この本、悪党しか出てこない。/野宮有『マッドバレットアンダーグラウンド』

道徳一切が裸足で逃げ出した外道の街で、悪党と悪党がバチバチやりあって死体の山を築くような!
尋常の生命を放棄した異質な思考で、人間であることを辞めた化物どもが笑いながら自ら炎に飛び込むような!
正気の沙汰こそ狂気に映る悪逆非道のクズどもが、一片のパンを巡って無様に死に散らすような!

そういう悪と外道と人外の物語を摂取したくなる時が人類にはあります。

大人ぶって無糖ブラックを飲みたい時があるように、たまにはめっちゃノワールなクライムアクションが読みたい時ってあるじゃないですか。それもお上品なピカレスクロマンじゃなくて、とびきりクールでマッドではちゃめちゃなケレン味あるやつを。

久正人の『エリア51』のような魑魅魍魎の闊歩する混沌街が好き。キャスリン・ビグロー監督の『ハートブルー』のような正気と狂気の彼岸が好き。ロックスター・ゲームスの『レッド・デッド・リデンプション2』のようなどうしようもなくかっこいい悪党どもの生き様が好き。

そんな貴方におすすめの新刊です。
『マッドバレットアンダーグラウンド』
なにしろ登場人物、全員びっくりするほど悪党です。

二束三文で投げ売りされる命の応酬、正義とか倫理とかに背を向けたクズどもが織りなす、しかし驚くほど爽やかで滋味深いブラックコーヒーのような作品です。

1.ダークでノワールでブラックでシュバルツな社会

なんか悪そうな話なのは分かった。でもそれ結局、敵役の話でしょ?

ご安心ください。こちらの作品、登場人物は一人残らず悪党、悪党、悪党ばかり、悪人とクズと犯罪者のオンパレード。もちろん主人公は悪人。ヒロインも悪人。主役級から敵役、モブから敵から美少女までびっくりするほど悪党しかいません。

多額の借金を抱えた主人公・ラルフは、始末屋まがいの汚れ仕事に身を浸し、相棒のリザは根っからの殺人狂。そして舞台は、そんな二人の悪党が可愛く見えるほどに道徳観念の腐りきった犯罪街です。

この主人公チームがなかなかに生き汚く、無関係の一般人を巻き込むことも辞さない悪党ぶりはいっそ見ていて清々しいまであります。とはいえそこは犯罪街、巻き込まれる側も無辜の一般市民でもなんでもなく、巻き込まれた端から当たり前のように殺しにかかってくるので特に罪悪感も湧きません。犬も歩けば悪人に当たるし、藪を突かなくても蛇が出る、北斗の拳もびっくりなヒャッハー世界です。

そんな犯罪街が舞台ですから、もちろん悪党のバリエーションにも事欠きません。「生きるために悪事に身を染めた健気でかわいい女の子」から「自ら進んで狂気に浸った正統派悪逆非道ウーマン」まで幅広く取り揃えられています。端的にひどい。

そもそも主人公ラルフがそんな狂気の街から抜け出せない理由も、悪の美学があるとか正義感に駆られてとかでもなく、ただただ借金漬けで首が回らないためハイリスクな仕事を請けざるを得ないから。こんなズブズブに救いのない悪の巣窟から物語は始まります。マイナスからのスタート、いいよね!

2.異能と知略と半端者の主人公

悪党がいっぱい出るのは分かった。だが俺たちが求めてるのは、一味違ったケレン味なんだよ。

ご安心ください。こちらの作品、異能バトルものとなっております。それも、知略と機転で微かな勝機を掴むタイプの異能バトルです。

犯罪街に流通している、《銀の弾丸》という超常の遺物。が。それを体内に埋め込んだ者は《銀(シロガネ)使い》と呼ばれる人間兵器となって、常人を超えた身体能力と超自然的な特殊能力を身につけるのです。

例えば主人公の相棒・リザがその身に宿す《銀の弾丸》に封じられているのは、悪魔〈アムドゥスキアス〉の力。〈アムドゥスキアス〉といえば、音楽や楽器を操るゴエティアの72悪魔の一柱として有名ですね。本作における〈アムドゥスキアス〉のもたらす能力は、「音」です。リザは、無音から爆音まであらゆる音を自在に支配する音使いとしての能力を奮います。

