書を携えよ、旅へ出よ 文学旅行記・金沢編(前編)


日本全国にはさまざまな文学館、記念館があります。作家を生み出した風土や文化を身をもって感じたり、文学者ゆかりのエピソードを知れたりと、一味違った旅行ができるのが文学旅行の楽しみです。また、その土地出身の作家だけでなく、その土地を舞台にした本を読むのも乙なものです。

地方への文学旅行が趣味のひとつである筆者が、おすすめの文学旅行先をご紹介していきたいと思います。また、その土地にちなんだ作品をご紹介していきますので、あわせてお楽しみください!

文学旅行記・金沢編(前編)

▲金沢城白鳥路にある、金沢三文豪の銅像。左から室生犀星、泉鏡花、徳田秋聲

石川県の金沢市は観光事業のひとつとして、文学館の展示や文学ゆかりのイベントにも力を入れている都市です。加賀百万石の名で知られるように、古くから豊かな文化が息づくこの土地では、今でも伝統芸能や工芸品が盛ん。文化的な気分を味わうには、まさにうってつけの旅行先と言えるでしょう。

市内の中心部だけでも手軽に回れる文学館や記念館がたくさんあるため、旅行慣れしていない方でも予定が組みやすくおすすめです。この前編では、特に金沢市が「金沢三文豪」として推している室生犀星・泉鏡花・徳田秋聲ゆかりの文学館を中心にご紹介していきたいと思います。

室生犀星記念館

室生犀星は自身のペンネームを、犀川(金沢市を流れる河川)の西に住んでいたことから「犀西=犀星」とつけたそうです。そんな犀川にほど近い、犀星の生家跡にある記念館がこちら。正面入り口隣の大きなガラス張りの壁には、有名な『小景異情(その二)』の詩が犀星の直筆で書かれています。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
帰るところにあるまじや

室生犀星(1889-1962)は、みずみずしく純朴な心情をうたった抒情詩で特に有名な詩人・小説家です。萩原朔太郎とともに大正詩壇でもっとも活躍した詩人の一人であり、後に小説も数多く執筆しました。

金沢で生まれ育った犀星は、生涯故郷に対する思いを忘れなかったそうです。作品には故郷をテーマとしたものも多く、その哀愁あふれる豊かな詩情は、今も人を魅了して止みません。

この記念館さんでは、そんな犀星の作品や人柄が、初心者にも親しみやすく展示されています。特に、犀星の全著書の表紙パネルが年代順に並んでいる一階の展示は圧巻。当時の美しい装丁表紙とともに、犀星の作品世界に浸りましょう。

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文学館をより楽しむためにおすすめしたい室生犀星作品は、やはり詩集です。室生犀星の詩集は、現在でもさまざまな出版社から発売されています。どの版を手に取ればいいの?と思われるかもしれませんが、「室生犀星詩集」と銘打ってあるものならだいたい代表作が収録してありますので、とりあえず手に入りやすいものから読んでみてはいかがでしょうか。

当時の文豪としてはとても珍しく、犀星の最終学歴は高等小学校中退。同時代の文豪は帝国大学を卒業するなどエリートが多い中、彼は十三歳から働きに出ていました。また、生後間もなく実の両親と別れ、養父母のもとで暮らしました。決して恵まれているとは言えない生い立ち、そして幼いころから孤独とともに歩んできたその繊細な感性で作られた作品は、きっと読み手の心に強く響くものがあると思います。

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犀星と金沢のつながりについてもっと知りたいという方は、犀星の自伝的小説『或る少女の死まで 他二篇』がおすすめ。犀星が金沢で暮らした少年時代の思い出が、澄んだ文章でつづられています。

また、この作品の中には犀星が引き取られたというお寺「雨宝院」が出てきます。ちょうど金沢市の中心部から記念館へ行く道にこのお寺があり、入り口脇に「性に眼覚める頃」(『或る少女の死まで 他二篇』に収録)の文学碑がありますので、よかったら注意して探してみてください!

