怪人と二人で一緒にレッツ死体遺棄 / 斜線堂有紀『死体埋め部の青春と悔恨』レビュー

大学裏のボロアパートには正体不明の怪人が住んでいて、私は彼のせいで学生生活を派手に棒に振るものだと思っていました。無意味な情熱と半端なリビドーを滾らせて、私は爽快で時間の無駄に過ぎない喜劇に身を投じるものだと思っていました。身も蓋もなくいえば、『四畳半神話大系』に出てくる樋口師匠のような人が私をどこか遠いところに連れて行ってくれるんだと、そう無邪気に信じていました。

人生ですね。そんなふうに森見登美彦作品に憧れたことのあるあなたにおすすめ。
斜線堂有紀『 死体埋め部の悔恨と青春 』をご紹介です。

先輩に憧れたすべての大学生へ

「いやあ、でもさ、万全盤石な『死体埋め部』にも足りないものがあるわけよ」
「……モラルとか?」
「愛すべき後輩、楽しい飲み会、そして何より合宿だよ!」

――「第一話 死体埋め部と指折りフェティシズム」より

大学にいる「怪人」というモチーフ

「怪人」に出会ったことはありますか。この人に気に入られるのはあまりに危険だ、と本能で直感するような、それでいてこの人に好かれたい、とどうしようもなく惹かれてしまうような、そんな人。そうした理念型は「大学の先輩」という形で現出しがちです。

おお、「大学の先輩」……! 「大学の先輩」!! それは見果てぬ夢、理想の軛。我々が憧れながら決して手にすることができなかったもの。

そりゃ大学だろうがどこだろうが探せば「怪人」はいます。本来住んではいけない部屋に勝手に間借りして実験用のシャワーで身体を洗い怪しげな商売で学費を稼ぐひん曲がった苦学生とか、学生身分ながら会社を持ち六本木で愛人を囲う別世界の住人とか! 実際いる! 噂ぐらいは聞いたことがあるかもしれないし、顔と名前を知っているかもしれないし、連絡先だって知っているかもしれません。

けど、そんな「怪人」と私の、そして私たちの人生は決して交わらなかったのです。我々はそれなりに真面目な普通の学生でした。それなりに授業に出席し、バイトに精を出し、一丁前に青春したりしなかったり、たまにサボったり留年したりしながらなんやかんやで円満な学生生活を送ってしまったのが私たちです。「怪人」は危険な存在だからこそ、敬して遠ざけることはあれど濃密に付き合うことまではできません。そんなヤツのために丸一年留年追加する勇気なんかありません。だからこそ、そんな「怪人」たちへの憧憬は捨てられません。

でも、もしもそんな怪人……「大学の先輩」に、まかり間違って気に入られてしまったら?
あの時、単位を、あるいは人生を投げ捨てる勇気を出して、一緒に飲みに行っていたら?

そんなifを夢想せずにはいられない私たちに必ず刺さるのがこの小説です。なにしろ、この作品にはこの上なく魅力的で、あまりにも危険な先輩が登場するのですから。

その先輩こそ、「死体埋め部」部長。神学部三年、織賀善一。
冗談でも伊達でもなく、死体遺棄という犯罪に手を染める男です。

怪しい先輩と楽しいドライブ

主人公・祝部(はふりべ)は物語冒頭でうっかり人を殺してしまいます。いやいやそれだけですでに大事件なんですがそこはそれ。うっかり人を殺してしまった祝部の元にふらりと現れた赤ジャージの男は、彼に語りかけるのです。

「助けてやろうか?」

東北の田舎町に生まれ、進学を機に東京で一人暮らしを始めたばかりの祝部くん。受験勉強に精を出して合格を勝ち取り、両親と一緒にアパートを選び、ちゃんと大学のオリエンテーションに出席し、大学のロゴ入りの紙袋をぶら下げたぴかぴかの新入生。始まるはずだった彼の輝かしい大学生活は、うっかり人を殺してしまったことで台無しになること間違いなし。そんな折、幸か不幸か出会ってしまったのが赤ジャージの男、織賀先輩です。

「死体埋め部」部長を名乗る織賀先輩は、祝部が殺してしまった男の死体を誰にもバレないよう処理してくれると申し出ます。当然それは疑問の余地なく非合法、パーフェクトな死体遺棄。最高にワクワクしてきますね。しかし異常な状況に追い込まれていた祝部は、魅力的な笑顔を浮かべて救いの手を差し伸べる織賀先輩の手をうっかり取ってしまうのです。

