同人誌づくりという創作は、いろいろなことに分けて考えることができます。じぶん自身に返ってくる個人的なこと、みんなでたのしむ娯楽的なこと、もっとひろく業界的なこと、流通とか、本づくりのオールプロセスとか、ときには法律だって学ばねばなりませんし、つくった「後のこと」だって重要です。
それらをここではいっぺんに語ってしまいます。いっぺんに語るため、細かい記述をひどく端折りました。さらに詳しく調べ直すか、実際にやってみて肌で確かめてみてください。ここではあくまで、全体をなんとなく、それこそ観念的に知りたいかたのための事典的な紹介にとどめます。
この記事の目次
三つの方向性
じぶんに返ってくる
同人誌は、鏡みたいなものです。それは同人誌が特別そうというわけではないのですが、「手作りの究極目的」(telos)がどうしてもあらわれてきます。同人誌の業務内容や業務種類は豊富ですから、そのぶんだけたくさんの選択を強いられます。学校や職場のプリンターにセットされているようなペラペラの白いコピー用紙(PPC用紙)でつくるのか、それとも和紙でつくるのか、あるいは着色や艶出しをくわえた加工紙でつくるのか、紙だけをピックアップしても考えても、ほとんど無数の選択肢があります。そのなかからじぶんでひとつ選び出すわけですから、その選択に「じぶん」が映っているのです。
むしろ、同人誌が同人誌であるゆえんは、このあたりにあると思います。プロの作家(商業作家)のなかには、同人誌で書きたいと思うひともいるぐらいです。私もそのひとりですが、じぶんの権限と裁量が「本」という形で実現されてしまうことに、おそろしさやたのしさを感じます。
みんなでたのしむ
同人誌の周辺的なたのしみに、同人誌即売会というものがあります。有志や企業がでかい場所を借りて、参加者から参加費や売上の一部を徴収して、みんなで同人誌を持ち寄るイベントです。規模が大きくなればなるほど全国・海外からの参加者がまざるので、オフ会のような雰囲気になります。会うはずのない「あのひと」に会う口実や理由を担っているのですね。
つくり手と読み手が同人誌を橋渡しにしてつながる瞬間は、なんともいえない威力があります。もちろん印刷したぶんが完売できればうれしさもひとしおですが、たとえ売れ残ったとしても、つくり手・読み手がその場でそれぞれの身柄を明け渡し合うところに、共通のたのしさがあります。
すべてがミニコミになる
同人誌でしか出会えない情報というのがたくさんあります。その情報に触れるたび、びっくりします。マスコミがあえて切り捨ててきた部分、社会が省略してきた世界、それらを懸命に拾ったり掬ったりいるひとたちと交流できる、そんな驚きにあふれております。大きい部分を担うマスコミに対して、小さな部分を担うという意味で「ミニコミ」です。同人誌は、あらゆる分野のミニコミ誌なのです。
それはべつにニュースのような形式である必要はなく、二次創作だって、アニメの評論だって、部誌だって、会誌だって、なんだって、それぞれの小さな世界を伝えることになります。だれの同人誌にだって、マスコミの反対側を埋める意義があるのです。
三つの精神性
自給自足の精神
同人誌をつくる熱量みたいなものは、ほとんどが自給自足の精神です。ないからつくる、それはとてもシンプルです。既存の作品の設定やキャラクターを借りてつくる「二次創作」がわかりやすいかもしれません。海外の同人文化では「ファンフィクション」と呼ばれ、いわゆる「もしも/“if”」の世界のことです。もしこのキャラクターが、こっちではなくあっちのキャラクターのことを好きだったら、と再設定して、実際にそういう世界を描いてみる。それが二次創作やファンフィクションの醍醐味です。
流通の選択
この「ないからつくってみた」にくわえて、「ほんの何人(何十人)かだけに知ってほしい」、そういう限定的な流通を望む気持ちが、同人誌というフォーマットと合致しております。 即売会で発表するのか、委託販売だけにとどめるのか、ウェブで無制限にひろめるのか、どんなエンドユーザーを想定しているか、いろいろ考えます。考えなくてもいいのですが、考えることになります。
イベントに出るだけが同人誌ではありませんし、紙の本にすることが必須ということはありません。だれにどんなふうに、どんな制限をかけて届けたいか、ということを考えるようになります。そのときじぶんでちょうどいい流通を選択できます。
