【アニメ化決定】あの頃の私たちが『怪盗クイーン』に心を盗まれた理由

『怪盗クイーン』が! アニメ化するぞ!

あのはやみねかおる先生の大人気シリーズが、2022年に劇場OVAアニメ化することが決定した。その発表を聞いて大興奮した人も少なくないだろう。かくいう私も、その一人だ。

『怪盗クイーン』シリーズは2002年刊行。気まぐれな怪盗クイーンが仲間たちとともに、「怪盗の美学」に沿ってお宝を盗み出していく冒険小説だ。

大人になった今、久しぶりに『怪盗クイーン』の名前を聞いてふと思う。
そういえば、当時小学生だった私は、『怪盗クイーン』のどこに惹かれたのだろうか。

今回アニメのタイトルにもなっている『怪盗クイーンはサーカスがお好き』を改めて読み直しながら、あの日クイーンに盗まれた心のことを思い出してみようと思う。

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キャラクターの魅力

『怪盗クイーン』のメインキャラクターといえば、主人公である「クイーン」と、その助手である「ジョーカー」だ。この二人には、それぞれ異なった魅力がある。その魅力は、私の中に存在する矛盾した二つの「憧れ」を、両方とも刺激した。

怪盗クイーンは、言うなればアイドルだ。クイーンの見た目に関して、『サーカスがお好き』にはこんな表現がある。

「ぬけるように白い肌、かすかに灰色がかった瞳、細く長い指、古代ギリシャの彫刻のような美貌、銀色に近い白い髪……」。

文章を読むだけで、我々の想像を遥かに超える美貌と、優雅さ、しなやかさまでもが思い描ける。クイーンの職業は「怪盗」、つまりは泥棒である。何かを盗む、という行為はいけないことだと分かっているのに、読者はそこに憧れすら感じる。クイーンがアイドルだからだ。クイーンの「怪盗の美学」も関係しているが、あまりの美しさ、あまりの優雅さ、あまりの華やかさに、「泥棒」という行為の現実味が無い。「物を盗む」という行為を、クイーンはステージ上で行われるエンターテインメントにしてしまう。だからこそ、作中にも「クイーンのファン」という存在が登場する。クイーンの盗みは、ショーなのだ。

しかし、完全無欠の人間には「憧れ」という感情は生まれない。到底自分には届かない領域だからだ。

クイーンが魅力的なのは、きちんと「欠点」も描かれているからである。調子に乗ってワインの瓶を散らかし、怒られることもある。想定外のことが起きて盗みに失敗し、へとへとに疲れ切っていることもある。アイドルであるクイーンの、ステージを降りた日常の姿を見るとき、急にクイーンというキャラクターが「登場人物」ではなく「一人の人間」として立体的に見え始めるのだ。

私は子供の頃、目立ちたがり屋だった。何事も一番でなければ気が済まず、リーダーや委員長になることを好んだ。しかし、泥臭く頑張るということは嫌った。先頭には立ちたかったが立候補はせず、いつも誰かが推薦してくれるのを待つ。悪く言えば他力本願。良く言えば、黙っていても仕事が来るエンターテイナーのように、すべてを完璧にこなすことを目指していたのだ。そんな時に読んだ『怪盗クイーン』シリーズ。もちろん、クイーンに心を奪われる。言動すべてが完璧で、人を惹きつける魅力を持ち、苦労や失敗もあるがそれは表に出さない。仕事はきちんと選び、自分で決めたことはしっかり成し遂げる。当時の私が憧れたのも、無理はない。

そのクイーンと対になるのが、助手であるジョーカーだ。クイーンがアイドルなら、ジョーカーは「頼れる上司」といったところだろうか。ジョーカーの見た目については、こう表現されている。

「短い黒髪と青い目、黒い中国服、むだな筋肉がついていない体、まとった雰囲気は何百年も生きた仙人のよう……」。

ジョーカーから醸し出される雰囲気は、舞台の上でショーを行うエンターテイナーというより、舞台裏で黙々と仕事をこなす「黒衣」のようなイメージだ。誰にも気付かれずに確実に任務をこなす存在。冷酷で人を寄せ付けないような、そんな印象も受ける。