室生犀星記念館
住所:石川県金沢市千日町3-22
TEL:(076)245-1108
開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
料金:一般310円、65歳以上210円、高校生以下無料
Twitter:@saisei_museum

泉鏡花記念館

泉鏡花記念館は、木造二階建ての建物のたたずまいからして、とても素晴らしい雰囲気の文学館です。ちょっと奥まった入り口から一歩踏み込むと、まるで美しく幻想的な鏡花の作品世界へ赴くような気分が味わえます。

犀星記念館と同じく、こちらも鏡花の生家跡に建つ文学館。犀星が生まれたあたりが「にし」と呼ばれるのに対して、鏡花が生まれた地域は「ひがし」と呼ばれ、今も伝統的な家屋やお茶屋さんが多く残っている界隈です。

そんな地域で生まれ育った泉鏡花(1873-1939)もまた、時代の流れの中で独特の美意識を守り、その世界観で今も多くのファンを持つ小説家と言えるでしょう。怪しくも華麗な文体や妖艶な登場人物は、美術や映像の世界でも引っ張りだこ。現在でもアーティスティックなコラボ作品が多く生み出されている作家です。

この記念館さんでは、そんな鏡花の耽美な世界をわかりやすく紹介しています。また、鏡花本人の遺品も多く展示されており、極度の潔癖症だったために愛用していた衛生用品の数々や、鏡花がコレクションしていた兎グッズなどの実物が見られますよ。
向かい干支という文化にちなみ、酉年の鏡花は自身の向かい干支である兎の品物を集めていました。そのため、記念館さんのトレードマークやオリジナルグッズにも兎のデザインが多く使われています(かわいい……)。

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文学館をより楽しむためにおすすめしたい泉鏡花作品は、やはり代表作として名高い『高野聖』でしょうか。鏡花もさまざまな出版社から多くの書籍が刊行されており、どれから手に取ればいいか迷うかもしれません。そんな時は、この作品が収録されているものを手に取れば、まず間違いないでしょう。鏡花的としか言いようのない、独特の世界観が味わえることと思います。

あるいは、画家とコラボしたものや映像化したものも評価が高い『天守物語』で、ビジュアルから鏡花世界に入るのも楽しいですね。

義血侠血(青空文庫)

金沢を舞台とした鏡花作品は複数あるので、ここでは『義血侠血』を紹介します。

乗り合い馬車で出会う美男美女は、やがて金沢でばったり再会を果たします。しかし馭者をしていた青年・欣弥(きんや)の方は、何やら沈んだ面持ち。不思議に思った美女がその理由を尋ねてみると、彼は法学の勉強をしていたのに、資金が尽きて辞めざるを得なくなった身だというのです。そんな彼に、意外にも美女は学費の仕送りを申し出ます。なんと彼女は売れっ子の旅芸人・滝の白糸だったのでした。

「今おまえさんのおっしゃった希望(のぞみ)というのは、私たちには聞いても解(わか)りはしますまいけれど、なんぞ、その、学問のことでしょうね?」
「そう、法律という学問の修行さ」
「学問をするなら、金沢なんぞより東京のほうがいいというじゃありませんか」
 馭者は苦笑いして、
「そうとも」
「それじゃいっそ東京へお出でなさればいいのにねえ」
「行けりゃ行くさ。そこが浮き世じゃないか」
 白糸は軽く小膝を拊(う)ちて、
「黄金(かね)の世の中ですか」
「地獄の沙汰さえ、なあ」
 再び馭者は苦笑いせり。
 白糸は事もなげに、
「じゃあなた、お出いでなさいな、ねえ、東京へさ。もし、腹を立っちゃいけませんよ、失礼だが、私が仕送ってあげようじゃありませんか」

