極上の料理と謎 「美味しい」×「謎」のミステリ小説7選

美味しいミステリ小説のメニューをお持ちしました。

「美味しい」×「謎」のバリエーションは様々ですが、どれもこれも極上の料理と極上の謎となっております。どうぞゆっくりご堪能ください。

近藤史恵『ときどき旅に出るカフェ』(双葉文庫)

ストロープワップル、シナモンプッラ、パイナップルケーキ……日本にいてはなかなか出会うことのない世界各国のお菓子と飲み物を提供する“カフェ・ルーズ”。

主人公の瑛子が偶然入ったそのカフェはかつての同僚が店主だった。不思議と居心地の良いそのカフェに通い始める瑛子。そこで気付く心の引っ掛かりや小さな事件が美味しい食べ物と共に消化されていく、素敵な連作短編集。

近藤史恵で食べ物といえば、フレンチビストロが舞台の「ビストロ・パ・マル」シリーズがすぐに思い浮かぶが、こちらのカフェ・ルーズもとても魅力的。

耳慣れないメニューの斬新な組み合わせと意外な製法が、作者らしい生き生きとした筆致で書かれている。それはまるで見知らぬ国のカフェでお皿をサーブされているかのような感覚で心が躍るのだ。

どのページも文体は軽やかで、人としての大切なことがきちんと書いてある。著者の本を読了すると駄目な自分でも少しだけ美しい生き方が出来るようになった気がしてくる。

太田忠司『ミステリなふたり』(幻冬舎文庫)

氷の女王とも呼ばれる京堂景子は愛知県警捜査一課の刑事。職務中は一目置かれながらも恐れられる存在の彼女だが、自宅に帰るとその様子は一変。最愛の夫、新太郎の前でだけはなんとも奔放で可愛い女性になる。景子が抱えた事件の悩みを新太郎は手料理と共に解決に導く、甘くてスパイシーな人気シリーズ。

激務から解放されヨレヨレで帰宅する景子。それに対する新太郎の声の掛け方もお茶の出し方も料理のチョイスも全てが完璧なのだ。我が家にも新太郎が欲しい!と読むたびに思う。お茶も料理も家庭の台所で無理なく用意できそうなものでありながら、全てに新太郎の愛情がたっぷり入っている。

例えば、第一話冒頭で景子が荒れながら帰宅したシーンでは「適度に冷やしたミネラルウォーターにレモンを少し落としたもの」をまず出し「熱いカモミールティー」で落ち着かせ「鍋の中にはもうすぐ出来上がる肉じゃが」(諸事情で作中では食べられないのだが)を用意、という最強の布陣で出迎えている。新太郎の作る料理は“氷の女王”景子の氷を溶かしてくれる魔法みたいなもの。

読めばもちろんあなたにも、彼は魔法をかけてくれるはずだ。

石持浅海『Rのつく月には気をつけよう』(祥伝社文庫)

大学時代からの友人である夏美、熊さん、長江の三人が定期的に開く飲み会。そこには毎回ゲストも招かれる。ゲストが持ち込む不可思議な悩みを酒を飲み肴を食べながら推理する連作短編集。時にお酒が苦くなりそうな謎が持ち込まれたりもするのだが、酒と肴の抜群のマリアージュが不思議とそれを解決へと導いてくれる。

続編で『Rのつく月には気をつけよう 賢者のグラス』が刊行されている。

これは危険な本だ。

なぜなら読んでいると確実にアルコールが飲みたくなる。元から飲まない方はその限りではないけれど、お酒……まあ嫌いじゃないよね、という方は読む前にビールを冷蔵庫に冷やしておいたり、お気に入りのワインを買っておいたり、なんなら地方の名高い銘酒をお取り寄せしたりの準備でちょうどいい。もちろん美味しい肴も用意して。

カキとウイスキー、チーズフォンデュとワイン、豚の角煮と泡盛、どれもこれも最高の組み合わせだ。これが続編の賢者のグラスになると更に、サーモンの酒粕漬けに米焼酎やらイカの肝焼きに日本酒やらその組み合わせがパワーアップしてくるものだからたまったものじゃない。

どうかこの本を読むときは、アルコールの準備を忘れないよう、気をつけて。

柴田よしき『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌』(文春文庫)

都会から一人移住し、ある高原にカフェ“ソン・デュ・ヴァン”を開業した奈穂。そこで出会う人々と料理を通じ試行錯誤しつつも馴染んでいく物語。ただふんわり温かいだけではなく菜穂が移住を決意した理由などはシビアで現実味がある。