もちろん「死体埋め部」はファンタジーでもなければマジカルな部活でもありません。よって死体を車に乗せて、然るべき場所に赴き、スコップで穴を掘って埋めてやる必要があります。そんな訳で、祝部は死体と一緒に織賀先輩の車に乗り込み、死体埋めスポット「オリガマウンテン」(曰く最悪のネーミングセンス)へのドライブへと洒落込むのでした。つらい。

ご機嫌サイコパスと一緒に死体を埋める話

「シートベルトちゃんとしてよ? 俺、そういうのちゃんとしたい派だからさ」

――「第一話 死体埋め部と指折りフェティシズム」より

そんな訳でなし崩し的に始まる「死体埋め部」の部活動! といってもやってることは深夜に一時間半ほどドライブして山に向かい、えっほえっほと穴を掘って死体を埋めるだけ。ですが、祝部にとって初めての死体埋め活動には、もうひとり分の登場人物が付属していました。

織賀先輩の車には、祝部が殺してしまった死体とは別に、美人な女性の死体が乗せられていたのです。ちゃんとシートベルトを締めた状態で。

当然、織賀先輩が殺した死体ではありません。織賀先輩はモラルはないけど職業倫理だけはしっかりしてるプロの死体埋め人、あくまでも死体を埋める人であって死体を作る人ではないのです。つまりこれも立派な「死体埋め部」の部活動。織賀先輩は、別のクライアント(殺人犯)の依頼で死体を回収、埋める仕事の最中だったのでした。冷や汗ダラッダラな祝部を前に、織賀は慣れた調子で優しく気さくな先輩ムーブ。ご機嫌な雑談スキル、シートベルトはしっかり締めたい几帳面さ、それでいて平気で死体遺棄ビジネスに手を染めるモラルの乱高下に祝部はドキドキしっぱなしです。すでに祝部も犯罪の片棒を担ぐ共犯者。織賀は軽いジョークと脅迫を織り交ぜつつ、祝部を「死体埋め部」に巻き込みます。織賀を評して曰くはご機嫌サイコパス。なるほど織賀もまた大学に潜む怪人であることに間違いはありませんでした。サイコパスだけど。

かくして祝部は、あれよあれよと「死体埋め部」のビジネスに沈んでいくのでした。

共犯こそが最も甘美な関係である

「祝部ー!! いるんだろ!! 出て来いよ! おら! 俺だよー! 宗教勧誘とかじゃなくて、お前の織賀先輩だよー!!」
 祝部は布団の中で縮こまりながら、ひたすら震えた。別に宗教勧誘やセールスを疑っていたわけではない。というか、そっちの方が百倍マシである。あの暴力的なノックの音からして、何となく厄災の到来は予感していた。ああ、なんということだろう。悪夢が日常と地続きになっていらっしゃる。
「祝部 ー!! ほらほら早くー!! お前の大事な織賀先輩、ちょっとノック飽きてきたよー!! 祝部ー!!」
「ひいい」
「てめえいつまでも 俺がこうしてると思うなよ! こんなドア一枚どうにでもなんだからな!」

――「第二話 死体埋め部と悪夢のディレッタンティズム」より

ご機嫌サイコパスと共犯に手を染めるアンモラル日常

 「共犯こそが最も甘美な関係である」

 なんて、誰の言葉だったのやら。原典がよくわらかないまま、誰も彼もがこの言葉を引用したがるのは、それだけ「共犯」という関係に人類は普遍的に惹かれてしまうからなのでしょう。

当然、「死体埋め部」における祝部と織賀も共犯関係になります。冗談抜きで額に汗して一緒に死体を埋めた仲です。どちらかがどちらかを告発しただけで容易にすべてが変わってしまうし、かといって今更足抜けすることもできない微妙な関係。だって織賀はサイコパスだけど"大学の先輩としては"とても魅力的で、そんな織賀のほうも祝部を死体埋め部唯一の部員として大いに愛しているのですから。それこそ、祝部のアパートに襲撃してくるくらいに。

織賀は優しい先輩です。複雑な単位履修システムに悩む祝部に代わって、楽な単位や必要単位数、必修科目やら教養科目やら、それに朝イチの授業は避けたいとか全休の日は確保したいとかの要望も込み込みで完璧な履修表を後輩のためにほいほい組み上げてくれます。

