第1回『このミステリーがすごい!』大賞を『逃亡作法 – TURD ON THE RUN』で獲得し、2015年には 『流』で第153回直木三十五賞に輝いた作家・東山彰良。
中国人の両親の間に生まれ、台湾と日本を行き来して育った彼は、SF・ミステリー・アクション・歴史と数々のジャンルを股にかけた傑作を生みだし続けています。
ひょっとしたら週刊少年ジャンプの人気漫画、『NARUTO』のノベライズで知った方も多いかもしれません。
今回はそんな東山彰良の著作の中から、自信をもっておすすめできる五冊を紹介します。
『ブラックライダー』
六・一六と呼ばれる災害により文明の大半が滅び去ったアメリカ大陸。
初老の保安官バード・ケイジは、四十頭の馬を盗んで逃亡したレイン一味を追跡する道中、牛泥棒の少年を捕まえてくれと牧場主に頼まれました。
この世界では牛と人の遺伝子を掛け合わせた新たな「牛」が、食用として飼育されていたのです。
西部劇のような世界観で綴られる新時代のエンターテイメント。本作は珠玉のピカレスク小説であり、最高に魅力的なアウトローたちの生き様と死に様に魂が震えます。
愛馬とともに旅するバード・ケイジのいぶし銀のダンディズムもさることながら、個人的にはレイン兄弟の活躍に血が滾りました。
娼婦の母親に育てられた種違いの五人兄弟、各々の頭文字を繋げると「GIRLS」(女の子)になるレイン一味は、心優しくヘタレな突然変異の四男・レスターを除いて全員が極悪非道な犯罪者。
口達者でジャイアニズム全開の長男ガイ、クールな色男にして惚れた女に一途なロマンチストの次男ロミオ、生来の臆病さ故馬鹿にされるものの実は狙撃の名手の四男レスター、無鉄砲で喧嘩っ早いトラブルメイカーの末っ子スノウ、それぞれに際立った個性の持ち主です。ちなみに次男は物語開始時点で死亡しています。
強盗・強姦・殺人も辞さない無法者な半面、腕っぷしを頼みに荒野を生き抜くタフでワイルドな男たちは本当にかっこいい!
やっていることは擁護の余地ない鬼畜外道なのに、兄弟間のイジリを交えた軽妙な会話や、エキセントリックなキャラクターのせいで不思議と憎めません。
兄弟もののブロマンスが好きな人は絶対燃えて萌えること間違いなし。ぜひともハリウッドで実写映画化してほしいです。
『罪の終わり』
『ブラックライダー』の前日憚にあたる本作で描かれるのは、六・一六以降に大陸を放浪し、人肉を分け与えて民を救った黒騎士ナサニエル・ヘイレンの生い立ちです。
とはいえ『ブラックライダー』とは時代が異なり、登場人物は重複してないので独立した話として読めます。
物語はありふれた悲劇から幕を開けます。ミュージカル女優志望の家出少女がヒッチハイクの途中にトラック運転手にレイプされたのです。
その後少女は双子の男児を産み落とし、弟の方にナサニエルと名付けました。
母親にネグレクトされ学校にも満足に行けないナサニエルは、知的障害を持った兄を養うため、懸命に働き続けます。
しかし兄のウッドは15歳で自殺。ナサニエルもまた17歳の時に母を殺し、刑務所に収監されました。
本作は生の始まりから血と暴力に呪われ、贖罪の彷徨を宿命付けられた少年の軌跡を描くロードノベル。
吉田秋生『BANANAFISH』を既読なら、自分ではどうにもならない不遇な環境に生まれ落ち、救世の偶像(イコン)として祭り上げられ、孤高を貫かざるをえなかったナサニエル・ヘイレンの姿にアッシュ・リンクスの面影を重ねてしまうかもしれません。
特に周囲に虐げられ続けた少年期の描写が壮絶で、神に見放されたナサニエルの魂の叫びにはひりひりした痛みすら感じました。
美しく聡明なナサニエルが何故最愛の母を手にかけたのか……真実はぜひ、ご自身の目で確かめてください。
『夜汐』
ゴロツキの蓮八は遊女に身を落とした幼馴染を助けるため、無宿人が仕切る賭場を襲撃します。
大それた狼藉を働いた蓮八は謎の殺し屋・夜汐に命を狙われる羽目になり、身分を隠して新選組に潜り込むのですが……。
