過激、喜劇、そして文芸的──筒井康隆おすすめ作品5選

筒井康隆、という方を初めて知ったのは朝日放送テレビで放送された「ビーバップ!ハイヒール」でした。その当時は筒井氏の小説を読んだことがなく、VTRの合間にオモロいことを言ってくれるオッちゃんという印象を受けました。

それから歳を重ねて、大学生の頃に筒井氏の作品を読むようになりました。小松左京氏、星新一氏と並んで「SF御三家」と称される筒井氏ですが、私が特に惹かれたのはスラップスティックな笑いに満ちたメタフィクション小説でした。

『大いなる助走』

1977年に『別册べっさつ文藝春秋』にて連載を開始したこの作品は、当時から日本の文壇内で物議を醸しました。

『大いなる助走』は、とあるアマチュア小説家の青年が書いた小説が架空の文学賞「直廾なおく賞」の候補に選ばれる、といった話になります。架空の文学賞とは言いましたが、字面を見る限りでは「直木賞」のパロディだと推測できます。

この「直廾賞」の審査委員というのがどれも曲者ぞろいです。ある審査委員は候補者と自分の娘を結婚させたがったり、別の委員は他人の妻を紹介しろと言い出したりする有り様。

こうした過激な描写が度々登場するものですから、文壇の方々がご立腹だったのも無理はないでしょう。

しかし、この作品は単に日本の文壇を小馬鹿にしているわけではなく、「文壇の俗物性」を痛烈に批判しているのです。

中でも、同人誌の合評会を行う場面があり、そこで文芸雑誌の編集者である牛膝いのこずちが「小説を書くこと」について語っています。この内容は、小説を書く人にとって大変な衝撃を与えることでしょう。かくいう私がその一人でした。

「作者が読者を選ぶ」「道楽目的では小説は書けない」「文壇とは地獄のようなところである」など、力強い発言が多く飛び交い、これを読んだ私は身の引き締まる思いを抱きました。物書きとして頑張っていらっしゃる方々には、ぜひとも『大いなる助走』を読んでいただきたいところです。

なお、1989年には佐藤浩市氏主演で映像化されたとのこと。しかも第100回芥川・直木賞の節目に合わせて制作されたというのですから、なんやかんやで文壇の方々もこの作品を面白いと思っていたのかもしれませんね。

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『残像に口紅を』

こちらは1988年に『中央公論』にて発表された作品で、リポグラムという言葉遊びを用いた実験小説になります。

リポグラムとは、五十音の中から無作為に選んだ文字を一切使用せずに文章を書くというものです。たとえば「あ」を禁止すれば、作中では「あなた」や「あした」といった「あ」の付く言葉は使用できなくなり、それに替わる言葉に言い換えなくてはなりません。

このような縛りの下で書かれた『残像に口紅を』は、メタフィクションとして物語が展開します。主人公の佐治勝夫は小説家で、「現実が模倣し得ないほどの虚構性を追求する」という信念の元、「超虚構」の小説を書いています。

この「超虚構」を追求する方法として、佐治はリポグラム小説を書くことになります。『残像に口紅を』という作品は、佐治勝夫が生きる世界を佐治自身がリポグラム小説として書いたもの、という体で話が進行します。

ただ、このリポグラム小説は普通ではありません。なんと、佐治がリポグラムで文字の使用を禁止するたびに、その文字が含まれる言葉や事物が作中の世界から消失してしまうのです。

「あ」が禁止されれば、「アイスクリーム」や「あんぱん」などといった物はおろか、「愛」や「安心」といった大切なモノさえ、この世から消えてしまう。そう考えると非常に怖い世界ですね。

「言葉が失われる」というテーマがリポグラムを書く必然性と結びついていて、この作品は言葉遊びを超えた哲学になっていると感じます。これこそメタフィクションの醍醐味といえるでしょう。

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『文学部唯野教授』

こちらは小説というよりも文芸批評の側面が強い作品になります。1987年から1989年にかけて、岩波書店の『へるめす』という雑誌にて連載されました。

この作品では、文学部教授の唯野(ただの)(じんが文学理論について学生に講義を行います。唯野教授の講義はユーモアに富んだ語り口で、非常に分かりやすいです。

加えて、各理論をただ解説するだけでなく、現在の視点から見た各理論の問題点も挙げてくれます。そのため、初版の刊行から四半世紀を過ぎた今に読んでも、参考になること請け合いです。