そして、もちろん死体を埋めてお金を稼いでいるのです。織賀の人物造形こそ、我々が求めた「怪人」そのもの。我々が憧れた「大学の先輩」の姿そのもの! それでいて、こんだけ嫌な先輩もいません。だってマジもんの犯罪者なんだもん。そんな怪人に、祝部は共犯という蠱惑を通してズブズブとハマっていきます。

何度も何度も後悔しながら離れがたい死体埋め部の魅力

逃げられない。人には言えない。後ろめたい。代わりはいない。それでいて危うい関係。

織賀先輩とラーメンを食べて他愛のない話をしたり、織賀先輩にテスト対策を手伝ってもらったり。そして週末は死体処理に手を染める日々。それが祝部にとっての学生生活になりました。

「怪人」に憧れた我々にとって、織賀の存在はまるでアンチテーゼです。森見登美彦作品に登場する怪人たちは、怪しげで、有害で、酷薄で魅力的でしたが、いずれも「学生生活を有意義に過ごす」という方向に向けてのみ有害であって、決してマジもんの犯罪者ではありませんでした。いえ、確かに社会制度から逸脱した存在ではありました。例えば『四畳半神話大系』の樋口師匠。長年の悪戯合戦を繰り返す相手のダッチワイフを盗み出したり、図書館の図書を一年以上も返却しなかったり、後輩たる弟子たちにいつでも奢らせたりと、犯罪すれすれ(時にちょっと犯罪)の行為を働いてきた樋口師匠ですが、そこにはある種のユーモラスさがありました。森見作品における「怪人」はあくまで浮世離れした「怪人」であって、生々しい犯罪者なんかではなく、ある種の幻想を備えた存在だったと思います。

でも織賀は違います。マジもんの犯罪者です。さらにいえば、彼は確かに社会制度から逸脱した存在ではあるけれども、その逸脱は単に「死体遺棄」という生々しい刑法への抵触によって担保されたものです。我々が織賀に感じるおぞましさは、きっとその犯罪性なんかではなく「死体処理をビジネスにする」という生理的な嫌悪感故でしょう。

作中でもちらりと「屠る」と「祝る(はふる)」の民俗学的な位置づけの話が出てきますが、
まさしく生と死に関わる事柄は、文化人類学的にいえば「超越」の領域、宗教学的にいえば「聖」なる領域にあたります。我々人類の社会は死を儀式によって鎮めることでその安寧を守ってきました。だからこそ、その死のルールを逸脱し、誰にも知られない裏山(オリガマウンテン)に埋め去ってしまう織賀に対して、我々は言いしれない気持ち悪さを感じてしまうのでしょう。

なぜ、私がこの本を「大学の先輩/怪人に憧れた人」におすすめするのか。その理由がそこにあります。織賀に見初められてしまった祝部。織賀に対する憧れと恐怖は、読者である我々の感じる憧憬と嫌悪感と綺麗にシンクロします。どうして我々が「共犯」という関係を特別に愛してしまうのか、その根っこを感じ取ることができる筈です。

ドライブする死体の不毛で軽快なミステリー

「死体埋め部」はビジネスです。多くは計画的に、ときには突発的に発生した殺人に対して死体埋め部は死体回収に向かい、決して見つからない山奥へと死体を運ぶ楽しい部活です。だからこそ、死体埋め部は多種多様な死体に遭遇します。

たとえば、祝部が織賀と遭遇した時に彼が車に乗せていた最初の死体。美人な女性であるその死体は、どういう訳か左手の指が全部折れていました。そこに興味を抱いた織賀は、他愛のない雑談として祝部に「その死体の秘密」を問いかけます。

なぜ、左手の指が全部折れているのか? 祝部はその理由を、死体を細かく観察することで推察していきます。そりゃ一介の大学生に過ぎない祝部は嫌々ながらそんな推理をする訳ですが、何しろ共犯者の織賀がそれを問うのですから避けられません。おっかなびっくり、それでいて怜悧な視線で祝部は死体の秘密を解き明かしていきます。

その意味で、本作はきちんと「ミステリー」です。なぜ、彼女は死ななければならなかったのか。どうしてそんな死に方をしてしまったのか。普段ミステリーものを読まない私でも、祝部と一緒になって推理をしてしまうような、軽妙な推理パートも魅力の一つです。

とはいえ、それはあくまで悪趣味な「雑談」に過ぎません。祝部は事件の真実を明らかにする探偵ではなく、むしろ事件を闇に葬る片棒です。推理の目的はあくまでもご機嫌サイコパスもとい愛しき織賀先輩を楽しませること、オリガマウンテンまでの一時間半の時間を潰すこと。真実などなく、あるのは一時の知的な享楽だけです。