ノリを大切にする
これはとても言語化しにくいのですが、特有のノリがあります。一年後には変わっているような、あやふやで不定形なものですが、たしかにノリとして把握できる空気感がいつもあります。それはイベントごとのノリ(たとえばコミックマーケットなら売り買いの意図にかかわらず全員を「参加者」と呼ぶことで一体感が生じる)とか、ジャンルごとのノリとか、サークルのノリとか、印刷所のノリとか、いろいろです。ノリに反することは、あまり推奨されておりません。
たとえば「値切り禁止」のようなノリがまだまだあります。さまざまな理由付けがありますが、どれも根拠としては弱いものです。迷惑だからとか、軽いものとして扱っているからとか、そういう話が続くので、よほどのことがない限り頒布価格に口を出すのはやめましょう、みたいな。
その場、その界隈、そのジャンルに色濃く流れている懲罰的な雰囲気がありますので、それをうまく捉えて楽しめるようになるとおもしろいかもしれません。
三つどころじゃない実務的処理
作家
漫画、文章、写真、つくりたい同人の表現形式がなんにせよ、コンテンツをつくらねばなりません。ほかのクリエイターにお願いしてもいいとおもいますが(80年代にはそういう流行りもありました)、ひとまずここではじぶんで用意するとします。
同人誌のほとんどの部分を占めるのがコンテンツですから、ここは手抜きできません。それが苦痛で苦痛でしかたない、というかたは、同人誌づくりが一気にむずかしくなるかもしれません。(私の場合は、苦痛40%、快楽40%、使命感20%ぐらいです)
編集
よりよい出来を目指すのでれば、自己編集も必要です。順番をいれかえるとか、テイストがあっていないものをバッサリ切り捨てるとか、素材をどこに盛り込むかとか、見やすさ、内容量、エチケットやノリの管理、誤記や誤解の修正、頒布価格の設定、マッチしているジャンルの設定などなど、やろうと思ったら山ほど業務があります。
合同誌であれば、寄稿してもらったものをチェックしたり、ときにはリライト依頼することもあります。この部分を担えるひとがほとんどいなくなり、合同誌の質が落ちたとまで言われております。もちろん販路の選択もします。
法律
二次創作なら著作権の問題とぶつかります。そちらでやるならきちんと調べて覚悟のうえでやるのがよいでしょう。いちばんいいのは、著作権者に直接おねがいすることです。
ほかにも税金の問題だってあります。どれぐらい売れて、どれぐらい利益がでたらどうなるのでしょうか。この手のことは詳しいひとに聞くのがいいので、そちらにお譲りいたします。
男性向け・女性向けなどをつくる際は、児童ポルノ法の存在も意識せなばなりません。イベント開催地の条例、イベントの規約、印刷所の規約なども欠かさずチェックすることが大事です。ついつい「あっちのサークルが大丈夫そうだから」を理由にしてしまいがちですが、じぶんの同人誌が嫌疑をかけられたときに証明できる準備をしておいたほうがよいです。
校正
編集と地続きですが、より具体的に表現の正誤を確認してゆきます。まちがっている箇所、具合のわるい箇所などがあると、読者は読む気が失せてしまうものです。テキスト系だったら誤字があるとか、二次創作だったら原作にない呼称が入ってるとか。
ただ、校正にはかなりの知識と時間が必要ですので、じぶんでは最低限にして、頼めるひとに頼むのもありです。やらなくとも同人誌はできあがりますが、やればぐんと質があがります。
量やジャンルにもよりますが、テキスト系の校正、私も受けておりますのでお気軽に御声かけくださいませ。
販促
しなくてもいいやつですが、売れるとうれしいです。そのためにソーシャルネットワークサービスで宣伝してみたり、興味をもってくれそうなひとに販促してみたり、イベントのブースコンセプトを決めたり、戦略的な品ぞろえを考えたり、売り場の統一感をだしたり、視覚的な演出(ビジュアル・マーチャンダイジング)をしたり。この手のことは肌感覚も大事なので、一緒に考えてくれるひとを探すのもありです。
営業
