受賞作は上品すぎた芥川賞作家たち

例えば普段からさほど本を読まない高校生が「面白いから」と友人より町田康を勧められ、何から読んで良いかわからずとりあえず芥川賞受賞作なら間違いないだろうと『きれぎれ』を手にとってしまえば、狂い咲きぶりに当惑し「向いてなかったようだ」と早々に結論づけてしまい「これが評価されるということは俺が間違っている」と世に拗ね、何者かを志しては上京し、高円寺に住もうとするも案外家賃が高かったため沼袋に不時着し、結局引きこもり自室でただ漫然と「超ひも理論」の解説動画を観ては賢くなった気でいる、そんな町田康から一切の才能を引き抜いたような愚物になってしまうこと請け合い。そんなZ世代のためにも「受賞作以外も絶対に読むべき芥川賞作家」を紹介しなくてならない。また個人的な事情ではあるが、頚椎ヘルニアの痛み止めが切れる前に早めに書き上げねばならない。

自らを削り続ける私小説家 西村賢太

『苦役列車』は青年期の物語であったが、中年期を書いた私小説群『どうで死ぬ身の一踊り』『小銭をかぞえる』は傑作にして自傷行為としか思えないほどの鬼気に満ちている。生活の一切を同棲女性に依存し、瑣末なことで激昂しては女性に暴力を振るう日々。鬼畜道に堕ちゆく自分を豊富な語彙とは裏腹に「コストコに行ってきた」くらいの軽やかな筆致で綴る。というか、削る。西村賢太の削り粉が舞う。噎せる。繰り返す。こと『どうで死ぬ身の一踊り』の中の、出ていった女性の下着を寂しさのあまり自涜行為で汚してしまうも、相手への未練を示すものとして利用する場面には思わず泥色の涙が伝うばかりである。

「虚」も「実」も書っ食らう超人 辺見庸

涙を拭いたら次は辺見庸を紹介しなくてはならない。共同通信社で記者だった彼は91年に『自動起床装置』で芥川賞を受賞。同作は仮眠室で「起こし屋」として働く若者たちが、自動起床装置のせいで疎外されていくというまさにフリーター全盛期の労働小説として話題を集めたわけだが、94年には『もの食う人びと』なる「食事」で紛争・貧困地域に生きる人々の暮らしを綴ったルポで講談社ノンフィクション賞を受賞。これが激烈に面白い。創作全般に関わる人間はどうしても虚実の境界が曖昧になりがちで、中には自らをセミと思い込み、アパートの小庭に穴を掘っては潜り「幼虫の方なのかよ」と老齢の大家にわざわざ突っ込ませるような迷惑な輩もいる。そんな中、長年に及ぶ海外取材で培った記者としての軸足で以って「虚」と「実」を反復横跳びしてしまう辺見庸にはまったく痺れる。感動かヘルニアの症状かはわからない。

日本文学を代表する描写狂 吉村萬壱

受賞作『ハリガネムシ』を読了し、カマキリの頭を飛ばす感触が指に残っているならそのまま『クチュクチュバーン』に手を伸ばしていただきたい。その指先の感触は「肛門から直腸を引っ張り出す感覚」に挿げ替えられてしまう。本来、そんなイカれた感覚など存在してはならない。ところが吉村萬壱という作家は尋常ならざる描写力で以ってそれを読者に与えてしまう最悪のミケランジェロである(件の場面は『クチュクチュバーン』に併録された「人間離れ」に登場)。文庫版収録作は全て、異形のモノから隠れて暮らさねばならないという舞台設定。この設定で「純文学」である。さて異形の怪物の描写がとにかく奇ん奇んにしてページをめくる指が膿や血脂で徐々にベトついてくるのだ。拭っても取れないので諦めて今度は『臣女』を手に取ろう。妻が巨大化していく夫婦の物語だが、ああ『南くんの恋人』の逆かと早合点して蓋(ページ)を開ければ臭い臭い臭い臭い。行間か酷い臭気が漏れ、鼻腔を殴ってきやがる。本作における巨大化は“輪郭の破裂”に近い形で始まり、やがては畝り喚く巨大な肉塊へと変貌していく。妻の排泄量も増える一方で、冬瓜ほどの糞を処理するため少しずつ崩していく描写が続く……もう、臭すぎる。

ちょっと落ち着こう。素数を数えるべきだ。3,5,4,3,6……これ違う。素数じゃなくてザ・プラン9の人数遍歴だ。意外と落ち着くものだ。薬が切れるまで時間がない。

さて、糞尿処理までは介護の延長として理解できるのだがどうにも妻が吐く「紫色の痰」だけは許せない。膜が破れ内容物が飛び出すとこれがまた脳髄が麻痺するほどに臭いらしい。なぜこんな醜悪なものを頭から取り出してしまったのか。「頼むからしまっておいて欲しかった。」(20代 /広告)「事前に告知してほしかった」(40代 /メーカー)「手の痺れがひどくなってきた」(30代 /患者)……街には怒りの声が溢れている。それでも吉村萬壱は書いてしまった。脳よりはみ出したら、もう書くしかないのかもしれぬ。これすなわちヘルニアの隠喩に他ならない(違うという説もある)。

おわりに

ここまで見てきた通り、芥川受賞作家(候補になった作家含)の小説は受賞作でなくとも傑作ばかりである。では、町田康作品は何からオススメすればよかったのか。これに関しては議論の余地が残るが、薬が、切れた

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