暇つぶしに開催される、二人きりの推理大会。ミステリーとしてはある意味で邪道なのかもしれません。それでも、この推理パートには意味があり、そして間違いなく本作の魅力の一つです。

最初の死体は、左手の指が全部折れた美人。次の死体は、大量の辞書を抱えた普通の女性。そしてまたある時の死体は、祝部が惹かれた同学年の女の子でした。

先輩に憧れたすべてのわたしたちへ

「俺はいつだって本気だよ。冗談だと思ってたか?」
「冗談だったらよかったんですけど」
「隣にいるのがお前のリアルだよ。それじゃあ祝部。今回の被害者の名前は――」
「……言わなくていいです。俺は彼女を知ってます」

――「第三話 死体埋め部と恋するエウヘメリズム」より

「見知らぬ人の死体を埋める」ことから「片想いの相手を埋める」事件へ

「死体埋め部」なんてアコギな商売、それでもかろうじて祝部が学生生活という日常を過ごせていたのは、死体を作るという営為すなわち殺人劇がどこまでも他人事だったからに過ぎません。なのにある時、織賀が車に積み込んだのは、祝部もよく知る同じ大学の女子学生でした。

身近な誰か、それも惹かれていた女の子を埋めるということ。始まりかけのラブロマンスを埋める祝部。そこで浮き彫りになるのは、安っぽい悲恋の物語なんかじゃありません。むしろそこで出てきたものは、織賀という先輩に対する複雑な感情でした。要するに、男同士の嫉妬でした。

片想いの女の子の最後という極限のプライバシーを知る織賀という男。そこで祝部が思うことは、織賀に対する嫉妬……ではありません。もちろん織賀に対する多少の気持ちはあるでしょうけどそんなものは些細なこと。むしろ祝部は、織賀にとっての特別となった彼女に対して嫉妬の欠片を発露するのです。

どうしてそこで男同士の嫉妬になるんだよ!? ――その点については、ここで語ることはしません。ただ、そこで問われるのは「特別な関係」という意味そのものです。誰かにとっての特別になるということ。特別な秘密を共有するということ。すなわち「俺じゃなくても良かったんだろ」と「俺じゃなければだめなんだろ」の鬩ぎ合いです。

どうして特別な関係になったのが自分だったのか。他の人ではだめだったのか。なぜ数多の人間の中から自分が選ばれたのか。例えば、現実の我々には親友みたいな存在がいたりいなかったりする訳ですが、その親友は本当に彼でしかあり得なかったのか、という話です。一回性の問題であり、代替可能性の問題です。

つまりめちゃくちゃ噛み砕いていうと男同士でやる「なんで俺と付き合ってんの?」というやつですね。すなわち男同士の巨大感情!! 恋愛感情じゃないんですよ、それはクソデカ感情と呼ぶには薄情な、けどどこまでも存在論的な感情のぶつけ合い!! 

この本を読んで、私は祝部でした。大丈夫、読めばあなたも祝部になります。性別も年齢も何もかも関係ありません。この祝部と織賀の二人の感情の鬩ぎ合いを浴びれば、きっとあなたも自分の中の祝部を見つけられますから。

先輩に憧れたすべてのわたしに読ませたい

  • 大学の怪人に憧れた人に読んで欲しい
  • 共犯という特別な関係の魅力
  • 誰かにとっての「特別になる」ということ

要するに私が言いたいのはこういうことです。「怪人」に憧れた全人類に読んで欲しいし、共犯に燃える回路を持った全人類に読んで欲しいし、そして誰かに憧れた、特別な関係に焦がれたことのある人全員に読んで欲しいと切に願います。

余談ですが……私も、怪人に親しんだことがあります。私の知っている怪人は、森見作品に出てくる怪人というより、本作の織賀にむしろ近いタイプでした。だからこそ私は彼と袂を分かつことになり、私の怪人はより深い闇に足を突っ込んで、そのまま帰ってきませんでした。彼と共に行かなかったことを私は心の底から安堵しつつ、同時に後悔もしています。そんな忸怩たる思いを、織賀は私に突きつけてきました。

皆さんもこの本を読んで「あなたの怪人」話を聞かせてください。是非、お互いのトラウマを交換してスネの傷を舐めたり刺し合ったりましょう!

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