近代日本の文豪たちの姿を描いた漫画5選


昨今、文豪を題材とした漫画やアニメが、メディアを賑わせています。これまで馴染みがなかった作家の本を、漫画やアニメ、あるいはゲームなどをきっかけに手に取る人も、きっと増えている事でしょう。また、一部の有名な文豪(漱石、芥川、太宰など)以外の作家も取り上げられることが多くなり、ジャンルの広がりが見られてとてもいいなぁと思います。

ここでは、そんな文豪を題材とする漫画を5つご紹介します。楽しく読めて知識が増えるものもあれば、文学者を題材にするからこその時代の表現や、創作の可能性を秘めた作品もあり、その様相は多種多様です。

とっつきにくい文豪作品も、漫画から親しむことで、ハードルが低く感じられるのではないでしょうか。古典の入り口として、ぜひお気軽に手に取ってみてください。

『文豪失格』(現在3巻まで)千船翔子

ハイテンションドタバタ文豪ギャグ漫画。登場する文豪は、芥川・漱石・太宰・中原中也・宮沢賢治など、現代でもよく名前が知られている面々です。これらの作家が「天国」にて第二の人生を満喫している(?)という設定なのですが、キャラが濃すぎる文豪たちが何事もなく平和に暮らせるわけもなく……。毎回、騒がしいドタバタを繰り広げます。

文豪たちが実際に書いた恥ずかしい手紙をお互いにばらす回、天国での同人誌即売会(参加者は紫式部にシェイクスピア、果てはヨハネまで)に参加する回、文豪たちがホストになる回……などなど、ストーリーはぶっとびですが、どの文豪の特徴もとても上手く掴んで描かれています。

惜しげもなく実際の文豪ネタが展開され、読むだけで文豪たちのこじらせっぷりが伝わってくること請け合いです。特に、太宰治のキャラがキレキレで楽しい。とにかく人からすごいと言われたい、リア充にコンプレックスむき出し、自分より不器用な人を見るとイキイキしてしまう……というように、常にこじらせフルスロットルです。太宰以外の文豪も、性格の強烈さは似たり寄ったりで、「どうしてそうなった??」と突っ込まずにはいられません。

完璧な人間ではなく、欠点のある人間にこそ愛を感じる、という方にオススメ。感受性が豊かすぎる文豪たちだからこそ、その面倒くささも含めて作者が愛情を注いでいるのがわかります。
また、ギャグマンガでありつつ、きちんと専門家の監修がついているという点にも注目です。各文豪紹介ページに、その文豪の関連漫画が挙げられているので、ここから他の文豪漫画作品を探すこともできますよ。

『先生と僕(全4巻※)』香日ゆら ※河出文庫版は全2巻

夏目漱石の様々なエピソードを紹介する四コマ漫画作品です。考証がしっかりしており、漱石の幅広い交友関係が取り上げられているので、これを読めば漱石の生涯と人間関係をざっくり押さられると思います。キャラクターも、本人に似せてありつつかわいらしい絵柄で、とても親しみやすいです。

この作品では、いわゆる文豪・夏目漱石ではなく、一人の人間としての夏目金之助(金之助は漱石の本名)の人柄に触れられるのが大きな魅力。特に、弟子たちとの温かく微笑ましいエピソードが豊富です。何かと漱石の自宅に押し掛ける弟子たちですが、漱石の温情豊かな対応を知れば、それも納得。読んでいるうちに、先生の家へ通える弟子たちがうらやましくなってしまいます。

頑固で気難し屋なところがありつつ、仕事に真面目で人と誠実に向き合おうとする漱石の人柄が丁寧に描かれており、作者がなぜ漱石に興味を持ったのかがよく伝わってきます。お茶目なところがあったり、意外と人任せだったり、といった人間臭い漱石を知ることができるのもよいですね。

幼年からその死まで、多くの人々とのエピソードが一言解説つきで紹介されており、読めば自然と漱石の友人や弟子たちの名前が覚えられると思います。また、それらの人々が綴った原文にも手を伸ばしたくなることでしょう。100年以上も昔の人の、プライベートな記録がこれだけ残っていること自体、ものすごいことですよね……。一度知れば沼にはまりそうな、魅惑の漱石ワールドです。

『月に吠えらんねえ』(全11巻)清家雪子

詩人・歌人・俳人の作品を擬人化したキャラクター達による、抒情と狂気の一大ファンタジー作品。萩原朔太郎、北原白秋、室生犀星などといった、主に近代日本の詩人たちをモチーフとしたキャラクターが大勢登場します。同時代に活躍した小説家モチーフのキャラも多く登場し、中にはかなりマイナーな詩人をモデルにしたキャラクターも。詩・短歌・俳句に限らない膨大な文学作品からの引用だけでも、作者の文学への並々ならぬ思いの強さが伝わって来ることでしょう。

舞台は、詩・歌・句を作る者たちが集まって暮らす、架空の町「□(しかく=詩歌句)街」。ここで、天賦の才能を持ちながらも全く生活能力のない朔(萩原朔太郎作品の擬人化キャラ)は、親友の犀(室生犀星作品の擬人化キャラ)が旅に出た後、街の天上松に不可思議な縊死体を見に行きます。それを機に、次々と妙な出来事が起こり始め、彼らはこの世界に違和感を抱いていくのですが……。