私が通っていた大学は文学部でしたが、残念なことに文学理論を教えてくださる講義がありませんでした。そこで大学の先輩のおすすめで『文学部唯野教授』を読みまして、独自に文学理論を勉強していました。今でも文学作品を研究するための参考書として活用させていただいてます。

また、各講義の前には唯野教授が大学内の権力・派閥争いに四苦八苦する場面が描かれています。大学関係者から聞いた話を元に書いたとのことで、研究費の話や大学教員の出世事情などの描写が妙にリアルです。

ちなみに、この作品ではたびたび「虚構」について言及されています。唯野教授は本著最後の講義で「虚構の、虚構による、虚構のためだけの理論」について語っていました。

もしかすると、この「虚構理論」を実証しようとしたのが先ほどご紹介した『残像に口紅を』だったのかなぁ、と妄想しています。

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『ビアンカ・オーバースタディ』

筒井康隆の作品といえば、SFやメタフィクションを思い浮かべる人が多いことでしょう。しかし、これを一体誰が予想できたというのか。

2008年に講談社の『ファウスト』にて発表された作品は、なんとライトノベルでした。筒井氏が77歳にして新境地へ至ったこの作品は、見事に筒井節が炸裂しています。

主人公のビアンカ北町は、学校中の男子生徒を虜にするほどの美貌を有する女子高生です。そんな彼女は生殖の研究が好きで、ある時、ビアンカを慕う後輩の塩崎に研究を手伝ってもらうことになるのですが、これが騒動を巻き起こすことになります。

『ビアンカ・オーバースタディ』はライトノベルと分類されてはいますが、読者層としては中高生よりも20代以上の方が適しているのかもしれません。R指定になりそうなセクシュアル描写があることも理由の一つですが、一定以上ライトノベルを読んできた読者の方がこの作品をより深く理解できるから、というのが主な理由として挙げられます。

筒井氏は、この作品には「通常のラノベとして読むエンタメの読みかた」「メタラノベとして読む文学的読みかた」のふた通りの読み方ができると、あとがきにて語っています。

『ビアンカ・オーバースタディ』を「メタラノベ」的な読み方で紐解くと、作中の人物描写にある種の歪みが伴っていることが窺えます。

ビアンカをはじめとする現実離れした美少女と、彼女らを傍観するばかりの男子生徒たち。この構図は、ライトノベルに登場する美少女たちに対する「オタク」な読者を暗示しているように読めます。

男子生徒たち(≒「オタク」な読者)がビアンカなどの美少女に向ける想いは、恋愛感情というよりもリビドーに近い性質を持っています。これを端的に言い表せば「萌え」という言葉になるでしょう。

作中で数多く登場するセクシュアル描写は、「萌え」の本質を筒井氏なりに表現した形だといえるのかもしれません。

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『筒井康隆、自作を語る』

こちらは小説ではありませんが、筒井ファンなら必読だろうということで、最後にご紹介します。2018年に早川書房から刊行された本著はその名の通り、デビュー作から「最後の長篇」と称される『モナドの領域』までの作品を筒井氏ご自身が解説してくださっています。

もちろん、上記に挙げた4作品のことも本著で触れられています。特に『大いなる助走』の執筆の裏側に関する話は興味深かったです。当時の編集者「たやき」氏の心労はさぞ計り知れないものだったのでしょうね。心中お察しします。

また、本著は作品解説だけでなく、筒井氏がこれまでどのようにして執筆を行ってきたのかという、彼の半生についても知ることができます。そして、筒井氏の半生は日本SF小説の発展の歴史でもあったと気づくのです。

家族で出した同人誌が江戸川乱歩氏に認められて、小説家としてデビュー。それから、小松左京氏や星新一氏など同時代のSF作家らとともに数々の作品を手掛けてこられた筒井氏。いま、SF小説が広く浸透しているのは、筒井氏らが尽力してくださったおかげなのです。

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おわりに

筒井氏のメタフィクション小説は、時に過激な描写が目立つため、好き嫌いが分かれるジャンルではあります。しかし、そうした描写はあくまで作品の一部でしかありません。

文壇やオタク文化に対する批評眼や、小説の新たな可能性を模索する姿勢。ハチャメチャな作風の裏側で、筒井氏がどれだけ創作に対して真摯に向き合っているかがより顕著に伝わるのがメタフィクション小説だと思います。

『時をかける少女』『パプリカ』など、筒井氏の代表作は他にも多数ありますが、私としてはメタフィクション小説を推していきたいところです。

皆さんは、どの筒井康隆がお好きですか?