2013年放送のアニメ『ファンタジスタドール』はカードから「ドール」と呼ばれる女の子が出てきて戦ったり戦わなかったりする美少女アニメだ。
そんなよくある美少女アニメの前日譚を、アニメとはかけ離れた雰囲気で描いた異色のSF作品が今回紹介する小説『ファンタジスタドール イヴ』(ハヤカワ文庫JA)である。
主人公の大兄太子は、幼少期に女体(特におっぱい)の物理的な美しさに魅せられ女の体に強く執着するようになるが、小学生の時にそれが災いして女の子の友人を失ってしまう。これを契機として彼は女体への憧憬を強く自戒するようになり、それから必死で目を背けるかのごとく異常なほど勉学に打ちこむようになった。
そんな彼が大学に進学し、学友との交流を通して自らの欲望と対峙し、葛藤し、遂には理想の少女「ドール」を生み出すに至る様が描かれている。
本作は太宰治の『人間失格』を思わせる文体で書かれており、章立ても「はしがき」から始まり3つの手記を経て「年譜」で終わる。徹底した『人間失格』のオマージュになっているのだ。
美少女アニメでSFで『人間失格』、とかいうワケの分からん作品だがとんでもなく面白いので、今回は「ここが面白い!」というおすすめポイントを4つご紹介する。
闇の大学もの
物語の主な舞台は近未来の東京、主人公の大兄太子が入学した日本一と讃えられる大学である。
3年生になった大兄は物理学の研究室に所属するとそこで笠野という3つ年上の同級生と出会う。笠野は陽気で酒を飲むし煙草も吸うし風俗にも通う、ダメな大学生を絵に描いたような男だ。さらに大兄が4年になると中砥という女の後輩が研究室に入ってくる。中砥はクールで優秀、笠野の正反対のような存在。そして大兄が大学院に進み、あるプロジェクトを立ち上げると、今度は帰国子女の遠智という同期の男がプロジェクトのメンバーに加わる。遠智は大兄に負けず劣らず優秀で愛想もいい好青年なのだが中砥からは嫌われており……。
という感じで、基本的にとある大学のとある研究室のメンバーらによって物語が進められる。酒を飲んで潰れたり、アカデミックな話をしたり、それが研究の進展を生み出したり、といった大学生らしいイベントが、終止陰鬱な調子で描かれる。一風変わった大学ものの小説が読みたいという人におすすめだ。
人間の心・意識とは
本作では主人公である大兄の女体に対する執着と罪悪感との葛藤がメインに描かれており、物理的な人体に焦点が当てられている。それに付随して、体と心の関係はどういうものかとういうことを足掛かりに、人間の心や意識についても少ないながら紙幅が割かれている。科学的に見て、心や意識とはどういったもので、どのようにして生じるのか。人工的に再現できるものなのだろうか。再現できるとしたらそれはどのように再現するのか。再現できたとしてそれは本当に心や意識と呼べるのか。そういった問題について、非常にさりげなくではあるが興味深いアイディアが示されている。
実をいうと、著者の野﨑まどは『know』(ハヤカワ文庫JA)など、他の著作でも度々似たようなテーマを扱っているので、心の哲学や神経科学に興味がある人はそちらも合わせて読んでみてはいかがだろうか。
美少女アニメの陰
美少女アニメと言えば可愛い女の子が沢山出てきて、お風呂に入ったり入らなかったり、胸の大きい小さいで一喜一憂したりしなかったりするのが世の常だ(中にはそうじゃない作品もある)。良くも悪くも何も考えずに見て気楽に楽しめる娯楽作品であることが多い。アニメ『ファンタジスタドール』もその例に漏れず、カードからちくわや「ドール」と呼ばれる女の子が出てくるが、詳しい説明はほとんどなく、頭を空にして彼女たちの可愛さや活躍を楽しむことが出来る作品だ。しかも殆ど毎話お風呂に入る。
対して本作『ファンタジスタドール イヴ』は真逆である。
SF的な考証に沿ってアニメの前日譚を語ることで、どういう理屈でカードからちくわや美少女が出てくるのか、カードから出てきた美少女「ドール」は何者なのか、というアニメでは語られなかった謎が明らかにされる。カードから人なり物なりが出てくるというこの手のアニメの「おやくそく」みたいなものに大真面目な科学的裏付けをしようという試みであり、好きな人にはたまらないだろう。
また、本作では大兄の苦悩を通して、理想の女性を追い求めることの罪深さや愚かしさとでもいうべきものが描かれている。美少女アニメで女の子の霰もない姿を見て「○○ちゃん可愛い!」「××は俺の嫁!」と叫ぶオタクたちに疑問を持ったことがある人や、逆に「フィクションくらい好きに消費してええやろがい」「推しはエッチな目で見てないんで……」という人たちにとっても一読の価値がある作品だ。
このように、美少女アニメの小難しいこと全部考える、みたいな作品なので難しいことを考えたい人は是非とも読んで議論に花を咲かせて欲しい。
キャラの関係から読み解く物語の構造
本作は主人公である大兄太子の一人称視点で語られる。登場人物もさほど多くはない。文量も、あとがきまで含めて169ページと比較的少ない。文庫本としてかなり薄い部類に入る。そのため読みやすいのだが、詳細に読み解こうとすると要素が多い。『人間失格』のオマージュ、美少女アニメの前日譚、物理SF、体、心、男、女……など、深く読もうとすると注目したい要素が目白押しで目が回る。
そこで、あるキャラクターに注目することが作品を読み解く鍵となる。正確には主人公の大兄と“あるキャラクター”の関係に注目することで、作品の持つ要素と構造、その意図が浮かび上がってくる。この作品が何故『人間失格』のオマージュとなっているのか、どうしてあのような物理の理論が登場するのか、体と心と男と女で一体何を語ろうとしているのか、などなど。それら全てを読み解く鍵が大兄と“あるキャラクター”の関係にある。……美しい。ある二者関係がこれだけ多くを語り得るとは……と感銘を受けること間違いない。
一応“あるキャラクター”とぼかしてはいるが、推理小説ではないから読めばきっと分かるのでそこはあまり構えず読み始めてほしい。所謂“関係性”のオタクや読み応えのある小説を深読みして読み解いて気持ちよくなりたい人にはかなりおすすめだ。
終わりに
小説『ファンタジスタドール イヴ』のおすすめポイント4つをご紹介した。
美少女アニメのスピンオフ小説と言われると、一見ニッチでとっつきにくいかもしれないが、その実いろんな要素が含まれていて意外と多くの人が、いろんな角度から楽しめる作品となっている。きっと人よって興味を惹かれる部分が異なることだろう。もちろん「全部気になる!」と思ってもらえたら幸いだ。
こういう玉虫色の作品を読むと他人の感想も聞きたくなる。かく言う私もその一人だ。もし少しでも『ファンタジスタドール イヴ』に興味を持ったのなら、是非一度手にとって欲しい。読んだら感想をツイートしたりブログにしたためたりして欲しい。そうすればきっと誰かの目に止まる。それくらい読んだ後も楽しめる作品だ。もちろん何度も読み返してみてもいい。僕は4回読んだ。