殺伐百合の系譜あるいは世界史への扉 / 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』

逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』は、第11回アガサ・クリスティー賞受賞作品。最終選考には本作を含めて5作品が残りましたが、選考委員4名全員が5点満点をつけたという異例の選考に。早川書房のnoteなどで何度も宣伝されおり、刊行前から話題になっていました。

概要

本作は、第二次世界大戦中のソ連を舞台とし、赤軍の女性狙撃手を主人公とした物語。独ソ戦が激化する中で、村を全滅させられた猟師の少女・セラフィマは女性狙撃手となることを心に決めます。元々はドイツ語を学んで外交官となり、ドイツとソ連の橋渡しをしたいと考えていたセラフィマ。敵を撃つたびに、仲間が殺されるたびに、なぜ自分は戦っているんだと自問自答を繰り返していくことに……。

と聞いて、重厚な語り口を持った作品なのだろうなと予想するかもしれません。タイトルをあらすじだけを見た僕も、最初はそういう風に思っていました。もちろん、戦闘シーンでふざけているわけにもいかず、そこはシリアスな文法で書かれているのですが、ふとした瞬間に記号的(あるいは漫画的)な描写も浮かび上がってきます。戦争の意味について何度も自問自答が繰り返される中、そんな記号的な描写がオアシスのように機能しているように思いました。構成も、アクションシーンの書き方も、心理描写も、何から何まで完成度が高く、満場一致での受賞も頷ける作品です。

殺伐百合の系譜

この作品は、数年前から投稿サイトなどで話題となっている「殺伐百合」と呼ばれる作品群の系譜に連なる作品としても考えることができるでしょう。この分野の代表作といえば、コミック百合姫とpixivの主催する「第一回百合文芸小説コンテスト」でpixivピックアップに選ばれ、その後、早川書房の百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』に収録された南木義隆「月と怪物」。この作品は、百合文芸コンテストの結果発表前から「ソ連百合」という形容のもとで瞬く間にTwitter上の百合好き読者の間で拡散されていきました。こちらは第二次世界大戦直後の物語となっていますが、混沌としたソ連を舞台としているところが共通しています。

また、「憎しみの対象」も両作品に共通するモチーフでしょう。この2作品の主人公は、どちらも戦争によって家族を亡くした少女であり、年上の女性軍人に強い憎しみを抱いています。でも、その憎しみが愛に反転する予感が常にある。この緊張感ともどかしさが殺伐百合の醍醐味なんだと僕は思っています。

同じく殺伐百合的な作品の中で好きなものとして、僕は「第二回百合文芸小説コンテスト」でpixiv賞を受賞した「凍てつく焔の花園にて」を挙げたいと思います。『同志少女よ、敵を撃て』でも少しだけ触れられるレニングラード封鎖について、こちらの作品ではそれをメインのテーマに据えて描いています。どちらを先に読んでも良いですが、少なくとも2作品を同時に読んでおくと、独ソ戦を様々な角度から見ることができると思います。

「もっと知りたい」と思わせてくれる

僕は高校の時に日本史Bを取っており、世界史のことはほとんど勉強してきませんでした。そのため、恥ずかしながら第一次世界大戦や第二次世界大戦で、どこどどこが仲間で、どういう経緯で戦争が進んでいったのかをほとんど知りませんでした。

戦争小説は、事前知識がなければ物語の進行に置いていかれてしまうこともありますが、『同志少女よ、敵を撃て』は丁寧に周辺知識を補ってくれています。そのため、僕のように世界史に明るくなくても安心して読むことができます。

また、これまでは世界史を学びたいと思ってもなかなか重い腰が上がらなかったのですが、この作品を読んでから「第二次世界大戦はどういう経緯で始まったんだろう……」「ヒトラーってどういうやつだったのかな……」ということが気になって仕方なくなり、以前購入していた世界史Bの教科書を開いて勉強をし始めました。それは、作中では歴史的事実が説明されるばかりではなく、なぜそれらが起こったのかを心理描写の形で様々に考えられているからでしょう。無味乾燥な暗記科目だと思っていた世界史に、突如として血が通い出す感覚。フィクションとして面白く、かつ史実への興味まで広げてくれた本作は、2021年に読んだ本の中でも良かった本ベスト3に入ると思います。

おわりに

本作は単行本で500ページ弱あり、長編小説の仲でも非常に長い部類に入ると思います。僕も読了するのに10時間くらいかかりました。しかし途中でページを繰る手を止めることができず、ぶっ続けで読んでしまいました。

いわゆる「殺伐百合」の好きな方、そして世界史に疎いけどその扉を開いてみたいと考えている方におすすめの作品です。

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