共有し、火花を散らしていた主人公と「春」の関係性は健全とはいえませんが、どこか滑稽で、愉快なのです。
敵視しあっていたからこそ真っ直ぐにぶつかり合った彼女たちのたくましさと可愛らしさは、とても愛おしく思えます。
吉本ばななの作風について思うこと
彼女の文章は生命力に満ち満ちて、しなやかに潤っています。過不足なく描写されたごく現実的な光景は、違和感をもたらすことも、冗長と思わせることもありません。彼女の感性でとらえたであろう言葉はいきいきと輝いて、多彩な美しさを読者に印象付けます。
登場人物は、どこかしら浮世離れした雰囲気を伴うことが多いように感じます。この世界にはっきりと拒まれたり、また、自らが拒んだりといったことがあるわけではないものの、なんとなく馴染みきれない部分を抱えて、それでも折り合いをつけながら生きているように映ります。
彼、あるいは彼女は抑えきれない感情をぶつけることも、理にかなわない行動をとることも、その結果として他者や自分を傷つけることさえあります。しかし、その誰もが懸命に生きているのです。ままならない状況の中でもがきながら、さまざまな形でこの世界を愛するキャラクターたちの真摯な生きざまには、心を打つものがあります。
すべての作品を読み切ったわけではありませんので断言はいたしませんが、後味のさわやかな作品が多くあります。切なくなるほどやわらかく優しい月あかりに、ふんわりと心を洗われるような読後感が非常に魅力的です。
まとめ
本は多くのものを私たちに与えてくれます。それは語彙や文法といった知識的なものに留まりません。
心をつかまれて揺さぶられたあとに残る情緒を、どうか大事になさってください。それは時に行動のきっかけとなり、思考の転換につながり、あなたを幸福にすることでしょう。
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