朔が数々の詩人たちと共に、時代と詩、その意味と罪に向き合っていくというのがメインストーリーです。文豪漫画には珍しく、詩歌俳人メイン+史実エピソードも作品引用も豊富、とそれだけでもポイントの高い本作。しかし、この漫画は読むと知識がつく、というタイプの作品ではありません。この漫画が描こうとしているのは、詩による詩の自己批判、それも深く激しい愛憎入り混じった渾身の自己批判と言えるでしょう。

近代詩に興味がなくても、創作について真剣に悩んだことのある人なら、刺さるものがある作品だと思います。

『「坊っちゃん」の時代』(全5巻)関川夏央、谷口ジロー

夏目漱石が名作『坊っちゃん』を書いた明治とは、いかなる時代であったか? という群像劇風の漫画です。全5巻でそれぞれ主役となる人物は異なり、1巻は漱石、2巻が森鴎外、3巻が石川啄木、4巻が幸徳秋水を中心に大逆事件(社会主義者・無政府主義者が天皇暗殺を計画したとされ、12名が死刑となった事件)を扱い、そして5巻はまた漱石が主人公となっています。

同時代の人物が惜しげもなく活写され、こちらで漱石と国木田独歩がすれ違ったと思えばあちらでは鴎外と二葉亭四迷が悩みを分かち合い、かと思えば啄木と森田草平(漱石の弟子のひとり)は女について意気投合し……というように、実際にありえたかもしれない物語をめぐる、ロマンあふれるストーリーです。

現代の私たちには、明治は文明開化の時代というイメージがあるのではないでしょうか。『坂の上の雲』(司馬遼太郎)に描かれるように、日露戦争で日本は大国ロシアに勝ち、侍の姿を脱ぎ捨てて近代国家となったように見えました。ところが、この漫画ではそんな明治を、旧時代と新時代のはざまで個人が悩んだ時代と位置付けているのです。しかし同時に、青年が大人になる一歩手前の時期のように、新たな夢と希望があった時代でもある、と。だからこそ、これまでとまったく違う文芸が花開いていった時代として、物語は数々の文学者を通して展開されます。

このお話はあくまで史実に基づいたフィクションですが、これだけの著名人が本当に会ってこんな話をしていたかもしれない、と思わせてくれるストーリーはとても魅力的です。特に、2巻の主役となる森鴎外は、古い時代と新しい時代の価値観に相克する近代人として描かれ、とてもかっこいいですよ。鴎外が好きな方は、ぜひチェックしてみてください。

『エコール・ド・プラトーン』(全2巻)永美太郎

最後に、完結したばかりの変わり種をひとつ。関東大震災(大正12年)後の大阪を舞台に、大正文士たちの活躍を描いた群像劇です。

主人公は、後の第1回直木賞受賞作家となる川口松太郎。彼は関東大震災で多くのものを失い、ほとんど身ひとつで新天地・大阪のプラトン社へとやってきます。そこで一緒に働くことになるのが、後に直木賞の由来となる直木三十五その人。松太郎は、ふてぶてしく人を食った直木(とてもいいキャラ!)に圧倒されつつも、大阪で着実に成長していきます。1巻ではこの2人がメインとなって話が進み、2巻では松太郎とその幼馴染の挿絵画家・岩田専太郎が新しい時代を切り開いていきます――。

文豪漫画の中でもかなりマイナーな題材ですが、大正浪漫を満喫できる素敵な作品です。レトロな絵柄、アーティスティックながらも読みやすいコマ割り、時代の息遣いが感じられる物語、と好きな人にはたまらない世界でしょう。

また、出番こそそう多くはないものの、登場する文士は芥川龍之介、谷崎潤一郎、菊池寛……などなど、多彩な顔触れです。特に、芥川の登場シーンは静かながら鬼気迫るものがあって必見。その時代に才能を輝かせた文士たちの、それぞれの生きざまが感じられます。一つだけ難を言うと、2巻で終わらずに、もっともっとこの物語が続いてほしかった、ということですかね。

めくるめく時代の荒波に揉まれながら、薫り高い文化の華を咲かせる文士たちの活躍、とくとご覧あれ。

おわりに

文豪漫画5選、いかがでしたでしょうか? ここで取り上げたもの以外にも、文豪を題材とした漫画はたくさんあるので、ぜひいろいろ探してみてください。

文豪を知るというと、一般的に読者は、その著作に触れることを手段として選びがちです。しかし、漫画でまずは文豪のキャラクターに触れるという方法も、また違った味わいがあります。作品からはうかがい知ることができない文豪の素顔を知ったり、時代性を意識した作りから歴史の勉強にもなったり。そこからさらに、好きなキャラのモデルとなった文豪作品を手に取る、あるいは史実を調べてみる、あるいは文豪同士の交友に興味を持つなど、無限大の楽しみが広がっています。

ただし、文豪を題材とした作品には、正確さを欠くものや、俗説をそのまま採用しているものもあるので、くれぐれも書いてあることの全てが史実だとは思わないようにしてください。夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したわけではない、ということも、最近は知られるようになってきました。また、最新の研究により、これまでの説が否定された例などもあるので、注意が必要です。もし、自分が情報を発信する側になることがあるならば、原文の確認をお忘れなきよう。

時代とともに、文豪の親しみ方も変わってきているのだと思います。そのことに、賛否両論あることでしょう。しかし、そもそも人が文豪作品を手に取るきっかけはさまざまです。出会いは常に、一期一会。これを機会に、文豪漫画にも興味を持っていただければ幸いです。

それでは、みなさんもぜひ良き文豪ライフを!


この記事が面白かったら……

ABOUTこの記事をかいた人

ふたみ

旅行好きのインドア派。昔の日本文学が好き。だいたい時代についていけない。