夭折した歌人の足跡を追う〜石川啄木入門! おすすめ本3選~

2020年4月より、石川啄木を主人公とする『啄木鳥探偵處(きつつきたんていどころ)』というアニメが放送されています。時は明治時代——歌人の石川啄木が金田一京助(啄木と同郷の先輩で、言語学者)とバディを組み、謎に挑むというミステリー作品です。芥川龍之介や萩原朔太郎、江戸川乱歩など、同時代の数々の文豪も加えての探偵譚であり、啄木の短歌も物語の重要な要素となっています。

作中の啄木は女たらしで借金魔、けれども頭の回転が速く、見事な推理で謎を解いていきます。時代設定が啄木達が生きていた明治時代であることや、実際の啄木の短歌が元になったストーリーなだけに、これらがどこまで本当なのか、と気になった方も多いのではないでしょうか。

啄木は本当に女癖が悪かったの? 悪びれずに借金を重ねていたのは誇張? 作中に出てくる短歌の、本当の意味は? などなど、史実と比べてみたくなりますよね。

ここでは、そんな啄木の作品と人柄を知るためにオススメの入門本を紹介します。実際の啄木作品を読むと、よりアニメを楽しめるかもしれません。また、これをきっかけに、啄木その人や同時代の文豪に興味を持つのも面白いと思います。

短歌作品はもちろん、短歌からだけでは知ることができない、ユニークで多彩な啄木の一面に、ぜひ触れてみてください。

「悲しき玩具」(280円文庫シリーズ-ハルキ文庫)

石川啄木は、26年という短い生涯の中で、『一握の砂』と『悲しき玩具』という2冊の歌集を出版しています(『悲しき玩具』は、死後出版)。この文庫では、『一握の砂』よりその第一部「我を愛する歌」と、『悲しき玩具』の全短歌を収録。ふだんは短歌を読まないという人も手に取りやすい、コンパクトな1冊です。しかも、280円というお手軽な値段が嬉しいですね。

 はたらけど
 はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり
 ぢつと手を見る

 たはむれに母を背負ひて
 そのあまり軽きに泣きて
 三歩あゆまず

教科書で目にした歌や、何かと引用される歌も多いので、読んでいくと「知っている」と思う作品も多いでしょう。また、児童用などを例外として、短歌は基本的に現代でも旧仮名遣い(昔の日本語表記)で表記されているのですが、この文庫は旧仮名の下に現代仮名遣いも併記されているので、旧仮名に慣れない人も読みやすくオススメです。

平易な言葉で綴られた詩情あふれる作品は、読むだけで懐しく感じるかもしれません。31文字の中にその魅力がぎゅっと詰まった啄木短歌。啄木は100年以上前の時代を生きた人ですが、その作品は現代にも通じる切なさが閉じ込められています。

アニメの啄木は、ちょっと人をからかいすぎたり、お金にだらしなかったりします。モデルとなっている実際の啄木にも、そういうところがあったようです。わがままで怠け者、仕事が続かないくせに女遊びをしたり、友人から多額の借金をしたまま返さなかったり。親孝行も、「たはむれに〜」の歌の通りだったのかは疑わしいところです。しかし、その心情を短歌として詠みあげる時、それは彼の生活の形をとった芸術になっています。

 東海の小島の磯の白砂に
 われ泣きぬれて
 蟹とたはむる

 ふるさとの訛(なまり)なつかし
 停車場(ていしゃば)の人ごみの中に
 そを聴きにゆく

 

じっくり短歌を読むのに最初は慣れないかもしれませんが、そういう時は解説から読むのもアリです。この本では、枡野浩一さんが解説を書かれています。

枡野さんは、かんたん短歌(糸井重里さん命名)で知られる、親しみやすくわかりやすい短歌を作る現代の歌人。日常目線で詠まれるストレートでセンチメンタルな作風は、啄木と通じるところがあると思います。枡野さんの啄木への共感と愛がある、素敵な解説です。

「ローマ字日記」(岩波文庫)

啄木が23歳の時に、ローマ字でつけていた日記です。なんでわざわざローマ字で? と思われるかもしれませんが、内容を読めば納得してもらえることと思います。仮病で立て続けに会社を休んだり、人に借りたお金で洋食を食べたり、はたまた娼婦を買ったり……。啄木は、自己のダメっぷりを赤裸々に日記に綴っています。それがとても面白い1冊です。

