概要
孤島の館で起こる連続殺人事件。
本作を一言で表すなら、そういうことになる。
いわゆるクローズドサークル。ミステリの世界では王道中の王道シチュエーションだ。
しかし本作では、ここに「天使」という異次元の存在を加え、物語を成立させている。
特殊設定ミステリが存在感を増している昨今において、その裾野をさらに広げた力作だと言えるだろう。
特殊設定ミステリは、特にここ2~3年で大きな盛り上がりを見せている。
要因はさまざまだが、2017年の鮎川哲也賞受賞作・今村昌弘『屍人荘の殺人』がひとつの起爆剤になったのは間違いない。
特殊設定ミステリでも主軸はあくまで事件とその解決だが、このジャンルでは、「特殊設定」の言葉に内包されるようなさまざまな局面(現実ではあり得ないシチュエーションや、特殊な状況だからこそ成立するトリックやストーリー)が、そのまま作品の独自性に直結する。そして、『楽園とは探偵の不在なり』もその例に漏れない。
作中では、「2人以上の人間を殺した人間は天使によって即座に地獄に引きずり込まれる」というルールが敷かれている。
「即座に」だ。完璧なトリックを使って人間の目を誤魔化しても、「天使」はそれを決して見逃さない。
ただし、たとえば爆弾や毒ガスなどを用いて3人以上を同時に殺すことはできる。もちろんその場合も地獄行きは免れないが、その覚悟さえあれば、このルール内でも大量殺人は可能だ。
しかし、主人公が作中で直面するのは2人以上の人間が順々に殺されていく連続殺人事件であり、その手段として大量の人間を一度に殺すような道具・手段は用いられない。
つまり本作は、犯人はいかに神の定めたルールをかいくぐって連続殺人を起こしているのか?という点が最大の謎となっている。
単純明快なルールだからこそ隙がないように見えるが、このあたりは実際に読みながら推察していってほしい。
また、本作を最大限楽しんでもらうために、ここで「天使」について説明するのも控えておく。なぜなら私自身、「天使とはいったいなんだ?どういう容姿をしているんだ?どういう習性の生き物なんだ?」という疑問がページをめくる推進力になっていたからだ。
この点は作中でしっかり明かされるので、ぜひご自身の素直な感覚で、その独特な存在感に触れてみてほしい。
さて、ミステリという土俵である以上、事件とその解決が本作最大の目玉である。
しかしそれとは別軸で、本作にはある明確なテーマが設けられていることにも触れておく必要があるだろう。
以降は本作の「設定」と「テーマ」について掘り下げていく。
設定のシンプルさ
本作の魅力を語る上で、何よりもまず設定に触れなくてはならない。
2人以上殺せないのに連続殺人が起こるという矛盾をいかに解決するか。
この構造そのものにミステリとしての独自性がある上、ルール自体が非常にシンプルなのですぐに前提を理解できるのが素晴らしい。
「2人殺せば地獄行き」の語感の良さも相まって、非常にキャッチーな設定となっている。
もちろん作中では「天使」が人を裁く際のルールをより詳しく定めている。
この点をさまざまな角度から検証していくだけでも、ひとつの物語ができるだろう。
たとえば2人同時に1人を刺した場合など、「こうしたらどうなるんだろう?」と思う事例・シチュエーションは考えれば考えるほど山積していく。
ただ、この物語のメインはあくまでも殺人事件なので、(おそらくだが)設定の掘り下げばかりしていても話が進まないという考えのもと、このあたりの説明は適度に切り上げられている。
言い換えれば考察の余地があるということで、読み終わった人同士でこのルールについて議論するのも本作の楽しみ方のひとつだろう。
■天使に翻弄される人々
超常の存在である「天使」にキャラクターたちが翻弄されるという構図も新しい。
そして主人公である探偵・青岸は、この世界のなかでも特に大きく狂わされたされた人物として登場する。
想像してみてほしい。
2人殺したら問答無用で地獄に落ちる世界になったら、そこで暮らす人間の考えはどう変わるだろうか。
作中では、天使が世に生まれた出来事を『降臨』と表現している。
結論だけを言うと、この世界では『降臨』の後、殺人事件が極端に減少する。
そして殺人が減れば、探偵が活躍する機会も減る。
ここまで言えば、青岸がどのような状況に置かれているのか、大まかな想像はつくだろう。
「天使」の出現を機に浮かび上がっていく探偵の存在意義とは何かというテーマも、本作を読み解く上で重要な観点となっている。
※作中社会の変容はもっと複雑だが、その点を説明しすぎると初読時の楽しみを削ぐ可能性があるので、この場では割愛する。
■探偵の存在意義とは
真相を明らかにすることで、誰かが不幸になることもある。
だとすれば、探偵は人を幸せにすることができるのだろうか?
正義の味方でも、死ぬときは死ぬ。
それなら、正義を貫く価値はあるのだろうか?
事件の進行がメインではあるものの、上記のような問いかけがさまざまなキャラクターの言動を通して散りばめられている点も、本作の大きな特徴だ。
近しいテーマを取り上げた作品では、城平京『名探偵に薔薇を』や阿津川辰海『紅蓮館の殺人』が挙げられる。
これらの作品と読み比べ、それぞれがどのような答えを見出しているのかを探っていくと、より有機的にテーマを理解していけるだろう。
そして探偵の存在意義と隣り合う形で、もうひとつのテーマも浮き上がってくる。
理不尽な世の中で人はどう生きていけばいいのかという、より普遍性の高いテーマである。
あなたはこれまでの人生で、「なぜ自分がこんな理不尽な目に」と思ったことはないだろうか。
現実社会も、正義だからといって神に特別扱いはされない。
いくら善行を積んでも死ぬときは死ぬし、見返りも保証されていない。
この理不尽な現実を前に、青岸は「なぜ」理不尽な世界に書き換えられたのか?ではなく、書き換えられた世界で「どのように」生きていくかを模索するしかない、という考えに触れる。
論理的に「なぜ」を問うミステリの世界だからこそ、このメッセージがひときわ印象に残った。
ミステリとしての面白さだけでなく、人の生き方に触れているからこそ生まれている奥行きも、本作の魅力と言えるだろう。
総括
独特な世界観で繰り広げられる連続殺人事件。
そしてその裏で問われる探偵の存在意義と、理不尽を前にした際の生き方。
これらが「天使」という存在で紐づけられ、最後まで一貫して語られる。
純粋にエンターテイメントとして楽しむのも良し。
テーマを解釈しながらじっくり読むのも良し。
ぜひ自分なりの読み方で『楽園とは探偵の不在なり』を楽しんでほしい。