体調を整えて読みたい「食欲がなくなる短編小説」7選

「食」がテーマの短編小説7作をご紹介します。

ただし、食は食でも食欲がなくなるような実に恐ろしい世界が描かれている「食」です。これらの作品、食事やお茶を飲みながらの読書としては決しておすすめ出来ません。

読むときは必ず体調を整えて、お楽しみくださいませ。

田中啓文「牡蠣喰う客」(『ミミズからの伝言』角川ホラー文庫)

舞台は宇宙。銀河系では文字通りの星取り合戦が盛んになっており、人類も〈人類圏〉を増やすべく発見した惑星に我先にとスタッフの一家族を人身御供のように住まわせていた。しかし住まわされた人々は地球との環境の違いと孤立感で精神あるいは肉体に変調をきたすことも多いという。それを定期的に見回りケアすることが任務の主人公。

そんな主人公がとある辺境の惑星に住む家族を訪問し、一家の夫人に食事を振る舞われるシーンから始まる。

味噌汁、漬け物、焼き魚、生卵、海苔の佃煮、炊き立てのご飯。

地球では馴染み深い和食の献立で美しい婦人は手厚くもてなしてくれる。

しかし、そこは地球からは遠く離れた辺境の地。この食材を夫人はどうやって手に入れているのか。妙な物音を耳にした主人公は台所を覗く。

夫人が「食材」を錬成する描写がとにかく圧巻。宇宙ならではの架空の生物の造形といい、よくもまあ次から次へとこんなことを思いつき書けるものだ。作者の田中啓文は駄洒落の名手でもあるのだが気持ち悪い文章を書かせたら天下一品だと私は思っている。

これを読んだあとはとうぶん白米が見たくなくなるだろう。じっと見ていたら白米が動き出すかもしれないから。

清水義範「ブガロンチョのルノワール風マルケロ酒煮」(『国語入試問題必勝法』講談社文庫)

この『ブガロンチョのルノワール風マルケロ酒煮』というばかみたいに長いタイトルの作品は、いわゆる料理レシピだ。ブガロンチョのもも肉にケケシラガで風味をつけアタマンダから作られたマルケロ酒で煮込む、という工程が実に事細かに書かれている。
しかし何のことだかさっぱりわからない。何故ならすべてでたらめだから。

徹頭徹尾、真面目な筆ででたらめを書くとこんなに面白くなるのか、と感心する。

途中、「寝藁団子」なる食べ物に触れている箇所があるのだがこの寝藁団子は別作品「全国まずいものマップ」(『私は作中の人物である』収録)にも出てくるのでその味が気になった方はこちらもぜひ。

清水義範の作る、ばかばかしくも最高に面白い料理を味わえる秀作。だが決してこれを食べることは叶わない。

新津きよみ「珍味」(『意地悪な食卓』角川ホラー文庫)

深い森に囲まれた山奥にある長寿村と呼ばれる集落。そこに永住することを決めたという友人を訪ねる主人公。優しい村人に囲まれ菜食主義者になり自給自足の健康的な暮らしを送っているように見える友人だが……。

「閉ざされた村」というモチーフは実に魅力的で数多くの作品に使われている。中で何が起こっているのか外部のものにはわからないという状況は読者に様々なことを想像させるのだ。この作品も穏やかでにこやかな長寿村の住人たちを団結させるものはいったい何なのかという謎が提示される。

タイトルである「珍味」の意味がわかる時、心底ぞっとするだろう。

現実の世界でも充分ありうる話に思えてしまうのが、この小説の恐ろしいところだ。

筒井康隆「定年食」(『驚愕の曠野―自選ホラー傑作集〈2〉』新潮文庫)

主人公である寺村は人口増加による食糧難の世界で、勤め上げた会の定年退職の日を迎える。この食糧危機の世界では、その日はすなわち寺村の人生自体の晴れがましい定年の日になるのである。