東山彰良が新境地を開いた時代小説。主人公は新選組を隠れ蓑と恃んだヤクザ崩れの小悪党で、数ある新選組のものの中でも類を見ない、アウトロー寄りのキャラクターとなっています。
本作で特筆すべきは、蓮八の天敵に据えられた据えられた夜汐の飄々とした存在感とロード―ムービー要素。
蓮八は夜汐の追跡を巻いて逃避行を繰り広げるのですが、この旅の様子が目に浮かぶように生き生きと描かれ、スリルと臨場感を盛り上げます。
刀と刀が火花を散らす殺陣のシーンも迫力たっぷりで、無敵無双と裏社会で謳われる夜汐の強キャラ感が中二心をくすぐりました。
『流』
時は1975年。
台湾に住む高校生・葉秋生は、不死身と謳われるほどの強運を誇った祖父の訃報に驚き、その死の真相を探り始めました。
それはやがて秋生自身のルーツである大陸へと遡り、戦争と政治に翻弄された一族の歴史が暴かれていきます……。
第153回直木三十五賞に輝いた『流』は、『ブラディ・ドール』シリーズで有名なハードボイルドの巨匠・北方健三が絶賛したのも納得の、情熱迸る青春小説。
本作には中国人の両親により台湾で生を享け、日本と台湾を往復して育った東山彰良の出自が色濃く反映されています。
1970年代の台湾でどんな出来事が起きていたのか、大半の日本人は実感を持って想像しにくいのではないでしょうか?
『流』は17歳の少年の視点から当時の世相を語り起こしていきます。
祖父の死の真相を調べる捜査パートを縦軸に、秋生が出会い別れる様々な人々とのエピソードを横軸に清濁併せ呑む大河の如く奥行きを広げていった結果、ビルドゥングスロマンの新たな座標に到達した本作が、満場一致で直木賞に選ばれたのは自然な成り行きでした。
ともすると泥臭く血生臭い数々の修羅場を乗り越えて、しぶとく逞しく台湾に根付いて暮らす一族の来し方は、フィクションとノンフィクションの境界をこえたリアルな息遣いすら感じさせます。
同系統の小説を挙げるなら桜庭一樹の『赤朽葉家の伝説』やガルシア・マルケスの『百年の孤独』でしょうか?
台湾・日本・中国を股にかけ飛び回った末、驚天動地の真実に辿り着くプロットは最後まで目が離せません。
祖父を殺した犯人さがしの旅が自分さがしの旅にスライドすることで、アイデンティティに迷える少年から痛みを知る男へ成長を遂げた、秋生の姿が胸を打ちました。
『僕が殺した人と僕を殺した人』
2015年冬、アメリカ合衆国にてシリアルキラー・サックマンが逮捕されました。
サックマンの弁護を担当することになった国際弁護士の「わたし」は、台湾で過ごした少年時代を追憶し、殺人鬼の芽生えに立ち会った数奇な因縁に思いを馳せます。
台湾版『スタンド・バイ・ミー』ともいえる本作は、1980年代の台湾の下町で繰り広げられた冒険を「わたし」が回想する形式で進み、良質なジュブナイル小説にも通じる哀切な余韻とノスタルジックな感傷をかきたてました。
意図的に主語をぼかした騙りのテクニックも上手く、サックマンの意外な正体には衝撃を受けるはず。
固い友情で結ばれた三人の少年が巻き込まれたある事件が、三十年後のサックマンの凶行に繋がってしまったのは、やるせないというほかありません。
ごく普通の庶民の日常が生き生きと活写されているのも特徴で、自分も童心に戻り、夏の日差しが満ちた路地裏を走り回っているような感覚を追体験できました。
まとめ
以上、現在注目されている作家・東山彰良のおすすめ小説を五冊紹介しました。
直木賞受賞作の紹介を読むとなんだか難しいイメージがありますが、東山彰良の本領はエンターテイメントに根差しています。
特にロードムービーと相性が良く、キャラクターがある目的を持って旅をし、その道中で様々な出会いや別れを重ね、価値観がプリミティブに変化していく過程を描かせたら天下一品です。
主要キャラにはヤクザや賞金首、あるいは殺し屋など裏社会に属するアウトローが多く、ニヒルなワルの魅力が読者の心を掴んで離しません。
未読の方はぜひ手に取ってください。