小説は書き出しが大事だと言います。
最年少で芥川賞を受賞した綿矢りささんも、受賞作である『蹴りたい背中』の書き出しを書くときに何度も試行錯誤したと述べていました。
さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。(綿矢りさ『蹴りたい背中』)
今でも読むたびにぞくぞくしてしまいます。こんな書き出しを書いてみたいものですよね。
しかし、なかなか良い書き出しを書くのは難しいものです。最終的には個々人のセンスによるので、解決策を示すことはできないのですが、ここでは良い書き出しを書くためのヒントを紹介していきたいと思います。
書き出し100本ノック
小説の書き出しを書こうとするとき、ぼんやりとプロットがある場合が多いのではないでしょうか。
しかし、それに沿って書き出しを考えようと思うとなかなか難しいものです。物語が先に決まっていると、そこに繋げて書かなければという気持ちが生まれてしまい、思考の枠が狭まってしまいます。
良い書き出しは意外性から生まれます。与えられたものからどこまで遠く飛べるかで、その良し悪しが決まると言っても良いでしょう。
そこで有効な方法は、物語のことは一切忘れて書き出しだけを書くというものです。また、このとき、意外性のある言葉の組み合わせを意識すると良いでしょう。
先ほどの『蹴りたい背中』の例でいうと、本来は音のするはずのない「寂しさ」に対して「鳴る」という表現を使うことによって、主人公の孤独を強調しています。
とにかく、何も考えずに100本書いてみる!そこから何か面白い言葉の組み合わせが見えてくるかもしれません。
たとえば…。
- その犬は、まことしやかに八宝菜に関する都市伝説を吹聴することを生き甲斐としていた。
- 良い知らせと悪い知らせがある場合に、人はどちらの知らせから伝える確率が高いのだろうか。
- 彼が最後に見たのは、「ぬるいコーヒー」の7文字だった。
これはあくまでも即興的に考えた一例ですが、でもこの程度の粒度のものをとりあえず100本作ってみると何か見えてくるものがあるのではないでしょうか。
そして、ここで作った書き出したちはできれば取っておきましょう。そして後で書き出しに悩んだ時に、ここにぴったりの書き出しがないか探しにくるのです。もしかすると、まことしやかに八宝菜に関する都市伝説を吹聴することを生き甲斐とする犬を主人公とする小説を書きたくなるときが来るかもしれません。
レトリックを使う
それでも何を書けばいいかわからない方は、「レトリック(修辞技法)」を意識してみてください。
最も身近なものでいうと、比喩表現が簡単かと思います。何かを何かに“喩える”レトリックです。
「彼女は天使のように笑った」というように、たとえていることが明らかである場合は直喩、「笑顔の素敵な彼女は天使だ」というように、たとえていることが明示されていない場合は隠喩と呼びます。国語の授業で習ったのを覚えていらっしゃる方もいるでしょう。
Wikipediaの修辞技法のページには、他にも「換喩」や「提喩」といったレトリックも掲載されています。こちらも参考にしてみると良いでしょう。
書き出しをたくさん読む
アウトプットができないときは、大抵インプットがてきていないときです。書き出しをひたすら摂取して、その中から見えてくるものを掬いとることで、うまい表現を思いつくかもしれません。
一番お手軽にできるのは、自分の本棚にある本の書き出しを見てみること。特に自分の好きな作家の作品が並んでいるはずなので、非常に参考になることでしょう。
また、書き出しばかりを集めた「本の書き出し」というサイトもあります。まだ出会っていない作品にも出会うことができるので、インスピレーションが広がることでしょう。
もっと書き出しを極めたいという方は、デイリーポータルZが定期的に書き出し小説大賞というものを実施しています。こちらの過去の受賞作を読んで研究し、自分でも応募してみるというのはいかがでしょうか?
まとめ
以上、書き出しに困ったときに簡単にできる方法を紹介いたしました。
特におすすめしたいのが、最初に紹介した書き出し100本ノック。脳みそに汗をかきますし、そこで書いたものは必ず後々の資産となるはずです。
みなさんも、ぜひ実践してみてくださいね!