例えば料理人が、あるいは自分で、魚であったり鶏であったりの何らかの生き物を、慣れた手つきでしめ、捌き、刺身だの煮物だの唐揚げだのに調理し、食卓に並べる、という一連の流れを経験したことがある人は多いだろう。そしてその食卓を囲む人たちは(好き嫌いがある人はいるにしても)これから食べる美味しいものへの期待で最高の笑顔になっている。

多くを書くのは憚られるが、これはそういう話だ。実に鮮やかに生々しくそれが描写されている。読んでいると吐き気がする。

主人公の定年の日の勇姿(あるいは諦めなのか)を読み終えると、自分ならどう過ごすのかついつい考えてしまいどんどん食欲が失せてくる。

綾辻行人「特別料理」(『眼球綺譚』角川文庫)

他ではまず食べることの出来ない特別料理を出すレストラン《YUI》。

一般的には食用としない哺乳類や、カエル、ヘビ、果てはゴキブリまで。その店の虜になったある夫婦の物語。

読んでいると、自分の口の中におぞましい何かが入っているのでは?と錯覚するような食の描写が多々出てくる。とくに夫が学生時代に経験したゴキブリを食べる場面はそれを噛んだ瞬間の感触までが伝わってきて実際に気持ち悪くなったほどだ。夫婦が夢中になって食べる甘美でおぞましい料理の数々をあなたもぜひ味わうべきだ。

そして料理を堪能した夫婦が最後のページで交わす仲睦まじい会話。

実に美しい終わり方。

アメリカの作家スタンリイ・エリンにも同じ「特別料理」という短編がある。もちろん著者自身もとうぜん承知の上で単行本収録時(雑誌掲載時は「《YUI》」)このタイトルをつけている。こちらを読まなくても充分楽しめる内容なのだが、できることならスタンリイ・エリンの特別料理も読むと物語にますます奥行きが出るのでお勧めだ。

米澤穂信「儚い羊たちの晩餐」(『儚い羊たちの祝宴』新潮文庫)

さて先ほどの綾辻氏の項では“できることなら読んでほしい”と書いたスタンリイ・エリンの「特別料理」、こちらの米澤氏の場合はそれを読んでからのほうが、確実にその恐ろしさは増すかもしれない。

『儚い羊たちの祝宴』はどれも「バベルの会」と呼ばれる読書サークルをめぐる五編からなる短編集なので頭から順番に読むことを推奨するが、ここではその最終話として収録されている「儚い羊たちの晩餐」を紹介する。

厨娘と呼ばれる一流の女性料理人、夏とその見習いの文を屋敷に迎え入れる主人。厨娘は作った料理に対して法外な料金を請求するのだがその料理は驚くほど旨い。しかし主人の見栄と意地の夢想は果てしなく、まだ厨娘も扱ったことのない食材で作る料理を食べることを所望する。果たしてそんな食材を手に入れることは出来るのか。

米澤穂信ときくと、氷菓や小市民シリーズの日常の謎のほんわかしたイメージを思い浮かべる人も多いだろうが、なかなかどうして、黒い米澤穂信もいいものなのだ。

小松左京「兇暴な口」(『小松左京短編集大森望セレクション』角川文庫)

「理由なぞなかった」

兇暴な口はここから始まる。

まさにこの一行の通り、理由なく食べる話だ。自分を、自分で。

脚から始まり、それはどんどん上に向かう。淡々と自分自身が食べられていく。自分によって。

人間はある程度、予測の元に行動し生きている。理解の範疇を超えたものほど恐ろしいものはない。なぜ彼がこんな行動をとるのかわからない。それが恐怖だ。

このごく短い話には嫌悪感しか詰まっていない。

今回紹介した中でもトップクラスに気持ち悪くなる「食べる」作品だろう。

おわりに

グロテスクで胸がわるくなるような短編小説7作をご紹介致しました。

どれもこれも名作揃いですが毒がたっぷり入っています。最初にお伝えしたよう読むときは体調を整えて万全の体制でお臨みください。
不気味な食の世界、どうぞ味わい尽くしてくださいませ。

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