「kotohogi」言葉と文学を、もっと身近に。 / 第一回 坂口安吾『恋愛論』


ほんとうのことというものは、ほんとうすぎるから、私はきらいだ。
(坂口安吾『恋愛論』)

『恋愛論』は作家・坂口安吾のエッセイ。
この作品は恋愛をタイトルを掲げているのに、著者は冒頭から「(恋愛というものを)私はよく知らない」と言ってのける。そして、恋愛とはバカげたものだし、みんなそうなるものだ、決まり切ったことだから勝手にすればいい、と続ける。

『恋愛論』を初めて読んだのは10代後半で、好きな人や恋人がほしいけれどどうにもうまくいかない、そんな時期だった。

周りの同世代はみんな当たり前のように恋人ができていて、愛されないのは自分だけではないかと思い詰めていた。
縋るように読んだ『恋愛論』には「恋も愛も幻」「恋愛はバカげたものだ」「勝手にすればいい」という言葉が満載で、それがあんまり清々しいので傷つくよりも先に笑ってしまったことをおぼえている。確かに、恋愛なんてそんなもんだよなと少しだけ気が楽になった。

この作品の最後は「恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、この外に花はない。」と結ばれており、恋愛というものがくだらない幻だったとしても、それでも誰かや何かに恋をしたり、誰かや何かを愛してしまう、そんな人間というもののバカげた美しさがつまった作品となっている。

この作品について

『恋愛論』は作家の坂口安吾によるエッセイ。初出は「婦人公論」(1947年)。

筑摩書房の『坂口安吾全集05』に収録されているほか、パブリックドメインの文学作品を集めたオンライン図書館・青空文庫にて読むことができる。

『恋愛論』が発表される一ヶ月ほど前、坂口安吾は後に妻となる梶三千代と新宿の酒場で出会い恋仲となっており、恋愛の最中に書かれたであろうこの作品は当時の著者の恋愛観に直接触れることができるエッセイになっている。

こんな気分の時におすすめ

恋愛に疲れた時、恋愛をバカバカしいと感じる時、愛や恋について誰かの話を聞きたい時

作者について

坂口安吾(さかぐちあんご)
日本の近代文学を代表する作家の一人。1906年新潟県新潟市生まれ。幼少期の安吾は学校にまともに通学しなかったが、その後一念発起して1926年に東洋大学印度哲学科に入学し、勉学に励む。1930年に同人雑誌『言葉』を創刊し、翌年には作品『風博士』を発表。作家の牧野信一に絶賛され文壇デビュー。1946年、代表作『堕落論』、『白痴』を戦後の混乱のなか発表。檀一雄、太宰治、石川淳などと共に「無頼派」と呼ばれ脚光を浴び、有名作家となる。1947年に『桜の森の満開の下』を発表するも、1949年に睡眠薬と覚醒剤による中毒症状で錯乱状態に陥る。1955年、『狂人遺書』を遺したまま群馬県桐生市の自宅にて脳溢血で倒れ、その波乱の生涯に幕を下ろす。享年50歳。


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ABOUTこの記事をかいた人

望月柚花

93年生まれのライター兼フォトグラファー。読書と音楽と甘いものと日本酒が好き。よく眠る人間です。