作中においてジョーカーは、読者の心情を代弁する役割も果たしている。自由奔放なクイーンに振り回されてイライラし、静かに暴言を吐く。クイーンの出す、ヒントの少ない謎に困惑する。読者の「私も今そう思ってた!」を代弁してくれるたびに、ジョーカーへの親近感は増していく。そして、生真面目であるがゆえに冗談が通じなかったり、演技が下手だったりと、思わずこちらが吹き出してしまうようなポンコツな言動を見ると、冷酷なイメージが覆る。「なーんだ、意外と可愛いとこあるんじゃん」と思ったが最後、もうジョーカーは遠い存在では無くなり、私達と同じ目線に立っている、ちょっとポンコツだけど仕事のできる憧れの上司のようなイメージへと変化していくのである。

私は目立ちたがり屋であるのと同時に、目立ちたくなかった。何を言っているのか分からないと思うが、確かにそうだったのだ。一番になりたい、目立ちたい、と思いつつ、いざ本当にそんな立場に置かれると戸惑う。私にそんな力は無い、といたたまれない気持ちになる。だから、ジョーカーという「黒衣」にも同時に憧れた。誰にも見えない場所で重要な役割をこなす。大半の人は存在すら知らないが、一部の人にはその凄さが知れ渡っている。それはステージの上でショーをおこなう人より、ずっとカッコいいのではないか?

目標には、二種類あるといいと言われている。近い目標と、遠い目標だ。私にとって、ジョーカーは近い目標、クイーンは遠い目標に当てはまった。

自分に自信が無く、まだ知らないこともたくさんあった子供時代、目指すべきなのはジョーカー。自分の得意を知り、知らないことは恥ずかしがらずに知らないと言う。そして目立たないところで確実に与えられた任務をこなし、一部の人からの絶対の信頼を得る。

任務を簡単にこなせるようになったら、それをさらに美しく、華やかに、エンターテイナーのように行なうことを目指す。つまり、クイーンを遠い目標とする。

子供の頃はこれを言語化することができなかった。が、確かに私は異なる性質を持つ正反対のキャラクター二人に同時に憧れていた。大人になって読み返してみて、その矛盾した「憧れ」が間違っていなかったことに気付いたのである。

「世界最強」を盛り込んだ設定

『怪盗クイーン』を読んだのは、小学校低学年の頃だった。その時から私は妄想が大好きで、創作活動もおこなっていた。「妄想」を覚えた小学生は、すぐに「世界最強」を妄想したがる。でも、小学生の知識では、その妄想は精密度に欠ける。

しかし『怪盗クイーン』には、子供のときぼんやり思い描いたいびつな「世界最強」を全て盛り込んだような設定が、鮮明に描かれているのである。

前述のクイーンとジョーカーも、いわば最強のキャラクターだ。人間離れした美貌と絶対的な自信を持った神出鬼没の怪盗クイーン。身体能力も抜群で、なんと遥か上空からワイヤー一本で下降することができる。冷静沈着で生真面目なジョーカーは、拳法の達人。さらには、ライオンを自らの鋭い視線だけで従えることができる。

そんな二人が住んでいるのは、飛行船。「トルバドゥール」という名の大きな飛行船には、「RD」という名前の人工知能がついている。このRDがとても優秀で、会話はもちろん、地球全土の電子システムに侵入して情報をハッキングしたり、集めた情報から特定の店舗の料理を完全に再現して提供したりすることができる。

『サーカスがお好き』に出てくるサーカス団員たちも、夢が膨らむキャラクターばかりである。かかとに付いたボタンを押すと、靴裏から長い棒が伸びる「竹馬男」。肉食動物も思い通りに従わせる「猛獣使い」。自身が弾になって勢いよく宙を飛ぶ「大砲男」。軽い身のこなしで命綱無しで電線を渡る「軽業師」。子供の頃一度は考えたことのある「こんなことできたらいいのにな」が、ぎゅっと詰まっているのである。

さらに、ただぼんやりと書かれているだけではなく、その作業工程、そのとき発せられる音、なぜそんなことができるかという分かりやすい理屈もちゃんと描かれている。ただ頭の中で妄想した内容、というより、目の前で起こっていることを書き並べたかのように細かく書かれているのだ。私はそこに感銘を受けた。これは単なる妄想ではなく、私が知らないだけで現実に存在している世界なのではないかと思えたのだ。

ちなみに私は肉食動物が大好きなので、『サーカスがお好き』を読んでからしばらく、将来の夢に「猛獣使い」と書いていたことがあった。今改めて『サーカスがお好き』を読み直して、「やっぱり猛獣使いになりたいな……」と思っている。それほど作中の「猛獣使い」の表現が生き生きしているので、ぜひとも読んで欲しい。