全体に大掛かりなトリックや謎が出てくるわけではないのだが、そこはミステリ畑の作者らしく登場人物の背景や心の動きにその要素がしっかり取り入れられている。野間美由紀による文庫解説にも「上質なミステリー」とあるがまさにその通り。人は誰でも多かれ少なかれ秘密を抱えて生きているのだ。

菜穂のカフェで地元食材をふんだんに取り入れ作られていく色とりどりのメニュー。なんといってもやはりタイトルになっているベーコンサンドが出色。作中で、ある人物のリクエストによってごくシンプルなレシピに改良されるのだが、それがもう涎がでるほど美味しそうなのだ。読んでいるだけで極上のベーコンを噛んだ瞬間の、あのジュッと甘い脂が口いっぱいに広がっていく。

続編で『草原のコック・オー・ヴァン 高原カフェ日誌II』も刊行されているので菜穂のその後が読めるのも嬉しい。今後も続けていってほしいシリーズ。

友井羊『スイーツレシピで謎解きを〜推理が言えない少女と保健室の眠り姫〜』(集英社文庫)

吃音があり人前でしゃべることが苦手な菓奈と社交的でお菓子作りが得意な男の子、真雪。保健室登校を続ける“眠り姫”悠姫子。この高校生三人が軸となり、甘く可愛らしいお菓子のレシピと謎が青春と共に紡がれていく。

丁寧に書かれるお菓子にまつわる逸話やその成り立ち。紹介されるお菓子の種類も豊富なら謎の種類も様々で、紛失事件や人探し、お菓子自体に秘められた謎など、それらが思いもがけないところから解決に繋がっていくのが面白い。最初は弱々しく見えた菓奈の印象がページをめくるごとに変化していくのも実に愛おしい。

各章ごとのお話はそれほど長くないので毎日のおやつの時間にお気に入りのお菓子をつまみながら読むのにもピッタリだろう。

さて、お菓子と謎と青春、ここまででも充分楽しめる内容なのだがもうひとつ。

この本は作者によりある企みが仕掛けられている。使い古された言葉だがあえて言いたい。

「あなたがこの本を読み終えたとき、必ず最初から読み返したくなるだろう」

北森鴻『メイン・ディッシュ』(集英社文庫)

小劇団女優のユリエとそのパートナーであり玄人跣の料理を作るミケさん。劇団仲間を招いてミケさんが作る数々の大皿料理は、読んでいるだけでその立ち昇る湯気までを感じられる。メニュー名を聞いただけではぱっと思い浮かばないような料理が多く出てくるのもわくわくしてしまう。

「ストレンジテイスト」に出てくる“クニクニした舌ざわりの、匂いを嗅いでも、口に入れても何の揚げ物かわからない”フリッター、なんて正直味の想像が全くつかないのだが、劇団員たちがそれに夢中になっている姿を読むと絶品なのだということだけは伝わってくる。味のわからない料理を夢想するのもまた一興。

技巧に長けた作者らしく出てくる謎も物語自体の構成も凝っていて、途中ひょっとしたら「いったい自分は誰の何を読んでいるのだろう?」と不安になるかもしれないが大丈夫。美味しいメイン・ディッシュが待っているから。

作者は他にも香菜里屋シリーズという料理×ミステリの傑作シリーズも書いている。北森鴻がいなくなって十年以上。これからもずっと読み継ぐべき作家だ。

深緑野分『戦場のコックたち』深緑野分(創元推理文庫)

1944年太平洋戦争の時代。主人公は合衆国陸軍のコック兵、ティム。

今回紹介した作品の中では異色かもしれないが、舞台が戦場という過酷な場所であれど、当然「食」は存在する。

非日常もそこで過ごす者たちにとっては日常になっていく。そこで起きる“日常の謎”。

今まで書かれることの少なかったであろうコック兵から見た戦争。史実に忠実なのはもちろんのこと、急ごしらえの調理場の様子や貧しい食材、レーションと呼ばれる携帯食の説明なども克明に書かれている、そしてその背景まで想像できるような登場人物それぞれの書き分け、とにかく作者の力量に圧倒される。

終盤、場面の詳細は伏せるが、ティムがレシピを暗唱する箇所がある。そこがたまらなく良い。私がこの本の中で一番好きな箇所だ。ただ暗唱しているだけなのに、戦争の悲惨さ、コックである誇り、ティムの思いまでもが伝わってくる。

「食べる」ということはいついかなる時でも、人間の根幹にあるものなのだということがこの本には書いてある。

おわりに

さて、今回紹介した七皿ならぬ七冊、いかがでしたでしょうか?

食とミステリ、甘美ながらも時に苦味が効いたこの最高の組み合わせ。お気に召していただけたら幸いです。

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