一方で興味深いのは、主人公・ラルフの能力です。彼の《銀の弾丸》に封じられているのは悪魔〈ハルーファス〉の力。ゴエティアの〈ハルーファス〉が武器弾薬を司るように、ラルフの異能は「事前に購入した武器弾薬を自在に出し入れできる」というもの。この能力によってラルフは戦闘時においては圧倒的な弾幕を展開できる訳ですが、この「事前に購入した武器弾薬限定」という点がミソ。つまりラルフは借金返済のために多数の武器弾薬を購入しなければならず、強敵と戦う度に札束が飛んでいく悪循環に苦しめられている訳です。

おまけに、この〈ハルーファス〉の能力はあくまでも「武器弾薬を出し入れできる」だけであり、要するにどんな強力な銃器でもリザを始めとする《銀使い》たち人間兵器の力を前にすれば、ハッキリ言って戦力不足。立ち塞がる敵は9割9分が常軌を逸した化物揃いで、ただの銃弾がまともに通じる相手ではありません。主人公ラルフの戦闘能力は作中でも低めの部類であり、だからこそ彼は知略を武器に立ち回らなくてはなりません。

ぶっちゃけこのラルフの能力は、異世界転生モノではよくある「アイテムボックス」系の能力なわけで。とはいえ、この「アイテムボックス」系能力者が世界有数の犯罪街にぶち込まれると、どうなるのか? というのは間違いなく本作の強烈な独自性です。

加えていえば――悪魔の力を借りる《銀使い》達の最後が、真っ当なものであるはずがありません。そのじんわりとおぞましい死に様も、本作の魅力の一つ。やっぱ人間、最後がいちばんエンタメですよね!

3.正気と狂気の境を歩む

ド派手に胡乱な話なのは分かった。けど、戦闘ばかりの薄っぺらいようじゃ物足りないなぁ。

ご安心ください。こちらの作品、驚くほど緻密に「人間」というものが描かれています。

大半の《銀使い》は、その強烈な能力と引き換えに精神や人格に異常を来しています。それは体内に悪魔を飼っているがゆえの狂気であり、例外なく悲惨な結末が待っているという呪いでもあります。《銀使い》達こそ、狂気の犯罪街の中でその最先端を駆けるチキンレースの代表選手な訳です。

一方、主人公ラルフが《銀使い》としては戦力不足なのは先程申し上げた通り。そのためにラルフは、必ずしも狂気に適応してはいません。人間らしい怯えと苦悩を皮肉で隠して、日々借金返済のため狂気の街を駆けずり回っているのが彼です。

私は決して極限状態で発露するものが人間の本質だなんて思いませんが、そうはいっても追い込まれた人間から表出するものは多種多様。正義と道徳が凋落した犯罪都市で、狂気の影に怯える人間が藁のように掴んだ頼りない正気ほど美しいものはありません。

この主人公のキャラクター造形がとにかく絶妙であり、つまらないジョークで必死に本音を隠し続ける男の見苦しいまでの足掻き様は、あまりにも普通の「人間」です。ナヨい男が悩むの、人類は好きよね!!

あえて言うなら正気担当のラルフに対して狂気担当の相棒リザの配置もまた見事で、二人が織りなす軽妙な罵詈雑言は見ものです。濃いめの設定と怪しげな登場人物たちにコーティングされた、美しく無駄のないプロットには唸らされることでしょう。

4.生き汚い悪党は美しい

  • 悪党と犯罪者とクズと化物しか出てこない物語
  • 王道知略の異能バトル
  • どこまでも半端者な主人公が素敵

まとめるとこうです。そして、主人公ラルフが発したこのセリフ。

「とにかくシエナ。さっきも言ったように、俺たちは全力でお前を守る。何故なら自分の命が惜しいからだ。お前がオルテガに攫われると、俺たちの立場は致命的に悪くなるからな」

――5.Dear Enemies より

要するにこれに尽きます。敵も味方も主役もモブも、悪徳に支配された退廃の街だからこそ、みんながみんな生きることに懸命なんです。死にたくないから裏切りもするし、生きていたいから手を取り合う。打算に彩られた薄氷の関係性だからこそ、か細い命が一層美しい。生き汚いクズども一人ひとりが愛おしく、いつの間にかこの悪徳の物語に共感してしまうこと請け合いです。

古今東西、やたらしぶとい悪党や一生懸命すぎる悪役は常に愛されてきました。人類は生き汚い悪党が好きであることは、歴史が証明している通り。人類、『マッドバレットアンダーグラウンド』を読みましょう。全人類読みましょう。

生き汚い悪党、好きでしょ?

記事を共有する