個人の日記、それも人に読まれないようにわざわざローマ字でつけた日記なので、いわゆる自虐ネタ本とも違います。そこにあるのは、なんで自分はこんなにダメなのだろう、という嘆きと同時に、そんな自分を認められない高すぎるプライドです。時にそんな自分を憐れみながらも、悩み苦しみながらありのままに日記を綴る啄木。このメタ自己感、なんだかとても現代人っぽいですね。もし啄木が令和で生きてツイッターをしていたら、ながながと自己分析ツイートをしてそうです。

この頃の啄木は、東京で小説家として一旗揚げようとするも全く売れず、北海道に家族を置き去りにしている罪悪感に苦しんでいました。啄木の父親は禅寺の住職でしたが、啄木18歳の時からその職を罷免され、ずっと無職。また、啄木は4人兄弟ですが、彼以外はすべて女子です(ただし、長姉は死別、次姉はすでに嫁ぎ、妹はキリスト教の伝導婦になるため家を出ていました)。そのため、一家の家計は啄木一人の肩にかかっていました。彼は若くして、妻子だけでなく両親も養わなければならなかったのです。しかし、新聞社に就職しても、啄木は働くどころか現実逃避してばかりいます。そんな毎日なので、もちろん借金は全く減りません。

ローマ字日記は、全編こんな調子です。しかし、小説に挫折して書いたこの日記が、啄木の作品の中で、もっとも文学的だと言えるでしょう。エゴイスティックな内容の中にふいに現れる美しい情景、交流する文学者たちを的確に描写する筆力、そして文学への絶望と未練の気持ち。美化しようにも美化できない、そんな自分に絶望しても、毎日は続いていきます。啄木は自分のどうしようもない日常を、文学として昇華しようとしていたのかもしれません。

そんな啄木に共感するもドン引きするも、あなたの自由です。学校や会社に行きたくない日に読むのがオススメ。

「ちくま日本文学33 石川啄木」(ちくま文庫)

この「ちくま日本文学」シリーズは、近代から現代まで40人の作家の作品が、それぞれ1人1巻として編まれた文庫本型の選集です。日本文学を代表する作家たちの入門書として、最適なシリーズといえるでしょう。

この啄木の巻では、短歌のほかにも、詩、小説、評論などがバランスよく収録されています。まさに、手軽に啄木を俯瞰するのに持ってこいな1冊。え、啄木って短歌だけの人じゃないの? と思ったあなた。そうなんです、啄木は短歌以外の作品も、とても面白いんですよ。

啄木は26年という短い生涯の間に、短歌以外にも様々なものを書きました。死後、彼の短歌は有名になり、その作品は後世に大きな影響を与えます。それとともに、短歌以外の作品もまとめられ、日の目を見ることとなったのです。

啄木のバイタリティー、創作意欲は、一体どこから湧いて来たのでしょう? いろいろなジャンルから多角的に啄木作品に触れてみることで、それを探るのも一興だと思います。また、批評家としての啄木には、彼なりの文学論、文学愛が感じられて刺激的です。生活と芸術という命題に、熱く鋭くぶつかっていく啄木が読めます。

この選集がユニークなのは、啄木の手紙が収録されているところです。親戚や友人から、多額の借金をしていたという啄木。現代の感覚からすると、会社を休んでばかりのだらしない人に、お金なんか貸したくはありません。では、なぜ当時の友人らは、それでも彼にお金を貸したのか? 啄木の書く生き生きとした手紙を読めば、その一端がわかるかもしれません。

日記もそうですが、啄木のプライベートな記録はとても現代人の感覚に近く、読んでいると等身大の彼を身近に感じます。また、人をその気にさせる情熱、どんなことにも恐れず挑戦する行動力があったようです。そんな啄木に口説かれると、嫌とは言えない人が少なからずいたのでしょうね。

おわりに

啄木入門にオススメの3冊、いかがでしたでしょうか?

誰もが知っている哀愁ただよう短歌作品と、本人像のギャップ。そして、そんな本人像を知ることができる、日記や手紙のレベルの高さ。彼の性格を知ったうえで短歌作品を読み返すと、また新しい発見があると思います。まさに、啄木は知れば知るほど面白い人物だと言えるでしょう。

さらに啄木は、詩集や評論だけでもそれぞれ一冊の文庫本になっているという、とてもレアな人です。ここで紹介したのは、あくまで一部。興味を持った方は、ぜひ他にもいろいろ読んでみてください。啄木の多彩さは、私たちを飽きさせませんよ!

『啄木鳥探偵處』以外にも、啄木はアニメや漫画、ゲーム作品に登場しています。媒体ごとに強調されている要素が異なるので、本を読んだあとに、そのキャラクターを比べてみるのも楽しいですね。

読む人の数だけ、それぞれの啄木像があるのだと思います。あなたなりの啄木の魅力を、ぜひ探ってみてください。

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