ところが仕送りを続ける白糸は、その大事な金を強盗に盗まれてしまいます。仕送りを続けられないという絶望にかられ、ふとした過ちから殺人を犯してしまう白糸。一方、きちんと勉強を続けたは欣弥は検事となり、白糸の裁判に立ち会います……。

鏡花らしい幻想的な要素はあまりないのですが、美男美女の粋な掛け合いや、スリルのある展開がとても面白く、おすすめの作品です。また、作中で2人が再会する橋は、浅野川にかかる梅野橋。これはちょうど泉鏡花記念館から徳田秋聲記念館へ行く道の途中にあり、橋の近くには「滝の白糸像」がありますので、ぜひ寄り道して見てみてください。

泉鏡花記念館
住所:石川県金沢市下新町2番3号
TEL:(076)222-1025
開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
料金:一般310円、65歳以上210円、高校生以下無料
Twitter:@izumikyokamuse

徳田秋聲記念館

泉鏡花記念館から浅野川を隔ててほど近くにあるのが、徳田秋聲記念館です。立地は生家跡でこそありませんが、秋聲はこのあたりの地域で幼少期を過ごしたそうです。

徳田秋聲(1871-1943)は、田山花袋、島崎藤村などとともに自然主義を代表する作家。尾崎紅葉門下としてデビューし、同じく同郷の門下生、泉鏡花は兄弟子にあたります。明治から昭和まで文壇で長く活躍し、庶民の生活を描き続けました。

淡々とした質実な作風に沿うように、女川とも言われる優しい流れの浅野川のほとりに穏やかにたたずむ記念館です。日常の忙しさを忘れ、ほっと一息つくのにもぴったりな場所と言えるでしょう。

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講談社
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犀星・鏡花に比べると、秋聲の作品は現在手に入りにくいものが多いのですが、比較的入手しやすいのは講談社文芸文庫で発売されている『あらくれ』や『黴 爛』などでしょうか。

個人的には、筑摩書房から出ている『明治の文学 徳田秋聲』(坪内祐三・編)がとても丁寧な編集で良書だと思いました。秋聲の作品は起伏があまりないため人によっては読みづらさを感じるかもしれませんが、この本では秋聲の人柄がわかる随筆も併録されており、解説も豊富です。

青空文庫にも多くの作品が掲載中なので、興味が湧いたものから読んでみるのもよいと思います。奇をてらうことなく静かに、けれども常に透徹した視線で生活を描き続ける秋聲の文学は、いぶし銀的な魅力があります。

挿話(青空文庫)

さて、ここでは秋聲が金沢を描いた作品の中から、『挿話』をご紹介したいと思います。

兄の見舞のために故郷金沢に帰郷した主人公・道太。彼は親戚の家に厄介になるのも気がひけるため、ひがし茶屋街の廓(くるわ)の置屋に身を寄せることに。変わりゆく時代の中でも金沢に息づく昔ながらの人々のたたずまいと、そこに住む一人の女性との淡い交流が描かれます。

「この家も古いもんや」辰之助は庭先の方に、道太と向かいあって坐りながら言ったが、古びていたけれど、まだ内部はどうもなっていなかった。以前廂(ひさし)なぞ傾いでいたこともあったけれど、いくらか手入れもしたらしかった。
「古びのついたところがいいね」
「もうだめや。少し金をかけるといいけれど、私の物でもないんですから」
「おひろさんのかね」
「ええまあ」
「僕はあすこにいて悪いかしら」道太は離れの二階を見上げながら言ったが、格式ばかりに拘泥(こだわ)っているこの廓も、年々寂れていて、この家なぞはことにもぱっとしない方らしかった。
「どこか静かで気楽なところをと思っているんだけれどね、ここならめったにお客もあがらないし、いいかもしれませんぜ」辰之助も言った。
「おいでなさい。離れでのうても、二階は広いから、どこでもかまいません」

