最強の青春SF悪魔合体小説 / 森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』

『四畳半神話大系』をご存じだろうか。森見登美彦氏の代表作とも呼べる青春SF譚であり、その面白さは無類である。

今から10年前、僕は高校生のときにはじめて『四畳半神話大系』を読み、自堕落な大学生が摩訶不思議な現象と共に空虚で素晴らしい青春を送る、という森見的世界観の京都の魅力に取り憑かれてしまいました。

そんな氏が2020年8月に刊行した新作が、『四畳半サマータイムマシンブルース』です。

上田誠×森見登美彦の最強タッグ

本書の概要は、2ページ目も掲げられた文章に集約されています。

本書は、上田誠「サマータイムマシン・ブルース』を原案とし、
森見登美彦『四畳半神話大系』にもとづき執筆されたオリジナル作品です。

この作品の情報が発表されたとき、僕はスマートフォンの前でニヤつきを抑えることができませんでした。実は書籍が発売される前にカドブンノベルで連載が行われていたのですが、「書籍になってからちゃんと向き合いたい……。まとめて摂取したい……」というオタク心を発動し、本になるのを待っていた次第です。

「サマータイム・マシンブルース」は上田誠氏の代表戯曲で、彼が所属する劇団「ヨーロッパ企画」での初演は2001年。その後も何度か上演されており、映画化もされています。僕はまだ舞台版を見たことがないのですが、映画版は大学生の頃から数えて5回以上は見ている作品です。

大学の部室に設置されたクーラーのリモコンを壊してしまったSF研メンバーの前に突如として現れたタイムマシン。時間を遡って壊れる前のリモコンを取り戻そうとしますが、すると過去を変えることになり、この世界が消滅してしまうかもしれない……? それに気づいた部員たちが、過去を改変しないように奮闘するドタバタSF青春コメディー。

これが『サマータームマシン・ブルース』のあらすじです。そしてこのプロットを『四畳半神話大系』の世界観へと持ち込んだのが、『四畳半サマータイムマシンブルース』というわけです。

上田誠氏は『四畳半神話大系』をはじめとして、『夜は短し歩けよ乙女』『ペンギン・ハイウェイ』と森見氏の小説を原作としたアニメの脚本を手掛けています。特に『四畳半神話大系』は、アニメにあるまじき台詞の多さと早口が特徴的で、それが衒学的で過剰な一人称を持った原作の雰囲気を見事に反映しています。

そういった上田氏と森見氏の関係を知っているからこそ、この『四畳半タイムマシンブルース』という企みには感動すら覚えました。どちらも青春ドタバタSFとしてはかなり完成度が高い作品。この2つを組み合わせたら一体どうなってしまうのか……? それは、「カレーにハンバーグを乗せると美味いのか?」と聞いていることに等しいのではないでしょうか。美味いに決まっている!

四畳半タイムマシンブルースの内容

『四畳半タイムマシンブルース』の内容を説明しようと思ったのですが、「『四畳半神話大系』と『サマータイムマシン・ブルース』が悪魔融合した作品だよ。最高だよ」という他に説明が見当たりません。読み始めは、本当にこの二つの作品が融合できるのかと少し不安なところもあったのですが、完全なる杞憂に終わりました。

そもそも、『四畳半神話大系』は並行世界を扱ったSF作品です。「あのとき、あのサークルを選んでいれば」というたらればから生まれる四つの並行世界。そしてその世界観は、11話それぞれに並行世界が準備されたアニメ版でさらに拡張されることとなります。あり得た世界のどれか一つ、そこに「下鴨幽水荘にタイムマシンがやってくる」という世界があっても何らおかしくはないのです。

こう考えると、本作は『四畳半神話大系』の世界観をうまく利用した『サマータームマシン・ブルース』の二次創作的な作品だなという心持ちがします。いや、逆かもしれない。『サマータームマシン・ブルース』を『四畳半神話大系』の世界観を変えて二次創作したもの……? いずれにせよ、やはりこの悪魔合体の成果は目をみはるものがあります。この2作品の親和性が高いからこその完成度だということは重々わかっているのですが、『四畳半神話大系』の世界観を借りて別の作品のプロットを当て込んでみるという試みは、他の作品でやってみても面白そうだなと思いました。本を所持していると全て焼かれてしまう世界の四畳半神話大系とか、ビッグ・ブラザーが出てくる四畳半神話大系とか。

『四畳半神話大系』の地の文が一言一句違わず使われていたり、『サマータイムマシン・ブルース』に登場する響きの良いネーミングのシャンプーがそのまま登場したりと、両方の作品を知っていると嬉しくなってしまうような演出がたくさんあるのも魅力の一つ。

『四畳半神話大系』と『サマータイムマシン・ブルース』を経験したあとに『四畳半タイムマシンブルース』を読むのが正統的な読みなのかもしれませんが、まず『四畳半タイムマシンブルース』を読んだ後にそれぞれの作品を辿ってみる、というのもなかなか面白そうな楽しみ方ですよね。いいなあ。記憶を消してやってみたい……。

うだるような夏の暑さが本の中から匂い立ってくるような本作。ぜひとも、現実世界も暑いうちに読んでいただきたいです。

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