自作をひろめるには、宣伝以外にも営業があります。こちらもしなくていいことですが、人脈がひろがるとたのしいことも増えるものです。単純にほかのサークルに遊びに行って、おもしろそうなものがあれば購入したり、名刺交換をしたり、ときには寄稿し合ってみるなどもよいでしょう。ツイッターなどもおおいに活用できる部分です。
庶務
セロハンテープが必要とか、釣銭のために銀行に行くとか、百円ショップで小さな台を仕入れるとか、フライヤーをつくるとか、お品書き(ウェブ用/イベント用)をつくるとか、作品を電子化するとか、感想をチェックするとか、イベントや入稿の予定管理とか、ほぼ無際限にあります。
会計
お金は大切です。受け渡しもそうですが、イベント参加費の振り込みを忘れていたなんてこともありますし、旅費、交通費、印刷代、寄稿依頼費、ポスター作製費、搬送費(送料)、ウェブサイト維持費、資料代、打ち上げ参加費、ブース設営費、宣伝費、かけようと思えばいくらでもかけられるし、抑えようとおもえば意識的に抑えることもできます。
必要なものはそれほど多くない
やろうと思えば、すべて代行・代替できます。「原稿」と「表紙」をだれかに書いてもらい、”InDesign”や”Comic Studio”のようなソフトをもっているひとに組版してもらい、ついでに奥付も添えてもらって、そのPDFデータを印刷所で本にしてもらえば「ブツ」が揃います。イベント時は、知り合いのブースに置かせてもらい、金銭のやり取りも任せておけば、連絡だけで同人誌が流通します。この意味において必要なのは、人徳と人脈です。
冗談はさておき、パソコンがあればだいたいのことはできます。テキストもマンガもパソコンでやれちゃいます。そういう時代ですから、バンバン同人誌をつくりましょう。
原稿
※括弧内は、原稿を用意する際におすすめの道具です。
テキスト系
- タイピングできる機器 (パソコン・ポメラなど)
- ライティングソフト (Word・Evernoteなど)
- 編集ソフト (Word・InDesignなど)
- プリンター (①校正するときに便利、②コピー本をつくるときに便利:コンビニで代用可能)
マンガ
- お絵かきできる機器 (パソコン・スマートフォン、アナログの場合はスキャナー)
- マンガ制作ソフト(ClipStudioなど)
- プリンター(㈰コピー本をつくるときに便利:PDFで出せるソフトならコンビニで代用可能)
写真
- デジタルカメラ(アナログの場合は現像環境とスキャナー)
- 編集ソフト(Photoshopなど:文字入れもここで)
- プリンター(コピー本をつくるときに便利)
電子書籍
- 電子書籍のノウハウ(ここでは解説しない)
印刷
いずれにせよ校正が終わったとします。そしたら、㈰じぶんでコピー本をつくるか、㈪印刷所にお願いするか、の選択になります。コピー本の場合は、規定の手順で両面プリントアウトして、じぶんでホッチキス留めします。ふつうのステープラーでもいいのですが、同人誌に向いているステープラーもあるみたいですね。
印刷所にお願いするときは、印刷所のノリに従ってください。どの印刷所もそうなのですが、情報がわかりにくいです。じぶんに向いている料金プランはどれなのかとか、どのプランだと〆切がいつなのかとか、ログインしないと注文できないのかとか、慣れないとよくわかりません。なので、気軽に見積もりをお願いしましょう。「同人誌印刷を注文したいです!」とだけメールすれば、丁寧に教えてくださいます。
「表紙カラーにする? 本文も? 一枚ずつプリントする? それとも型つくっちゃう? というかページ数はどんぐらい? あ、表紙も裏表紙もふくめたページ数ね。あとつるつるさせる? さらさらにもできるよ。上質紙がいい? 和紙もあるけど特殊かな〜。 製本したい冊数も教えてね。そう言えばサイズきいてなかった、A5にする? B5にする? 料金かわるからね。あとイベント割引もあるけど、ページ数によって〆切かわるから」みたいなことを丁寧な文章で教えてくれます。
見積もりは割とすぐに返ってきますが、「受信拒否・迷惑メール」になっていることもあるので、数日しても返ってこないときは、そちらのフォルダも確認してみましょう。