金沢のいわゆる「ひがし」の街並みや、そこで暮らす人々の姿が趣深く描写されており、秋聲の故郷への思いが感じ取れる作品となっています。

徳田秋聲記念館はひがし茶屋街へ歩いて数分の距離にありますので、記念館で展示を鑑賞したあと、ふらりと歩いていくとちょうどよいでしょう。古都・金沢の風情ある落ち着いた街並みを散策する前に読めば、より街の雰囲気を味わえる作品だと思います。

徳田秋聲記念館
住所:石川県金沢市東山1丁目19番1号
TEL:(076)251-4300
料金:一般310円、65歳以上210円、高校生以下無料
開館時間:9時30分~17時(受付は16時30分まで)
Twitter:@shusei_museum

石川近代文学館

石川四高記念文化交流館は、石川四高記念館と石川近代文学館からなる施設です。建物は明治24年(1891年)に完成した旧第四高等中学校本館がそのまま使われており、赤レンガの外観はもちろん、その内装も美しく、国指定重要文化財に指定されています。

文学館では石川県ゆかりの文学者の豊富な展示がされており、見ごたえたっぷり。室生犀星・泉鏡花・徳田秋聲の金沢三文豪についても、その交流や位置づけをわかりやすく知ることができます。

常設展示・企画展示ともに力が入っており、文学が石川県の風土にとても根付いていることを感じられるでしょう。

石川県出身の作家たちはもちろん、石川四高(旧制第四高等学校。当時、全国に7つあった高等中学校のうちのひとつ)出身である中野重治や井上靖などの作家や、石川県に関わりのある作家も幅広く紹介されています。唯川恵、桐野夏生、本谷有希子など、石川県出身の現代作家も取り上げられており、その網羅っぷりが素晴らしいです。

金沢21世紀美術館や、金沢城公園、兼六園にもほど近い場所にあるので、ぜひ気軽に観光の予定に組み入れ、足を運んでみてください。

石川近代文学館
住所:石川県金沢市広坂2-2-5
TEL:(076)262-5464
料金:一般370円、大学生290円、高校生以下無料
開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
Twitter:@ishikinbun

おまけ オヨヨ書林

最後に、文学館ではないのですが、素敵な古本屋さんをぜひご紹介させてください。

石川近代文学館から歩いて十数分といったところにあるのが、オヨヨ書林せせらぎ通り店です。

こぢんまりとした入り口を入ってしばらく進むと、意外なほど空間が開けます。町工場をリノベーションしたというお店の中には、所せましと本がいっぱい……! 文学書はもちろん、アート系の本やカルチャー系の本、思想書、雑誌などなど、さまざまなジャンルの本が積みあがっており、棚を眺めるだけでもワクワクする素敵なお店です。品揃えも素晴らしいので、ついつい時間を忘れて長居してしまうかもしれません。

オヨヨ書林はせせらぎ通り店の他にもシンタテマチ店があり、こちらも大変素敵なつくり。ただ、規模は断然せせらぎ通り店の方が大きいので、間違えてシンタテマチ店に行くと「あれ?」と思うかもしれませんのでご注意ください。

オヨヨ書林せせらぎ通り店
住所:石川県金沢市長町 1-6-11
TEL:076-255-0619
営業時間:11時〜19時
定休日:月曜日
Twitter:@oyoyoshorin

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古都での文学館、そして古本屋めぐり。もうこれだけで、旅行は至福のものとなるのではないでしょうか?

また、ここでは詳しく取り上げませんでしたが、金沢市内にはそれぞれ金沢三文豪の名前がつけられた「犀星のみち」「鏡花のみち」「秋聲のみち」という通りがあります。さらに、市内には文学碑も多く、文豪にゆかりの場所や小物もたくさんありますので、知れば知るほどもっと楽しめること請け合いです。

後編ではさらに、三文豪以外の金沢ゆかりの作家や作品をご紹介する予定です。どうぞお楽しみに!