純真なAIと少女の友情の陰に漂う、残酷な真実 / カズオ・イシグロ『クララとお日さま』レビュー

2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ。『クララとお日さま』は、受賞後にはじめて出版された長編小説になります。まるで絵本のようなタイトル、可愛らしいカバーイラスト。中を開けると、児童文学のような文体。これまでの作品を知っている方は、今作の明るい童話のようなイメージに、きっと意外な印象を受けたのではないでしょうか。

とはいえ、これはやはり紛れもなくカズオ・イシグロの作品です。平易な文章であるにもかかわらず、重々しい鈍い音を響かせ、不穏な、その裏に常に謎が潜んでいるような感触があります。静かで落ち着いた雰囲気ですが、不気味さが漂い、温かい優しさがあるかと思えば、残酷な真実があります。

この記事では、まだ読んでいない方に向けて、本書の内容と魅力を紹介していきます。

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AIの語り手

まずは、本書の主人公で、語り手でもあるクララの設定を確認します。本書は次のような書き出しで始まります。

はじめてお店に並んだとき、ローザとわたしに与えられた場所は店央てんおうの雑誌台側でした。そこからだとショーウィンドーの半分以上が見えます。お店の外もよく見えました。急ぎ足で行き交うお勤めの人とか、タクシーとか。ジョギングの人、観光客、物乞いの人とその犬、そしてRPOビルも、下のほうだけですが見えました。

カズオ・イシグロ (土屋政雄訳) (2021) 『クララとお日さま』早川書房 p.7

この描写から、「わたし(=クララ)」は、商品としてお店で販売されていることが分かります。実はクララは、「AF」と呼ばれる、AIを搭載した人型ロボットなのです。「人工親友」とも呼ばれることから、おそらくArtificial Friendの略であることが推測されます。

その名から想像できるように、AFとは、人間の子供の親友となることを目的として作られたAIです。AFは、自分を買ってくれた家の子供──クララの場合はジョジーという女の子──にひたむきに献身します。決してジョジーのように親切に接してくれる子供ばかりではないのに、です。

重要なのは、AFには感情があることです。商品であるAIが、感情を持っている──。ここから倫理的な問題が発生することは、想像に難くないでしょう。人間と同じように喜びや悲しみを感じるのに、人権のようなものはなく、物と同じように消費されるからです。

AFには、それぞれ固有の個性があり、また機種間における性能の違いも存在します。クララは、とりわけ観察力と学習意欲に秀でています。クララは旧型のAFなので、最新型のAFに比べて運動能力が劣り、嗅覚がありません。にもかかわらず、理解力においては、最新型のAFを凌駕すると言われています。

特筆すべきなのは、クララの性格です。クララは、優しく、謙虚で、善意の塊のような存在です。ときには自分の危険も顧みず、病弱なジョジーのために、一心不乱に奔走します。その一途な献身ぶりには、心を打たれずにはいられません。

作中に立ち込める、不穏な雰囲気

クララはAFなので、ジョジーの家にやって来るまで、ほとんどすべての時間をお店の中で過ごしています。そのため、ジョジーの家の内情はもちろん、外の世界のことをあまり知りません。

このように、人間ではない無知の語り手を設定し、その視点を通して物語を描くことによって、作家は、小説を謎に溢れさせ、作中の近未来の社会ひいては人間を異化することに成功しています。

本書はディストピア小説でもあり、クララやジョジーは残酷な格差社会を生きています。そのため読者は、クララの優しく丁寧で透き通った語りの陰に、不穏な雰囲気を常に感じざるを得ません。とはいえ、クララの関心はあくまでジョジーにあるため、直接的に語られることはあまり多くありません。しかし、それだけに、むしろ不気味さが一層際立つ仕儀となり、それがこの小説の醍醐味になっているのです。

クララと「お日さま」

本書のタイトルが、『クララとジョジー』ではなく、『クララとお日さま』である点にも注意しなければなりません。

あらすじを最小限に述べると、小説の中盤あたりでジョジーの体調が悪化し、クララは彼女を助けるために、「特別の栄養」を彼女に届けてくれるようにお日さまに願掛けをします。つまり、クララにとって「お日さま」とは、信仰の対象です(だからこそ訳者は「太陽」ではなく「お日さま」と訳したのだと思います)。

クララに言わせれば、お日さまは「親切」なのだそうですが、もちろん客観的な根拠はありません。それでも彼女は、お日さまに対して、ひたすら敬虔に振る舞います。微笑ましい描写ではありますが、彼女の真剣さが増すにつれて、いささか狂信的な様相すら帯びてくるように私には感じられました。

AIであるクララは、とてつもない頭脳の持ち主です。そのクララが、太陽崇拝といういかにも原始的な宗教的観念を持つとは、一体どういうことでしょうか。これは本書の核心となるテーマなので、ここでじっくりと掘り下げる余地はありません。ここでは、問題の所在を指摘するに留めます。

信じたいことだけを信じる

本書の魅力、重要なテーマであるにもかかわらず、この記事で書ききれなかったことがたくさんあります。登場人物にはついてはほとんど触れられませんでしたが、魅力的なキャラクターたちが織りなす人間模様があります。格差社会、能力主義といったテーマ、科学技術にたいする倫理的課題があります。人間の心とは何かという哲学的洞察もあります。

最後になりますが、本書はいかなる小説なのでしょうか。AIと少女の美しい友情を描いた感動の物語──?そのように読まれる方もいらっしゃると思いますが、私の考えはそうではありません。私には、あるエピソードが思い出されます。

まだクララがお店にいた頃、ローザという親友のAFと共にショーウィンドーに入って外を眺めていたとき、楽しそうにしている子供とAFのペアを目にします。ローザはとても喜んでいますが、しかしクララは、その子供の笑い顔の裏に、怒りと残酷な考えがあることを見抜きます。クララはローザをこう評します。

ローザは信じたいことだけを信じますから。

カズオ・イシグロ (土屋政雄訳) (2021) 『クララとお日さま』早川書房 p.27

この言葉は、ローザだけに当てはまるのではなく、クララ自身にも、ひいては読者にもはね返ってくるのではないでしょうか。

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AUTHORこの記事を書いた人

本が大好きな20代。文字通り本に囲まれて生活しています。これ以上、置き場がないのが悩み。小説は海外文学を読むことが多く、現在はプルーストの『失われた時を求めて』の読破を目指して奮闘中。