『怪盗クイーン』がすごいのは、精密度で子供を置き去りにしてしまわないことだ。私はそこまで学問に詳しいわけではないが、ここまでに登場した「世界最強」を実際に現実世界で再現しようと思うと、科学的にかなり難しいこともあるのではないかと思う。それを納得させるためには、ある程度の説明が必要である。が、専門用語をふんだんに使って説明してしまうと、難しくなりすぎてしまい、子供は理解できなくなる。しかし『怪盗クイーン』ではそれが起こっていない。

文章は、書くことと書かないことのバランスが大切である、とよく耳にする。『怪盗クイーン』シリーズは、まさにこのバランスが絶妙なのだ。想像力を刺激するために必要な最低限の情報だけを書き、それ以上は書かない。だから、子供も大人も置き去りにならず、ライトな気持ちで楽しむことができる。そして、必要以上の情報を書かないことで、子供の想像力を否定しない。たくさんの理屈があればあるほど、「想像には理屈が必要である」と思い込んでしまい、想像の幅が狭まってしまう。

小学生の頃の私のいびつな「妄想」を否定せず、こんな世界もあるかもしれないよとヒントだけを与え、「妄想」の楽しさや幅を広げる。子供時代の夢をぎゅっと濃縮したような詳細な物語の世界が、私を夢中にさせたのは言うまでもない。

分かりやすく、学習意欲を引き出す文章

子供の頃は、知らないことはなんでも知りたくなる。この小説は、その「知りたい」という願望を巧みに刺激してくれる。

クイーンとジョーカーの会話には、しばしばことわざが出てくる。例えば、クイーンがジョーカーに、「きみは、『腐っても鯛』という東洋のことわざを聞いたことがあるかい?」と尋ねるシーン。その意味を問われたクイーンは、「腐らないうちに、はやく食べた方がいいという意味だ」と答える。もちろん、これは誤りであるのだが、なんと正しい意味は説明されない。この会話の後に、「『腐っても鯛』の正しい意味を知っているRDは、モニターに苦笑がうつらないか心配だった」という文章が続くだけである。

当時、私には「ことわざブーム」が来ていた。短い言葉に大切な教訓が詰まっているという不思議なロマンに惹かれ、色んな種類のことわざ辞典を買っては、毎日読んでいた。そのため、クイーンとジョーカーの会話のおかしさに気付くことができた。

また、サーカスに行ったクイーンとジョーカーが、人体切断マジックを見るシーン。そのマジックに驚くジョーカーに、クイーンは「あれはトリックともいえないような、かんたんなトリックだよ」と言う。ジョーカーは驚いて「あなたには、わかってるんですか?」と尋ねると、クイーンは「すぐに種明かしを要求するのはやめなさい」と言い、答えは小説終盤まで明かされない。

当時私は、この謎が解けなかった。しかし、小説終盤で答え合わせがされた時、とても悔しい思いをした。考え抜けば、当時小学生の私でも辿り着けたであろう答えだったのだ。

この二つの経験から、私はいかに「色んなことを知っている」というのが大切かを知った。知識が多ければ多いほど、楽しめるものは増え、思考の幅も格段に広がる。小学生の私は、「知識」という言葉を正しく知っていたか定かではないが、とにかく「色んなことを知らなければいけない」と思うようになった。そして、児童書だけではなく、大人が読むような文学作品にも手を伸ばすことになったのである。

『怪盗クイーン』シリーズには、こういった分かりやすい小ネタがたくさん散りばめられている。「ここはあなたが考える場所ですよ」というのを明確に提示して、簡単には種明かしをしてくれない。知識が少ない子供のときでも、知らず知らずのうちにこの小ネタにぶつかり、色んなことを考え、成功体験を積み重ね、そして自分の結論を出す。そして知識を重ねた後、もう一度挑戦しようという気持ちにさせてくれる。『怪盗クイーン』シリーズの思考を刺激してくれる文章のおかげで、「考えることの楽しさ」を知った子供は多いはずである。

最後に

昔読んだ『怪盗クイーンはサーカスがお好き』を、大人になって読み返してみると、子供の頃には気付かなかったテーマに気付いた。これは単なる児童書ではない。エンターテインメントを楽しむとはどういうことなのか、また争いの絶えない世界で人はどう寄り添うのか、といった、大人でも解決できないような深いテーマにも触れていたのだ。

子供の頃夢中になった『怪盗クイーン』は、大人になってもなお、大切なことを教えてくれる。私はまた、クイーンに心を盗まれたようである。

ぜひ、大人になった今もう一度読み直してほしい。必ず、あの時気付かなかった魅力に出会えるはずだ。

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