『文体の舵をとれ』(フィルムアート社)は、アーシュラ・K・ル=グウィンの“Streeting the Craft Twenty-First-Century Guide to Sailing the sea of story”,Mariner Books,2015の大久保ゆう氏による全訳だ。
アーシュラ・K・ル=グウィンは1929年にカリフォルニア州バークレー生まれ。1962年に作家としてデビューし、『闇の左手』(早川書房)などの「ハイニッシュ・サイクル」シリーズ、「ゲド戦記」シリーズ(岩波書店)、「空飛び猫」シリーズ(講談社)などを手がける。「SFの女王」や「西の善き魔女」とも称され、2018年1月に亡くなる。
そのアーシュラ・K・ル=グウィンが、小説の書き方についての手引きを書いたのが『文体の舵をとれ』である。
この記事の目次
物語作家のための指南書
本書は物語作家のための指南書である。自作の執筆に励んでいる人たちを対象にしている。
まったくの初心者向け――これからお話を作って書いてみようという人向けではないことは初めに明記しておいた方がいいだろう。
1969年にル=グウィンは「文体の舵をとること(ステアリング・ザ・クラフト)」というワークショップを立ち上げ、それを1冊の本に仕立てた。
個人で執筆に励む人のみならず小さなグループに向けて、論点と練習問題を収めた自主学習セットだ。
(『文体の舵をとれ』p.7)
とル=グウィンは書いている。
したがって、本書のターゲット読者は文章の基礎練習の考え方や論点を求める物語の書き手である。
また「本書のねらい」でル=グウィンは情熱的に、以下のように書いている。
技術が身に着くとは、やり方がわかるということだ。執筆技術があってこそ、書きたいことが自由自在に書ける。また、書きたいことが自分に見えてくる。技巧が芸術を可能にするのだ。
芸術には運もある。それから資質もある。自分の手では得られないものだ。ただし、技術なら学べるし、身につけられる。学べば自分の資質に合う技術が身に着けられる。(『文体の舵をとれ』p.11)
ル=グウィンが重視しているのは、技巧(クラフト)である。それなしでは、物語は書けない。
論点と構成
『文体の舵をとれ』の論点と構成は以下のようなものだ。
- 言葉のひびき
- 句読点、構文、語りの文と段落
- リズムと繰り返し表現
- 形容詞と副詞
- 動詞の時制と人称
- 声(ヴォイス)と視点(Point Of View)
- 直接言わずに語ること、どれだけの情報を伝えるか
- 詰め込み、跳躍、焦点、制御
語りの基本要素に関わる8点を、10章に分けて、ル=グウィンが解説を施す。さらに実例として古典作品が多く挙げられ、練習問題がある。読書案内もついているので、それも参考にしたい。
例として「第1章 自分の文のひびき」を読んでみよう。
言葉のひびきこそ、そのすべての出発点だ。
(『文体の舵をとれ』p.22)
とル=グウィンは書く。
オノマトペ、インパクトのある言葉。それと同じように言葉のひびきはに関心を傾ける書き手がいることをル=グウィンは最初の章に書く。
実例としてラヤード・キンプリング、マーク・トウェイン、ゾラ・ニール・ハーストン、モリー・グロスの書いた文章を挙げ、音読してみるように促す。
練習問題の実戦
私も実際に4つの実例を音読してみた。すると、五感がとても刺激されていることに気がついた。
キンプリングの「どうしてサイはあんな皮なの」ではケーキの焼ける甘い香りが今まさに、鼻をくすぐるような感覚になった。そしてそのケーキは現実にはありえないけれど、イメージができる文章になっていることに気がついた。現実では「幅60センチ、分厚さ1メートルのケーキをコンロで焼く」ことはできない。しかしフィクションのなかではそれは可能だ。まるで『ぐりとぐら』のカステラのようなイメージが沸いてくる。
トウェインの「その名も高きキャラヴェラス郡の跳び蛙」は方言が効果的に使われている一例だろう。この文章をスラスラと読めたら、とても楽しいだろう。そして黙読ではわからない言葉のイントネーションなども重要であることに気がついた。
ハーストンの『彼らの目は神を観ていた』は死と向き合った女性の描写と風景描写が流れるように書かれている。その描写力は「次にいったい何が書かれているか」という吸引力で読者を文章から目を話すことを許さない。音読してみると、次へ、次へと口が先走る。これも良文が持つ力だろう。
モリー・グロスの『馬の心』はとても静かでささやかな動きが、ガンの初期症状の激痛と対比して書かれている。そして登場人物のガンに冒されたトムの日常が、少しずつ病気のせいで変わっていくような描写も今後の展開を予測できる伏線となっている。黙読ではトムのささやかな変化を私は見落としてしまった。
音読は言葉の響きや、文章の構成などを知る一番手っ取り早い方法なのだ。
第1章の練習問題はこのように設問されている。
①声に出して読むための語り(ナラティブ)を書いてみよう
②1段落くらいの文で、動きのある出来事をひとつ、もしくは強烈な感情を抱いている人物の描写
このような具体的な設問をして、少人数でのグループでの、実演と鑑賞も勧めている。グループで練習問題を解くときの注意事項も丁寧に書かれている。
「文はうきうきと」、と練習問題の前に書かれているが、「声に出して読むための語り」を書くことは難しい。なぜならば黙読になれていて、言葉の持つ響き、ビート、リズムなどを意識し始めると、文字を書く手は止まる。確かにこの練習問題は、初めて物語を書く人間には難題だろう。
しかしこれから物語を書いていく上で、音読は欠かせない。文章の推敲には音読が不可欠な場合が多い。誤字脱字や文章のねじれなどは、音にしてないとわからないことが多い。やはり音としての文字がまだまだ重要なのだ。ル=グウィンが「自分の文のひびき」を最初の章にもってきたのは、音としての言葉の重要性を非常に重きを置いているからだろう。
物語を書いていて行き詰まりを感じたり、文章が変だ、と思うとき、私は何度でもこの本を開くだろう。