あとは合意がとれたら、ウェブで完全原稿(印刷所のノリに完璧に合ってる原稿)を出すか、予約して店舗まで行って確認しながら提出するかです。印刷所のなかには店舗割引などもあります。「ポプルス」「ちょ古っ都製本工房」「ワンブックス」「ねこのしっぽ」「栄光」などいろいろあるので、ちょうどいいところを調べてみてくださいませ。
料金を支払ったら、あとはイベントまで待つだけです。宣伝にあてる時間が増えます。あと、だいたい印刷所に出してからミスに気づきます。直後なら修正できる可能性があるので、浮かれずチェック作業をしたいですね。
宣伝
どういうふうに宣伝したいかによります。ソーシャルネットワークサービスで、イベント名のタグを使うとか、それっぽいコミュニティに参加するとか、自作に目玉になるものがあればそれをプッシュするのもよいかもしれません。値段を知りたいひとがおおいの、ウェブのお品書きをつくることもできます。その場合は、画像でもいいし、自作のキャラをつかってもいいし、メモ帳のスクショでもいいし、ベタ打ちでもいいでしょう。値段みたいな情報は、値段さえわかればいいので。
イベントの当日、じぶんのブースにできたての同人誌が運ばれています。だいたいボランティア運営のかたのおかげです。開封してまちがっていないか確認します。まれに表紙だけ他人の同人誌になっている、なんてありえないミスもあります。そういうとき印刷所がどういう処置をとるのか、私は知りません。詳しいかた、ぜひ教えてください。
設営
一ヶ月ぐらい前に届くチケットをもって、イベント会場に乗りこみます。一般入場よりも一時間ほど早く入場して設営することになります。ほとんどのイベントでは手伝いのひとの分のチケットまでくれるので、手伝いをつれてゆくとラクです。
じぶんの番号のところに机があるはずなので、そこに無造作に置くのでもよいです。ほしいやつだけ買っていけ、という渋いスタイルですね。もうすこしおもてなしするなら、机に敷く布とか紙(テーブルクロス)があるとよいです。あくまで同人誌が主役なのでつよい柄物は避けたいですが、どういうショップコンセプトにするかにもよります。ベテランのかたで、ミニ本棚を自作してくるかたもいます。ミニイーゼルで立てかけているひともおりますし、キッチン用品をうまくつかって段(城)をつくっているひと、掃除用品でポスターを掲げているひとなど、ほかのかたの設営をみるのも楽しいです。
お品書きは、その場でザザっと書いてもいいし、事前に凝ったものを用意してもいいです。値段以外はあまり見られません。大事なのは、どれがいくらなのか、どれが完売なのか、といった情報です。電卓もあるといいですね。
名刺もあるといいかもしれません。その場で紙をちぎって手づくりしてもいいし、事前に名刺用紙を持ち込んでもいいし、名刺の印刷所に依頼しておいてもよいです。印刷依頼のしかたは、同人誌の依頼のしかたとほとんどおなじなのでむずかしくありません。
売れ残った同人誌は、在庫として持ち帰ってもいいし、宅配で送ってもいいです。持って帰るつもりなら、移動用のカートや重いものに耐えられるリュックなど、事前にいろいろ考えて用意するといいでしょう。もしイベント中に購入すれば、ほかのひとの同人誌を買って帰ることもあります。
グッズ
ポスター、しおり、シャツ、缶バッジ、いろいろなグッズがあります。じぶんでもつくれますが、グッズをつくってくれる印刷所などに依頼することもできます。どんなものまで頒布していいのかは、イベントの規約にしたがってください。ないのが普通ですが、グッズがあると映えます。
グッズとはちがいますが、無料本とか無料サンプルとか、購入者特典など用意することもできます。
在庫管理
ほとんど必ず生じる「在庫」、次のイベントではけさせるか、通販をするか、ショップに委託するか、破棄するか、いろいろあります。汚れないよう保管しておきましょう。
まとめ
お気づきのとおり、同人誌はイベントと密接につながっております。べつにイベントに行かなくてもよいのですが、大きな流れはイベントにあります。もちろんイベントに行った先でも、たのしみかたはひとそれぞれで一様ではありません。オフ会のようにしてもいいし、実力だめしでもいいわけです。
お目当てを探しに行ったり、掘り出しものを見つけたり。いろいろなたのしみかたがあって、こればかりはじぶんで見つけるしかありません。あなたの同人誌ライフは、あなたが自由に考えてよいのです。