モダニスト、フェミニストだけではない「かわいい」ヴァージニア・ウルフ

あなたは『かわいいウルフ』という日本発のヴァージニア・ウルフのファンブックをご存じだろうか。

この『かわいいウルフ』というファンブックは初めに同人誌として作られた。そして1000部を売り上げるという異例の快挙を遂げ、その後2021年3月に亜紀書房から出版された。

収録内容は作家のヴァージニア・ウルフにまつわるエッセイ、インタビュー、翻訳、料理再現やマンガなど幅広く網羅している。

ヴァージニア・ウルフはイギリスの20世紀を代表する作家で、モダニズム文学を代表する小説家のひとり。代表作に『ダロウェイ夫人』、『灯台へ』、『オーランドー』、『波』など。フェミニズムの評伝として有名な『自分だけの部屋』の作者でもある。

ヴァージニア・ウルフが「かわいい」とはどういう意味か

私はこの本を知ったときに、ヴァージニア・ウルフが「かわいい」とはどういうことか、頭をひねった。疑問を抱いた私は、早速『かわいいウルフ』を紐といてみた。

また、注意深く読んでみると、人物の言動や意識が実にチャーミングで、人間臭く、茶目っ気にあふれているのがわかります。シリアスさと同じくらい、ユーモアを大切にしていた作家が、ヴァージニア・ウルフなのです。そのシリアスさとユーモアを行き来する様子を、わたしは〈かわいい〉と形容したいと思います。

『かわいいウルフ』小澤みゆき編(亜紀書房) p7

私はこの小澤みゆき氏の文章を読んで、なるほどと合点がいった。

確かに意識の流れを書いたウルフは、登場人物を辛辣に描写をすることも厭わない。しかしそれと同時に流れるように、ウルフは人間のポジティブで能天気で楽し気な姿を、おかしみを以て書いている。

一定ではない意識の流れ。それに翻弄されるキャラクターたちを、シリアスとユーモアを持って書いたウルフ。私もそんな複雑な流れに惹かれて、ウルフを読み始めたことを思い出した。シリアスとユーモアを行き来するブランコをこぐウルフの文体。それはまさに「かわいい」そのものだ。

異世界転生ものとしての『オーランドー』

『かわいいウルフ』の前半では、「異世界転〈生/性〉ラノベ作家ウルフ」と題して『オーランドー』(ちくま文庫 1998年)が分析されている。

『オーランドー』のあらすじは以下の通りだ。

舞台は16世紀から20世紀初頭。オーランドーは30歳のある日、女性となった! エリザベス1世のお気に入り、やり手の大使、社交界の人気のレディ、文学賞を受賞した詩人。変幻自在な一面を見せるオーランドー。そんな彼/彼女の300年間を生きた記録。

『オーランドー』はあらすじを読むと確かに「異世界転生もの」の先取りといえる。そしてこの小説はウルフの天井知らずの想像力と茶目っ気たっぷりで書き上げられた小説だ。

異世界転生ものとして欠かせない要素が『オーランドー』という本にはある。

また『オーランドー』には、ところどころに挿絵が挿入されています。貴族の男子オーランドーの肖像画や、恋の相手サーシャ、女性となったオーランドーのイラストなどが登場するのです。これもラノベの体裁と似ていませんでしょうか。

『かわいいウルフ』小澤みゆき編(亜紀書房) p24

そしてこの『オーランドー』は国も分野も越えて愛され続けていることが、『かわいいウルフ』のなかで明らかになる。『オーランドー』は映画・演劇・バレエ・オペラなどで翻案されている。

小澤みゆき氏はさまざまな『オーランドー』の翻案があるなか、共通しているところを上げる。

一つ共通しているのが「(翻案されたその時代の)現代までオーランドーが生き続ける」という点です。

『かわいいウルフ』小澤みゆき編(亜紀書房) p25

令和のはじめの今の日本で『オーランドー』が翻案されたら、オーランドーもまた令和日本の「現在」を生きている、ということになる。私はこの摩訶不思議な人物のオーランドーにぜひとも会ってみたい。

また小澤氏はこのように文章を続ける。

この世界に生きるオーランドーが、いまこの瞬間何をしているか? その姿は変わりつづけます。お話の骨格はそのままに、そのときそのときの「現代」に合わせてアップデートされつづける『オーランドー』は、歌舞伎や落語といった古典芸能にどこか似ている気がします。

『かわいいウルフ』小澤みゆき編(亜紀書房) p25

ラノベでありながら、古典芸能? と不思議に思われるかもしれない。それほどウルフの書いた『オーランドー』という小説の奥行は深く、今も昔も読む者の想像力を刺激し続ける名作だ。

モダニスト、フェミニストだけではない「かわいい」ヴァージニア・ウルフ

モダニズム文学の代表作でもある『ダロウェイ夫人』。「女性が小説を書こうとするなら、お金と自分だけの部屋を持たなければならない」という主張が響く、フェミニスト必読書である『自分だけの部屋』。ヴァージニア・ウルフは今も脈打つ文章を書いてきた。

しかしモダニストやフェミニストということに注目し過ぎると作家・ウルフの小説の読解の妨げになる可能性がある。ウルフの短編集を編訳した西崎憲氏はインタビュー「〈わがまま〉の中にある普遍性」でウルフのユーモアについての印象を語る。

いずれにせよフェミニストやモダニストということになっているけれど、そのせいで作家としての特性や、文章だけを読んで得るものから目が離れてしまうとちょっと嫌かなという感じがします。とにかくウルフの文に当たって判断してほしいなと。

『かわいいウルフ』小澤みゆき編(亜紀書房) p83

大きな、例えばフェミニストやモダニストという、カテゴライズによってウルフを捉えてしまうと、ウルフの「かわいさ」を見落としてしまう、と西崎氏は答えた。

そんなインタビューを読んで『かわいいウルフ』を読んで、私は『ダロウェイ夫人』を読み返した。

アンビバレンツなふたつの事象に引き裂かれて、翻弄されているヴァージニア・ウルフの言葉たちが目の前に広がっていたる。そんなウルフの文章は少女のようで健気に「かわいい」。

ヴァージニア・ウルフへの愛に満ちた『かわいいウルフ』。ウルフの入門書としてよし、深くウルフを知れる本としてよし。この一冊であなたもヴァージニア・ウルフの「かわいさ」に心奪われるだろう。

記事を共有する